軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十話:おっさんは崖を登る

グランネルのダンジョンにやってきていた。

グランネルのダンジョンは高温多湿のジャングル。

そして、一日に数回のスコールが降り注ぐ。

早速、スコールが始まっていた。

ひどい土砂降りで視界がほぼゼロだ。

さすがに前に進めないので大きな木の陰に隠れて雨宿りする。

ルーナとティルがはしゃいでいた。

「ユーヤ、ユーヤ、可愛いレインコート」

「なんか雨って、楽しいね」

二人は買ったばかりのレインコートを着られてうれしいらしい。

ルーナやティルと違って、セレネとフィルはあまり雨を歓迎していないようだ。

無理もない。

豪雨は冒険者にとって最悪だ。

まず、これほどの土砂降りだと視界が消える。次に雨で音も拾えない。匂いすらも洗い流す。

目と耳と鼻を塞がれてしまえば、外敵に対しては無防備になる。

「ルーナ、【気配感知】は絶対に切らすなよ。雨が一番やばい」

「ん? でも、ぜんぜん何も感じ取れない。それは魔物も一緒のはず」

「そう思うのが一番まずい。……逆に考えてみろ、目と耳と鼻が利かない状況で、こちらの動きが見えていて、しかも雨の中でも動きが一切鈍らない魔物。そういうのがいれば脅威だと思わないか?」

「たしかに怖い」

「ユーヤ兄さん、それって反則だよ。だって、こんな雨のなかじゃ、私も弓を当てる自信ないし。雷の魔術だってつかえないもん。もっ、もしかして、お姉ちゃんなら、この土砂降りでもなんとかなる?」

