軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ポケットの中には

「ろーく!」

少し行くと、穴からの光はほとんど届かず、ほとんど暗闇に近くなる。そしてすぐに分かれ道に来てしまった。ロークはどっちに行っただろう。

左手で私の右手を引いていたから、私の右側にいた。そして右利きだから、そのまま行けば右の方向だろう。一応呼びかけてみる。

「ろーく!」

「リア!」

声はどちらかというと左から聞こえる。しかし、まっすぐ走っていったロークが左に行ったとは考えられない。道の先で通路が曲がっているのか、それとも道が交差しているのか。

「ろーく、しょこにいて!」

「リア! まっくらで、何も見えないんだ!」

「うごかにゃいで! まってて!」

少なくとも、お互いの声が聞こえる距離にいる。今私が道を間違えても、お互いに声を掛け合っていれば何とかなるだろう。

私は右の通路に進むと、左手を左の壁につけて、慎重に前に進み始めた。左から声がするということはもしかして先の分かれ道で左に行ったのかもしれないからだ。

「ろーく、りあ、ここにいりゅ」

「リア!」

「あーい」

なるべくのんきに聞こえるように声をかける。手元はもうほぼ真っ暗で、幼児の足はなかなか動かない。焦るけれど、落ち着いて。

「ろーく!」

「リア」

「ちかじゅいた」

まっすぐだった壁が緩やかに左に曲がっているような気がするが、すでにわからない。一歩、一歩、進んでいく。子どもの息遣いが聞こえる。もうすぐだ。

「ろーく」

「リア!」

伸ばした手が温かい何かに当たり、やみくもにつかまれる。

「みちゅけた」

「リア! まっくらで。おれ、動けなくて」

よほど怖かったのだろう。ロークの息が荒い。

「ろーく、しゅわって、かべにせなかを」

ロークにしがみつかれたまま、二人でそっと座り込む。

「はあ、はあ。うん」

素直に座り込んだロークの足の間にもぐりこみ、今度は私がロークに背中を預ける。そんな私をロークがギュッと抱きしめる。ぬいぐるみ代わりだが、何かを抱えていたら少しは安心だろう。

「ろーく、しゅこしまてば、たしゅけがきましゅ」

「おれ、こっちに来たら、すぐ丘の穴から出られるかと思って」

「あい」

もっとも、あの話を聞いても、もし行動力のない子なら、それでもあの場で待つだろうし、もしもう少し物を考える子なら、やはりあの場で待っただろう。

ロークという、行動力のある子だったからこそこんなことになった。それは小さいころは厄介だけれど、こういう子がいるからこそ、時に人は大きく前に進めるのである。

私は少し震えているロークの腕の中でそんなことを思い、ため息をついた。

それに、どうせこのタイプの子は叱っても同じことを繰り返すのだ。

ロークは少し落ち着いて、続きを話し始めた。

「走ってたらきゅうにまっくらになって」

「あい」

そりゃあそうだろう。

「まっくらになったら動けなくなった」

「あい。そんなもんでしゅ」

本当に何も考えていなかったのだなとちょっとおかしくなる。

さて、ロークの言った通り、うまいこと丘につながっているならよい。しかし、これから夜が来る。穴の中の地図があればよいが、私たちが落ちてきた場所のように、長い間には崩れているところもあるだろう。来るまでに時間がかかることを覚悟しなくては。

私のできることは何だろうか。私は暗闇の中、目を見開いて考えた。

そもそもここは辺境ではない。屋敷には信頼できるおじいさまがいて、叔父様叔母様がいる。ニコの護衛は相変わらず頼りにならないが、私にはハンスがいる。

そして兄さまがいて、ギルがいる。

何を不安に思うことがある。

「リア」

「あい」

「おなかすいたな」

「りあは……」

ロークに捕獲されるまで、心ゆくまでおやつをむさぼっていたので、特におなかはすいていない。むしろ運動して、パンパンのおなかが少しすっきりしたくらいだ。

ロークだって山ほどおやつを食べたと思うが、これだけ動いたらいくら食べてもおなかはすくだろう。

私はポンチョのポケットをごそごそと探った。

「リア? どうした? もぞもぞして」

「あった」

さっき、たくさんあったおやつの中で、クリームのついていないケーキをポンチョのポケットに入れておいたのだ。ビスケットだと崩れてしまうから、フィナンシェみたいなしっかりした形の、でも柔らかすぎないおやつをちゃんとセレクトしておいたのである。

「あい。おやちゅ」

私はロークの手のひらを開かせて、フィナンシェをそっと置いた。ロークはそのおやつをそっと口に運ぶ。屑がぽろぽろと頭に落ちてくるが、仕方ないから我慢する。

「おいしい」

「おじいしゃまのおうちのおかち、おいちい」

「うん」

「あめもありましゅよ」

私は反対のポケットから、あめを取り出した。あめはいつも持っている。まだ危ないから、ナタリーの見ているところでなければ食べてはいけませんと言われているが、ロークに食べさせる分にはいいだろう。

私はあめをひとつ、やっぱりロークの手を開いてそっと乗せた。

「ゆっくりね」

「うん」

「かじりゃない」

「うん」

頭の上で、口の中であめを転がす音が聞こえたので大丈夫だろう。そうしている間に、ロークの息もだいぶ落ち着いてきた。

そろそろ穴に入り始めたところだろうか。ではこちらも始めよう。

兄さま、いい?

私は、小さい声でつぶやいた。

「けっかい」

ふわん。継続して結界を張るわけではないから、魔力は十分残る。つまり、今から私はレーダーの発信元になるのだ。

「な、なんだ、いまの」

ロークがびくっとした。あまり気にしていなかったが、さすが辺境とはいえ貴族。ロークにも魔力はあるようだ。それならば、ごまかしても仕方ない。

「よんこうの、ちから。だいじょぶ」

「四こうの、力……」

「にいしゃまに、ちゅたえてる」

少し時間がたってからもう一回。そしてもう一回。

ふわん。来た!

「にいしゃま、きがちゅいた!」

「ほんとか!」

「あい」

後は迎えに来るのを待てばよい。それまでロークのお話を聞いていよう。

「ろーく、きたのりょうちのおはなち、きかしぇて?」

「北のりょうちか? そうだな。リアはゆきわりそうがすきだよな。おれの好きな北の花は、ネズミミクサなんだ」

「ねじゅみみみくしゃ?」

「ネズミミクサ。花びらの二枚だけが大きくて、ねずみの耳みたいだから、ネズミミ」

「ねじゅみ。みみ。かわいい」

私は思わずニコッとした。

「色はピンクなんだ。春になると、北の海に向いた丘がいちめんネズミミクサでピンクになって、すごくきれいなんだ」

「みてみたい」

「いつか来いよ。大人になる前なら、来られるんだろ」

「うん」

ふわん、と。話しながらも結界を飛ばす。返事をするようにふわんと波が返ってくる。おしゃべりすることもなくなってきたころ、ふわんと兄さまから先に波が来た。

「ちかい。ろーく」

「なんだ、リア」

「ろーくのばんでしゅ。こえを。おおきなこえを」

「わかった。おーい!」

返事はないが、人の気配がするような気がする。

「おーい!」

「おーい!」

私にゆるくかかっていたロークの手がギュッと巻き付いた。

「リア! へんじがあった!」

「こえが!」

「おーい!」

ロークの声が大きくなり、返事も大きくなり、やがて通路の先に明かりが見えた時は、さすがの私もほっとした。結界も最後の一回だ。

ふわん、ふわんと。その日の夕方、北の領地の魔力のあるものはみんな感じたに違いない。何かが膨らんで消えた気配を。