軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

兄さま、授業する

挨拶が済んだのでみんなでぞろぞろと二階の図書室に向かった。

「本当は外でやる方が気持ちがいいのですが、寒いですからね」

「あーい」

「くっ」

手を上げる私とそれを真似するニコを見て、兄さまが片手で顔を覆っている。

午前中の勉強環境がそのまま残してあるので、私とニコの小さいテーブルと椅子、それから黒板がおいてあり、私とニコはさっさと椅子に座り、わくわくしながら兄さまの授業を待っているのだ。

「あの、リア、殿下」

「どうしたのだ」

「どうちたの」

「リアはわかっているはずですが、魔力の訓練に机と椅子は使いませんよ」

そうでした。ニコと一緒に椅子を下りると、兄さまに手招きされて床のじゅうたんに座り込んだ。

「本来は、魔力循環といって、自分の体内の魔力を自覚し、それを体の中で自在に操る訓練から始めるのですが」

確かに、兄さまとお父様はお家でよくその訓練をしていた。

「しかし、正直なところあの訓練は単調なのですよ。最初にそれでは面白くありませんからね」

その時、図書室のドアがそっと開いて、ニコのお父様が入って来た。ニコは真剣に兄さまの話を聞いているし、兄さまは背中側なので気が付かないようだ。口に指を当てて静かにしてねと合図されたので、黙っていることにする。

「まずはリア、殿下に魔力を自覚させましょう」

「あい!」

私はニコと向かい合って、ニコの手を取った。アリスターにしたように、魔力を送ってみるのだ。びっくりするし、送りすぎるとたぶん気持ち悪いから、ほんの少し、押すような感じで。

「にこ、りあのまりょく、おくりましゅ」

「よくわからぬのだが」

首を傾げるニコに、ほんの少し魔力を押し込んでみる。

「うわっ」

ニコがびっくりして手を放した。私は思わずキャッキャと笑った。

「なにかに、おされた?」

「しょれ。まりょく」

「からだがゆらゆらするようなきがする」

「まりょく、ゆれてりゅ」

ニコは不思議そうだ。

「殿下、おそらく、その揺れているものがたくさんありすぎると、具合が悪くなるのですよ」

「ゆらゆらが、たくさん……なるほど」

ニコは何かにはっと気づいたような顔をした。

「そのゆらゆらを外に出しましょうという練習です」

兄さまはちょっといたずらな顔で続けた。

「本当は学院生でも危ないからゆっくりやる訓練なのですが、殿下にもちょっと無理でしょうか」

「できる!」

ニコがふん、と気合を入れた。

「ではこの魔石を」

兄さまはカバンから、ちょうど明かり用くらいの小さな魔石を取り出した。

「これは、リアが一歳になる頃にいっぱいにした明かり用の魔石です」

「りあがか」

ニコも驚いているが、兄さまの後ろでニコのお父様も眉を上げている。事故ですよ、事故。

「たまたま、てにのしぇただけだもん」

「ふふ、あの時は皆心配したのですよ」

「あい。ごめなしゃい」

私のことは今はいいのである。

「当時のリアより、今の殿下のほうがずっと魔力量が大きいです。だから、これ一つに魔力を入れても具合が悪くなったりはしないでしょう。やってみますか」

「やる!」

ニコは力強く頷いた。

「とりあえず、手に持ってみましょうか」

「うむ」

ニコはだいぶ色の薄くなった魔石を右の手のひらに乗せ、首を傾げている。

「なにもおこらぬ」

「りあ、ひだりから、まりょく、ゆらしてみましゅ」

「うむ。そうしてくれ」

右手に魔石を乗せているニコの、左手を握り、そっと魔力を押してみる。

「おう、ゆらゆらするぞ」

「ゆらゆらを、おおきくしましゅ」

手をつないだまま一緒に体ごと左右に揺れてみる。

「ははは、ゆれるゆれる!」

体ごと魔力も揺れる。笑っているニコの体の揺れと魔力の揺れが少しずれた。

「あ」

ずれてはみ出した魔力が魔石に吸われていく。魔石は見る間に赤く、そして紫に変わっていった。そろそろ反発が来るだろうか。

「お」

「おしかえしゃれた?」

「もういらぬ、といしにいわれているようだった」

「しょれ!」

無事に魔力は吸われたようだ。見ていた人は皆緊張していたようで、その瞬間ほっとした空気が流れた。

「このように週に一回ほど、余分な魔力を吸い取るようにしましょう。その間に具合が悪くなるようなら、殿下のお父様かリアに見てもらって、また魔石に魔力を吸わせましょうね」

「わかった!」

「それはそれとして、魔力を循環する訓練も少しやりましょうか」

「うむ」

ニコはやる気に満ちていた。

「なんだ、それでおしまいか?」

「ちちうえ!」

「これは……殿下」

ニコはニコのお父様を見つけて、兄さまははっと振り向いて王子だと気づき、それぞれ声を上げた。楽しそうに見ていたギルも居住まいを正す。

「ニコばかり知らぬ体験をして、ずるいではないか」

何を言い出すかと思ったら、これだ。部屋には若干気まずいような困ったような空気が流れた。私はこんな感じの人を一人知っているので、次に王子が何と言うか見当がついた。

「私もやってみたい」

「ですが、殿下はそもそも結界の魔石に魔力を注ぐのが仕事ですよね。今更小さい魔石に魔力を注いでどうするのです」

兄さまが冷静に指摘する。

「魔石に魔力を注ぎたいと言っているのではない。誰かに魔力を注がれるなど、そんな面白いことはしたことがないと言っているのだ」

兄さまはちらりと私を見た。そうだ、兄さまだっておそらくやったことはないのではないか。つまりこの場でやったことがあるのは私だけ、いや、私とニコだけということになる。

「私だってありません。虚族と直接出会い、体の魔力を外側から揺らされる感覚を経験したことがあるだけです。それを、ニコラス殿下にわかるように置き換えてお教えしたにすぎません」

兄さまは少し冷たい感じでそう言った。

「ではやってみようではないか」

「遠慮いたします」

王子様相手にきっぱり断っている兄さまを見て、私のほうがどきどきした。これはきっと日本人だった頃の私の、長いものには巻かれろ的な気持ちが働いているに違いない。王子様は全くひるまず私のほうを向いた。

「ルークが駄目なら、リア、私にやってみてはくれないか」

「駄目です」

私が答える前に兄さまが断った。

「その物言い、まったくディーンと同じだな」

「光栄です」

兄さまがにべもない。

「要はアレだろう。リアが誰かに触れるのが嫌なのであろう」

「私は! リアと同じように幼い殿下の体のためだから許しましたが、そうでないならまだ一歳のリアに、魔力がどうとか無理をさせたくないだけです」

「む」

これは兄さまのほうが正しい。私は思わず王子に流されかけていた自分を立て直した。危うくあっさり魔力を流そうとするところだった。

「ではルーク、やはりお前がやれ」

「それは」

「できないのか」

「……できると思いますが」

できないと言えばいいのに!

「触るのが嫌なら、虚族と同じように、私の魔力を外から揺らしてみるがいい」

兄さまは虚を突かれたような顔をして黙り込んだ。そう言われてみればそうだ。なぜ虚族は私たちの体に響くのか。私達魔力もちがお互いにそばにいても別に響き合わないのに。

いや。

響きあった時があった。

私がハッと顔を上げると、同じくハッとした兄さまと目が合った。

結界だ。