「無理ですね。多少の雨なら大丈夫ですが。ここまでひどい雨ですと、確定距離は三十メートルと言ったところでしょうか」

ちなみに三十メートルというのは、普通の弓使いが万全の体調と環境で当てられる距離だ。

平常時には二百メートル先から狙撃できるフィルとティルが異常だ。

「ユーヤおじさま、その魔物はどうやってこちらを見つけるのかしら?」

「簡単だ。【気配感知】を使う。魔物の中にもたまにいるんだ」

こちら側と同じスキルを使う魔物はそれなりにいる。

【気配感知】も少数であるが使用できる魔物がいた。

その中でも、シルバースライムというのが有名だ。

奴は倒すとすさまじい経験値をくれる。それこそ、ボスに匹敵するぐらいの。

なんとしても倒したいのだが、奴は【気配感知】でこちらの接近に気付いて、圧倒的な速さで逃げていく。

しかも、追いつけてもひたすら硬く、戦っているうちに逃げられる。

シルバースライムを捕まえて倒すには、逃げ道を潰しながら袋小路に追い詰めて大火力をクリティカルでぶちこむしかない。

パーティに【アサシン・エッジ】と【気配感知】の両方を使える仲間がいなければ、ほぼ不可能。

「わかった! がんばって【気配感知】を使いっぱなしにする」

【気配感知】は魔力的には消費ゼロなのだが、どうしても神経を使う。常時発動は辛い。

だが、雨の中はルーナの気配感知だけが頼りだ。

がんばってもらおう。

しばらく雨音をに耳を傾けながらうとうとしていた。

水捌けがわるく、泥水がどんどん溜まってまるで周囲が浅い湖になったように見える。

そのため、俺たちは防水仕様のブーツに履き替えた。

普段使いのものより重く、動きが悪くなるが、そもそも普通の靴では先へ進めなくなる。

「ユーヤ、後ろから魔物が近づいてる」

「どんな魔物だ?」

「おっきな……猫?」

「一番俺が恐れていた魔物が来たようだ。それは猫じゃない。豹だ。スコール・パンサーと言われる」

【気配感知】持ちで、このスコールの中でも獲物を見つける。

そして、雨宿りしている獲物に背後から忍び寄り、鋭い牙で首をかき切る暗殺者。

かしこい魔物で、晴れているときは隠れており、雨が降っているときしか活動しない。

「みんな、振り向くな。あいつは臆病な魔物だ。敵に気付かれたと察知すれば逃げていく。厄介な魔物だが、確実に倒して奴のドロップがほしい」

雨の中にしか出現しない臆病な魔物故に、滅多に会えない。

倒せるときに倒していたい。

「ユーヤ、あと十メートルぐらいまで、忍び足で近づいてきた」

「うそ、全然感じ取れないよ。私、かなり敏感なのに」

「この雨だから仕方ないですね」

フィルとティルが気付かないのは、雨の中という点を差し引いても相当だ。

豹だけあって生まれながらのアサシンなのだろう。

「あと五メートル」

「誰を狙ってる?」

「フィルを狙ってる。視線がフィルの首筋」

「わかった。なら、このまま気付かないふりをして、奴が飛びかかってきたら、隣にいるセレネが渾身の力でスパイクを打ちこめ」

「わかりました」

「準備しておくわ」

セレネがルノアの盾を撫でる。

緊張しているようだ。

俺たちは後ろを振り向かず、神経を後ろに集中する。

もう、どれだけ近づいたかもルーナには言わせない。

会話すらも、スコール・パンサーにこちらが気付いていることがばれる距離だ。

残り二メートルまで近づかれたところで、ようやく俺はスコール・パンサーに気付いた。

気付けたのは、音でも匂いでもなく殺気。

そういうものには敏感だ。

やつがためを作り、飛びかかった。

わずかに、ほんのわずかに雨音でも消しきれなかった音が聞こえた。

フィルの隣にいたセレネがルノアの盾を構えながら横を向く。

「【シールドバッシュ】!」

渾身の力で、ルノアの盾を突き出す。それと同時にスパイクが射出され、フィルの首筋にかみつく寸前だったスコール・パンサーを雨宿りしていた大樹に張り付けにした。

スコール・パンサーは張り付けにされたまま手足を振り回して暴れ、数秒後に青い粒子になって消えていき、ピンク色の皮を落とした。

「ふう、なんとか倒せたわ。失敗したら、フィルさんに大怪我させるから緊張したわね」

「私はセレネちゃんなら大丈夫って信じてましたよ」

フィルの言葉はお世辞じゃない。

フィルはベテランの探索者であり、非常にシビアな感性を持っている。

自分の命を信用できない相手に預けるほど愚かではない。

「ユーヤ、すごく気持ち悪い魔物だった」

「うん、グロい見た目だったよね」

「暗殺に特化して進化した結果だな」

スコール・パンサーはピンク色でぶよぶよのゴム皮で全身が覆われており、毛がまったく生えてない。

だから、雨をまったく苦にしないし、泥や水を弾く。

そして、目も鼻も耳もなく巨大な口をしていた。

【気配感知】があるから、必要がない目と耳と鼻が退化してしまっているのだ。

「いい土産ができたな」

「そのぶよぶよの皮、なんに使うの」

「これで服を作ると、風(雷)属性に対する無効効果を持った装備になる。いずれ、三竜のうちの一体、風竜と戦うときに必要だ。風竜を相手にすると風(雷)属性無効が一人はいないと勝負にすらならない」

あれだけ苦労して倒した炎帝竜コロナドラゴンも、三竜の中では最弱。無効装備なしでもごり押しできたが、残りの二竜はそうはいかない。

「ユーヤおじ様、そのピンクのぶよぶよで出来る装備、あんまり想像したくないのだけど」

「多分、セレネが想像したとおりだ。肌に張り付くラバースーツ。しかも着色料すら全部弾くから元のどピンクのまま。まあ、なんだ性能は優秀なんだ。性能は」

ゲームのときですら、その見た目故に避けられてはいるが、性能が良く羞恥心を堪えながらも世話になった。

「風(雷)無効なだけじゃなく、軽いし防御力が高い、しかも、かなり高ランクの打撃耐性とわずかながら斬撃耐性まである。こんなポテンシャルの高い装備はなかなかないぞ」

「そっ、そう。私は遠慮するわ。その、恥ずかしいわけじゃないのよ。その装備の分類は服よね? なら、鎧を着れるクラスじゃなくて、服しか装備できない人が着るのがいいと思うの」

露骨な言い訳だが筋は通っている。

フィルの顔を見る。

「えっ、私ですか。私は、その、昔手に入れた、最高ランクの装備があるので、えっと、この服、すごい装備なんですよ。売ったら、一生遊んで暮らせるぐらいに」

フィルの言っていることも正しい。

フィルの装備は、弓使いの最終装備と呼べる代物だ。

さすがに、このピンクラヴァースーツでも数段劣る。

残るは……。

「えっと、ユーヤ兄さん、これを私に着せるつもりなの!? 変態さんだよ」

ティルが全力で首を振る。

悲しいことに、セレネやフィルと違って明確な逃げ道がない。

こうなれば、ティルに押し付けようか。

「ん。ルーナは着てみたい! なんか面白そう! それで服ができたら着てみたい」

目を輝かせて、ルーナがキツネ尻尾を振っている。

さきほどまで、スコール・パンサーを見て気持ち悪いと言っていたのが嘘みたいだ。

戦力バランスを考えても、前衛が風(雷)無効を持っているほうがいい気がする。

「わかった。なら、これで作った服はルーナにあげよう」

「やった! できるの楽しみ」

ピンクのラヴァースーツを着たルーナは楽しみだが、この胸にわき上がる罪悪感はなんだろう?

