軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大切なものを大切にしよう

振り分けかごを付けた一回り小さい竜を、大きい竜が囲むようにして走り去っていく。

「キーエ」

「キーエ」

残された竜たちも別れの挨拶をしているようだ。

「竜ってこんなに鳴く生き物だったか」

「めったに聞いたことないぞ」

「キーエ!」

まるで自分たちも付いて行きたいのだというようにラグ竜が鳴く。そしてニコを乗せた竜が小さくなっていく。

「殿下。よいのですか」

コールター伯が慌てて走り寄ってきた。

「まさか本当に帰るとは思いませんでした。帰ると駄々をこねているものとばかり。理解が追い付かぬ。なぜラグ竜が幼児の言うことを聞く。幼児が幼児だけでラグ竜に乗って出かけられるなど、あり得ぬ!」

苛立って口走っているが、私も同じことが言いたい。なんだ、なんだあの生意気な幼児は!

「殿下、早く後を追いかけないと! 盗賊など近くにはいないはずだが、何かあってからでは遅い! ネヴィルよ! 孫たちが心配ではないのか!」

コールター伯の苛立ちはのんきに孫を見送っているネヴィル伯にも向けられた。

「心配は心配だが」

ネヴィル伯はちっとも心配しているようすはなく、走り去る竜を目を細めて見ている。

「あの小さい竜と竜のかごは私がリアのために工夫したものでしてな。こないだ二歳の誕生日に贈ったのですよ。上手に乗れるのは知っていたが、乗り込むところからあれほど見事に使いこなすとは思わなんだ。さすがにクレアの子よ」

「爺馬鹿になっている場合か! 早く連れ戻さねば危険だと言っているのだ!」

「さてな」

ネヴィル伯はのんびりと後ろで手を組み、空を見上げた。

「私の任務はアルバート殿下を見合いの地まで無事案内すること。たとえ愛しい孫のこととはいえ、勝手に殿下の側を離れるわけにはいかぬのだよ」

それはつまり、私自身が追いかけねば誰も動かないということになる。しかし、向こうが泣き言を言う前に私が動けば、それは私があの幼児に負けたことになる。

なぜあの幼児の兄もリスバーンも、何も言わず幼児の言うことを聞いているのか。私はニコの安全を思う気持ちと、今動けば負けてしまうという気持ちの間で揺れ動き、何もできずにいた。周りの者が、行かせるべきではなかったのにという目で見ているのも苛立つ。

「ルークが言っておりました。ニコラス殿下と初めてお会いした時、抱っこをねだられたと」

ネヴィル伯が意外なことを言いだした。

「なんだと。ニコがか。あの礼儀正しい子が、他人に抱っこをねだるなどとは」

「兄さまはよいものなのだと、よく抱き上げてくれるのだとリアが自慢していたらしいですぞ。はっはっは」

笑い事ではない。今、ニコが十分な護衛もなく王都に戻ろうとしているのに。

「あの幼児が」

「あの幼児ではありません。リーリアですよ、殿下。リアと呼んでもいいですが」

「む。すまぬ。そなたの孫であった」

なぜだか名前で呼びたくない。その気持ちをやんわりと指摘され、さすがの私も謝らざるを得なかった。

「王族の教育は厳しいもの。リアは同世代の相手のいないニコラス殿下の、遊び相手として選ばれたのです。そして、正しく幼児としての心得をニコラス殿下に伝えていると、私はそう思いますが」

「幼児としての心得だと。そんなものはない」

私は鼻で笑った。王族は民のことを考えるよう、幼いころより厳しく育てねばならぬ。兄上とて、私とて、三歳より前からしっかりと教育を受けてきた。遊び相手などというものはいなかったではないか。

「よく食べて、よく遊んで、よく寝る。やりたいことをやりたいと言う。これができてこそ、心も体も健やかに育つものです。しかしこの旅の間、ニコラス殿下はどうでしたかな」

「旅の間……」

旅の間も何も、普段から王族の生活はきちんと管理されているはずだ。

「我らが気づかなかったのも申し訳ないことですが、社交に巻き込まれ、食事も十分ではなく、子どもたちが文句を言わないからと言って遊ぶ時間も取らせず強行軍。なおかつ、あわやというところで虚族に」

「ネヴィル。言いすぎだ」

ネヴィル伯の言葉をコールター伯が慌てて止めた。ネヴィル伯は首を横に振って見せると、私をまっすぐに見た。それは私を責めている目ではなかった。

「今回の旅にニコラス殿下を連れて来た理由はなんですかな、アルバート殿下」

「それは、ニコには幼いうちから広くあちこちを見せたかったからで」

「その旅に余計な者たちがついて来て、自分と過ごすより楽しく過ごしているのが悔しいと、そういう訳ですかな」

「それはちが」

反論しようとして言葉が止まった。最初はニコだけを連れて行くつもりだった。そこから話が大きくなり、小さい者たちも来ることになった。そしていざ旅に出てみたら、自分のなすことはうまくいかず、いい所をあの幼児に取られてばかりで。

ニコの満面の笑顔も、水遊びではしゃぐ姿も、みな自分がしてやりたかったことなのに。

「ニコラス殿下から学ばねばなりませんな」

「何をだ」

「殿下もしたいことはしたいと言わなくては」

「は」

ネヴィル伯は私の方を見、そして小さくなっていく一行のほうを眺めた。

「大好きな叔父上と一緒にいられて嬉しかったと、言っておられましたなあ」

確かに最後にそう言っていた。

「ニコラス殿下は、帰りたくはなかったのではないですかな。しかし」

「自分が迷惑になると思い、あの幼児に従った、のか」

「アルバート殿下、言っておきますが、あの元気で好奇心旺盛なうちのかわいくて愛らしい孫も、帰りたくなどなかったと思いますよ」

かわいいかどうかも愛らしいかどうかもわからない。私に正面から向かってくるあの変わった幼児は、では何のためにニコを連れ帰ったのか。

「あの小さな竜は、小さい分機動力がある。足は速いのですよ。なぜかまだ姿が見えておりますが」

私は唇を噛んで下を向いた。結局あの幼児の思惑通りか。周りは私がどうするか固唾をのんで見守っている。

「負けたからと言って、誰が損をするのですかな」

私ははっとして顔を上げた。私の悔しい思いは、ニコの安全と、そしてニコと過ごす楽しい日々と、はかりにかける価値があるものなのか。

「竜を!」

「はいっ!」

「キーエ!」

護衛はともかく、なぜ竜が嬉しそうに返事をするのだ。

「最短で帰ると言った割に、ゆっくり移動しているあれらに追いつくぞ!」

「はい!」

「キーエ!」

「キーエ!」

そして今度はあの幼児に負けぬほど一緒にニコと過ごすのだ。

「やれやれ、殿下もまだお若い」

その時の私は、あの幼児のペースに巻き込まれて、見合いのために北部に来たことをすっかり忘れていたのだった。