軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

水遊び

結局、次の日の朝食の後も引き止められ、出発はだいぶゆっくりになってしまった。やっと出発して、湖沿いに北上したが、小さな集落や町が点在していて、人目を気にせずラグ竜に乗り換える余裕もなさそうだった。

出発が遅かったので、午前中に休憩を入れる暇もなくお昼となった。本当は近隣の町で食事をしたほうがお金を落とすという意味ではいいのだろうが、人数も人数なので、昼は野外で調理して食べることになる。

寒い中で、ちゃんと用意されたテーブルと椅子で、温かい食事を食べる。この時ばかりは護衛もメイドも、交代で温かいものを一緒に食べることになる。

ただ、食事が済んだら私はやりたいことがあった。私はいつもより急いでご飯を食べ終わると、ニコのもとに急いだ。

「にこ、みじゅうみ、いこ」

「みずうみか。いきたいが」

ニコはアルバート殿下のほうをちらりと見た。この小さくて賢い王子様は、出発が遅れたことを知っているのだ。余計なことに時間を使えば、到着が遅くなる。

「なあに、今晩泊まるところはコールターだろう。コールターなら私がまあ、親しい仲だから、多少遅れてもかまわぬよ」

「かまわぬとは、ネヴィル殿、それはさすがに……」

おじいさまの言葉にアル殿下が異議を唱えようとしたが、おじいさまは首を横に振った。

「せっかく湖のそばを通っているのに、湖を見もしないのでは、小さい殿下のためにはならぬのではないですかな」

その通りだ。見上げる私の肩をおじい様が優しくぽんぽんと叩いた。リアの言いたいことはわかっているよと、そう言われた気がして心が温かくなった。

「ただし、水は冷たいから、注意するんだぞ」

「あい!」

「うむ!」

良い返事をして兄さまのほうを振り返ると、兄さまとギルもちゃんとついて来ようとしていた。ありがたい。私はニコとすぐそばの湖に走った。

「おお、これがぜんぶみずなのか……」

そういえばニコは川ですら近くで見たことがないのだと思う。途中、橋をわたったり、川の浅い所を渡ったりしたはずだが、それだけでは駄目だ。王都で見せられないものはちゃんと見せないと。

湖の岸は、白い砂浜になっており、風に吹かれて小さな波がちゃぷちゃぷと打ち寄せていた。その水におそるおそるニコが手を入れてみる。私も隣にしゃがみこんで手を入れてみた。冷たい。ニコが少しして手を引いた。

「うっ。いたい?」

「ちゅめたいでしゅ」

「つめたい?」

冷たいということを、ニコにどう説明したらわかるだろうか。私は湖につけた手で、ニコの頬を触った。

「ひやっとする。てがひえる、そうか、これがつめたいということか」

「ちゅめたしゅぎると、いたいでしゅ」

「つめたすぎると、いたくなるのか」

遠くに小さな船が浮かんでいる。漁をしているのだろう。私は手をつけたり出したりしているニコを見ながら、落ちていた石を拾った。これを投げて水切りをするのだ。

「えい!」

ぽしゃん。

「リア、なにをする! みずがかかったではないか!」

「あれ、どうちてしょこに?」

私は石を遠くに投げたと思うのだが。

「もしかしてとおくになげようとしたのか。しかたないな」

ニコはおろおろして水を拭こうとするメイドに気が付きもせず、袖で顔をぬぐうと足元の石を拾った。

「えい!」

ぽちゃん。

「ちゅめたい!」

「あれ、どうしてだ」

「ははは、こうですよ、殿下、リア」

どうやら近くで見ていたおじいさまが石を手に登場だ。

「どうやらリアは水切りをしたかったらしいが、まずは石を投げるところからだ。こう持って、こう!」

ひゅー、ぽしゃーん。

「おお!」

「しゅごい」

さすがである。そこからは兄さまもギルも加わって、石投げ大会が始まってしまった。私は? どうやら遠くに投げるのは難しいので、楽しく石を集める係で頑張りました。石を拾うのもなかなか面白いのである。時々は近くに石を投げてみたりした。

どのくらい遊んだろうか。石だってそんなに投げ続けてはいられないので、それほど長い間ではないと思う。石を集めたままうとうとし始めた私を竜車に片付けるまでがお約束であった。目がさめたら、だいぶ先まで進んでいた。

「おやちゅ!」

と叫んで飛び起きた私を兄さまが苦笑して見ている。

「お昼に少し時間を使いましたから、おやつ休憩なしで進んでいるところです」

「おやちゅ……」

「竜車が止まらないだけで、ちゃんとありますよ、ほら」

ちゃんとベッドから起き上がって、椅子に座っておやつをいただいた。私はおやつをもぐもぐしながら、

「なちゅ、もっとあしょべた」

とつぶやいた。

「そうですねえ、足とか水に入れられたかもしれませんね」

兄さまが答えた。

「でも、冷たい水に手をつけたことはなかったので、私も面白かったです。痛い、と言うか感覚がなくなっていくのですね」

「おしゃかなとりゅひと、たいへんね」

冬は寒いだろう。いや、それはハンターも農業の人も同じだろうか。私は昨日の夜の魚料理を思い出した。

「おしゃかな、おいちい」

「リア、ほんとにリアは」

兄さまは何かに詰まると、私をおやつごと抱え上げて膝に抱き込んだ。膝の上でもおやつは食べられる。兄さまは私のことがよくわかっている。

「もうすぐコールター伯の屋敷です。おじいさまによると、コールター伯は非常にバランスの取れた、権力欲などないお方のようです。昨日のように遅くまで付き合わされることはないだろうと言っていましたよ」

「にこ、よかった」

私はほっとした。もうすぐ四歳であろうとなかろうと、三歳児は夜は早く寝るべきなのである。

「それに、ここには数日滞在しますしね。少しはゆっくりする時間もとれるでしょう」

「りあ、ふねにのりたい」

湖といえばやはり舟遊びだと思う。

「うーん、寒いと思いますけどねえ」

兄さまが湖を見ながら、どうなんだろうという顔をした。私もつられて窓の外を見てみる。もうだいぶ北上したようで、窓の外は右を見ても左を見ても湖が続いている。私は思わずブルッとした。トイレではない。

「おおきいでしゅ。そちて」

「ええ。ここらあたりが一番、湖の幅が広いのだそうです。つまり水の面積が大きい所ほど」

「けっかいが、よわくなりゅ」

兄さまが静かに頷いた。

「しかし、だからと言って虚族が出るほど結界は弱くはありません。それに、昨日さりげなく聞いてみたのですが、対岸のウェリントン山脈のふもとにも人は普通に住んでいるらしいのですよ。つまり、湖周辺では結界が弱くなっていても、問題はないということです」

それならよかった。しかし、そう思っていたのは竜車を下りるまでだった。

出発が遅れ、途中少し時間を取ったせいで、コールターの屋敷についたのは、冬の速い日が落ちた後であった。

竜車から下りた途端、ヴン、と遠くから体に響く気配は、一瞬で私をウェスターに引き戻した。私は思わず呼びかけた。

「ありしゅた! あ、にいしゃま……」

「リア、これは」

そうだ。こんな時ウェスターで隣にいたのはアリスターだが、ここでは兄さまなのだ。私は兄さまの足にきゅっとしがみついた。

本来ならすぐにコールター伯のもとに向かわねばならない私たちは、二人で見えもしない湖の奥を凝視しつつ、しばらくその場から動けずにいたのだった。