そんなことをしているうちに雨がやんだ。

先に進むとしようか。

それから、晴れたので俺たちは先へと進むことにした。

しばらく歩いていると、ルーナがまた極楽鳥を見つけ、ティルがきっちりと矢で撃ち落とした。

すさまじい学習能力の高さだ。

さっきのスコールでまた風の重さが変わったのに、しっかりと適応した。

そして、今度はしっかりと【極楽鳥の肉】をドロップしたので、お子様二人組が謎ダンスをしていた。

そんな二人に、クエスト収集数は三つというと、すごく嫌そうな顔をしてダンスを中断したのが面白かった。

そして、俺たちは行き止まりに来た。

断崖絶壁の壁だ。高さは百メートルを越えている。

ルーナがぴくぴくとキツネ耳を動かす。

「崖のぼろ。がんばれば大丈夫。【気配感知】でこの先に、極楽鳥が四羽もいるってわかった。わかるだけでこの数、たぶん、その先にはもっといる」

「じゅる。そうなんだ。じゃあ、登るしかないね! もうそろそろ暗くなってきたし、普通にやったんじゃ、クエスト分だけ手に入れるのがやっとだろうし!」

ティルの言うことはもっともだ。

極楽鳥を食べたいのなら、この崖を超えるしかない。

「二人とも落ちついてくれ。がんばれば登れると言うが、それは勘違いだ。見てみろ」

崖に手をついて土を払うと鋼鉄の壁が見えた。

手を引っ掛けることもできないし、ナイフを突き立てることもできない。

さすがに鋼鉄の絶壁を上るのは不可能だ。

「ルーナはあきらめたくない。この崖の先に、今日の晩御飯」

「極楽鳥食べて極楽行きたいよぅ。極楽鳥って最高のご馳走があるのに、保存食とかやだよぅ」

お子様二人組が悔しそうに崖を睨んでいる。

そろそろいいか。

これ以上はもったいぶらないで崖の超え方を教えよう。

実は、この崖は天気を利用したギミックを使うことで越えられる。

そんなことを考えていたときだった。

フィルが先端がフックになった矢を構えていた。しかも矢の尻には魔法のロープが括り付けられている。

「高さは、百二十三メートル四十三センチ、射程も魔法のロープの長さも余裕ですね。ただ、強度には不安があります。なら……」

フィルは矢を三連射。

そのすべてがフック付きで、ロープと繋がっている。

矢が放物線を描いて崖の上に行くと、フィルがロープを引っ張った。ロープがピンと張る。

「これで上に登れますよ。さあ、ご馳走は目の前です」

「フィル、すごい! 大好き!」

「さすがはお姉ちゃんだよ! 痺れる!」

「すばらしい腕前ね。一瞬でフックがしっかり引っ掛かるところを見抜いて、的確に引っかけていくなんて」

俺がギミックを説明する前に、フィルがとんでもない力技を披露してしまった。

「一人ずつじゃないと危ないので私が先にいきますね。上にいけばロープを補強できますし。……風の具合をみると、しばらく雨も降らない。今のうちです」

フィルはあっという間にロープを使って崖を上ってしまった。

一分もかかっていない。

登ってからフックをよりしっかりと引っかけて手招きする。

それを見たルーナとティルも優れた身体能力を発揮して、数分で登ってしまった。

セレネは二人ほど速くないが危なげない動きだ。

「ユーヤ、早く昇ってきてください。ルーナちゃんとティルは、極楽鳥に逃げられたら大変と言って、もう向こうで狩りをしてますよ」

「ああ、そうだな」

崖を登れたのに、この釈然としない気持ちはどうだろう。

……おかしいな。俺の知っているギミックは雨を利用するから、フィルがしばらく雨が降らないと言っていた以上、だいぶ待たないといけなかった。

こうやって上ったほうが早いのに、沸き上がる悔しさはなんだろう?

「スコールが降ると崖の泥すべてが洗い流されるんだ。するとな、この壁の隠し扉を開けるヒントがあって、そのヒントを読み解くと、扉が開く。そしたら、崖の上に続く階段があって楽に登れるんだ」

もう、誰も聞いていないギミックを解説する。

良かった。スコールのなか、必死に壁に描かれたヒントを読み解くなんて苦労がなくて。

こっちのほうがずっと楽だ。

「それで崖を越えた先は、極楽鳥がたくさんいるんだ。極楽鳥は肉に注意が向くが、実は経験値も同レベル帯の中では飛びぬけていてな。苦労して謎をとけば、ボーナスステージでたくさん稼げるんだよ」

この豆知識も説明するまでもない。

すでにお子様二人組が崖の向こうで荒稼ぎしている。

崖を上り終える。

すると、ルーナとティルが走ってこちらに来た。

「ユーヤ、お肉いっぱい! 四つもドロップした!」

「これだけ獲れたら、たくさん食べていいよね!」

きらきらした瞳と満面と笑顔。

二人のそんな顔をみたら、ギミックを解説できなくなったことなんてどうでもよくなった。

「そうだな。みんなで食べよう。極楽鳥の肉は鍋にすると最高だ。素晴らしい出汁がでる。締めに、グランネルで買った米を使って雑炊にするとやばいぞ」

「鍋! 雑炊!」

「うわぁい! 楽しみだよ」

二人が今日二度目の謎ダンスを始めた。

今度は水を差さない。夕ご飯に極楽鳥をたっぷり食べさせてあげられるのだから。

「ユーヤ、今日はここで一泊しますか?」

「そうだな。もう夕方だ。帰還できる魔法の渦まで遠いし、まだまだこの先にうまい狩場がある。戻るのもばからしい。今日は一泊しよう。それなら、野営を設置しないとまずいな」

「わかりました。じゃあ、適当に山菜を摘んできます。美味しい鍋を作るので期待していてくださいね」

俺は微笑む。

俺もルーナとティルほどではないが、極楽鳥は食べたいと思っていた。

今から夕食が楽しみだ。