作品タイトル不明
早竜が来た
こんなことがあっても、日常は続く。
「殿下やリア様は、何かお気づきになったことはありませんか」
と聞かれても、
「ふぇりちあ、いつもちゅかれてた」
「つかれていたが、いつもたのしそうだったぞ」
というくらいしか、私たちには答えようがなかった。
四侯の次期女性当主として、学院でも孤高の人であったフェリシアは、悩みを打ち明けるほど親しい人もいなかったらしい。それに、そもそも両親のたくらみを知っていたかどうかもわからないのだ。
本当はキングダムの未来とか考えるべきなのかもしれないが、私はひたすらクリスが心配だった。お母様とお父様が忙しくなくなったら、少しは時間をとってもらえるのだろうか。
「あんじぇおばしゃま、ちごとなければ、くりしゅとあしょべるかな」
「よんこうはいそがしいものなあ」
イースターに行ったとしても、幸せでいるならそれでいいのだ。私がウェスターで楽しく過ごしていたように。
「しょれに」
「それに?」
「おちちゅいたら、あしょびにいけりゅかも」
「リアはいけるかもな」
ニコが寂しそうにつぶやいた。そういえば、王族は成人していなくてもキングダムを出てはいけないんだった。
「じゃあ、いーしゅたーの、こっきょうにいこう」
「こっきょうに? なぜだ?」
「くりしゅに、てがみをかきましゅ」
「てがみをかいてどうするのだ」
「こっきょうに、きてもらうの」
お互いに国境は出られなくても、顔を合わせて話すことはできるだろう。部屋の隅でメイドがすすり泣く声が聞こえた。
「りあ、しょのとき、きっとはちってりゅ」
「おや、リアはもうはしれているのではなかったか」
ニコがちょっとにやりとした。
「もっとはやく、はちってりゅ」
「そうだな、そしたらふたりでうでをくんで、イースターでもちゃんとべんきょうしていたかテストせねばなるまい」
「そうでしゅ。くりしゅはべんきょうにがてだから」
「そのためにも、われらもまなばねばならぬ」
「あい」
何の事情があったのかはわからないが、一度キングダムを離れたレミントンが、キングダムに迎え入れられることはないだろうということは、私もニコもわかっていた。いくら罰則がないとはいえ、戻ってきたら何らかの形で制裁を与えなければならない。
それならもう、戻ってこなくていいのだ。既にレミントンに代わる貴族の選定を始めているとお父様に聞いた。希望者は多いが、そんな都合よく魔力の多い貴族などないということも。
お父様は、私が幼児だからと面倒から遠ざけるのを止め、夕食の後、兄さまと私に今の状況をきちんと説明してくれるようになった。
「こちらからイースターに何度も使者を送っているが、イースターとしてもレミントンの話が聞けていないということで、何度もはぐらかされていてな」
お父様の担当はウェスター方面だ。イースター方面はレミントンが担当だった。なかなか情報がつかめないのはそのせいだ。
「しかし、市井の者の噂を聞くと、どうやらイースターの領都に立派な屋敷を構えて、優雅に暮らしているようだぞ」
「まさか、歓迎されているのですか」
兄さまは驚いていた。キングダムの四侯など、辺境の民にはまったく関係ない。あえて言うなら物珍しさか、あるいは自分たちが結界の恩恵に与れないことの憎しみが向かうか、私もそのどちらかだと思っていた。
私は兄さまと目を合わせて頷いた。それがウェスターで自分たちが感じたことだったからだ。
「歓迎されているようだぞ。これで領都でも、夜に出歩けるようになるとな」
「やはり、結界箱でしたか……」
王都の結界用の魔石には、5日に一度は充填するのが普通だ。だが、辺境の一都市程度の結界なら、20日に一度程度でよいはずだ。それなら、確かにどこにでも行けるし、負担もない。
「でも、何かに縛られているということに変わりはないはずです。しかも、内政にも関われない。お父様は面倒がっていますが、レミントンは権力を持つのが大好きだったはず」
「ルーク、その言い方はちょっと」
「お父様は甘いのです。レミントンは、キングダムの裏切り者なのですよ!」
お父様が兄さまに怒られている。
「レミントンは、共に責務を分け合っていた我ら四侯を裏切り、民を裏切ったのです。レミントンなどどうでもいいと言いながら、既にお父様はレミントンの後始末で、こんなに疲れているではないですか」
兄さまはくまのできかけているお父様の顔に手を伸ばした。
私もまねして背伸びして手を伸ばした。おなかにしか届かなかったが、お父様が抱き上げてくれたのでまあよかった。
「ありがとう、二人とも。これがこの先どうなっていくのか、皆目見当がつかない。その見当がつかない中で、どう対策を取っていくか、悩みどころだ」
お父様は私たちを抱きしめるとほっと息をついた。
「近々、またウェスター方面に出かけてくる。こんな時に王都を離れるのは心配でもあるが、今回の件、ウェスターにとっても衝撃が大きいようだ。だが、おそらくウェスターはイースターと組んだりはしていない。その確認と、今後の対策にな……」
「おとうしゃま、がんばって」
「私たちはおとなしくしていますから、気を付けて行ってきてくださいね」
そういえば、最近グレイセスを全く見ていない。レミントンについていっていたはずだが、今はどうしているのだろうか。
「ぐれいしぇす、どうちてる?」
「リアはグレイセスがお気に入りだな」
「はんすのほうがしゅき」
「ほほう」
お父様がからかうように口の端を上げた。
ハンスは今ここにはいない。いないから言えることだが、私が大切なのはハンスだ。ただ、グレイセスは個人的なかかわりがあるので気になっているだけなのである。ちょっとかっこいいのは認めるが。
「グレイセスは、国境の側の町で、拠点を作って待機している。そこを挟んで、キングダムとイースターのやり取りをつないでいる形だな。護衛隊の仕事ではないのだが、行動力のない文官よりよほどあいつのほうが優秀だから」
だから若くして隊長でもあるのか。ふむ。
そして数日後、ニコが静かに四歳の誕生日を迎えた後、国境の町から早竜がきた。
「イースターからの使者あり。使者は第三王子」
その知らせを聞いて。私は肩にかけたラグ竜のぬいぐるみをギュッとつかんだ。魔石がうずくぜ。