軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

やっぱり私以外にも人がいるらしい

ホームセンターからの帰り道。私はあえて今まで通ったことのない裏路地を選んで走っていた。

理由は単純。

まだ見ていない景色を少しでも情報として頭に入れておきたかったからだ。

「ん?」

とある小さなクリニックの前に差し掛かった時。

私は思わず自転車を止めた。

その入り口が数台の自動販売機や乗り捨てられた車で、雑に、だが明らかに人の手によって塞がれていたのだ。

「これ、バリケード……だよな」

誰かがここに籠城しようとしていた。

私以外にもこの町でこの異常事態を生き抜こうと戦っていた人がいたんだ。

バリケードはその一部が内側から破壊されていた。

まるで、もうここにはいないとでも言うように。

鑑定

【名称:粗末なバリケードの残骸】

【状態:一部破壊(約三週間前)】

【備考:生存者の痕跡。現在は、人の気配はない】

「三週間前……か」

私があの山小屋でまだこれがただの通信障害だと思っていた頃。

この町ではもう戦いが始まっていたんだ。

その人たちは今どこにいるんだろう。

……生きているんだろうか。

私はその問いを頭の隅にそっとしまい込み、再び図書館へとペダルを漕ぎ出した。

私の城、市立図書館に帰還したのは空が完全に夜の色に染まった頃だった。

閂をかけ分厚い扉を閉ざせば、そこは絶対の安全地帯。

私は大きく息を吐いた。

「ただいま。さてと、今夜は祝勝会と行こうじゃないの!」

私は一人威勢のいい声を上げる。

ホブゴブリン討伐とホームセンター完全攻略記念で、ミートソースパスタ様のご登場だ!

カセットコンロに火をつけ鍋でパスタを茹でる。別のフライパンでレトルトのミートソースを温める。

食欲をそそる香りが静かな館内に広がっていく。

仕上げにスーパーで見つけた粉チーズをこれでもかと振りかけた。

「いただきます!」

フォークでくるくると巻いたパスタを一口。

……うん、うまい。

いや「うまい」とかそういう次元じゃないな。これは勝利の味だ。

前の世界で惰性で食べてたコンビニのパスタとは味が全然違う。……まあ、たぶん気のせいだけど。

温かい食事ってすごい。

腹が満たされるだけじゃない。ささくれだった心がじんわりとほぐれていく感じがする。

食後にはコーラまである。

完璧だ。完璧すぎる。

私は満足のため息をつき、今日のもう一つの目的を果たすことにした。

地下書庫。

そこは私の新しい武器の試射場になっていた。

壁際にジャンク・ゴーレムの残骸から拾ってきた一番硬そうな鉄板を立てかける。

「さて。お手並み拝見といこうか、新しい相棒」

私がアイテムボックスから取り出したのは、先端を鋭く研ぎ澄ませた『手製の鉄槍』。

それを『マインド・バレット』でふわりと浮かび上がらせる。

狙いは鉄板の中心。

――いけ。

心の中で短く命じる。

ヒュンという短い飛翔音。

次の瞬間。

――ズドンッ!!

鉄板のど真ん中に風穴が空いていた。

鉄槍は分厚い鉄板をまるで紙みたいに貫通し、そのまま後ろのコンクリートの壁に深々と突き刺さっている。

その威力はただの鉄パイプとは比べ物にならなかった。

「……うん。これなら、いける」

私は自分の新しい力に確かな手応えを感じていた。

地下書庫に響いた鉄とコンクリートの破壊音。

その余韻に私はしばし聞き惚れていた。

壁に突き刺さった鉄槍を回収し、そのずしりとした重みを改めて感じる。これがあればホブゴブリン級の敵が相手でもそう簡単には負けないだろう。

「さてと。攻撃面の強化は、一旦こんなもんかな」

私はカウンターへと戻りこれからのことを考える。

戦闘能力は上がった。でもそれだけじゃこの世界では生きていけない。

サバイバルとはもっと地味でもっと多岐にわたる技術の集合体のはずだ。

「となれば、やることは一つだよな」

私の足は自然と書架の一角へと向かっていた。

先日私が『サバイバル入門』などの本をまとめておいた即席の「お役立ち本コーナー」だ。

そこから私は一冊の本を抜き出した。

カラフルな表紙にシズル感たっぷりの写真。『誰でも作れる!簡単キャンプ飯』。

「まずは食。衣食住の基本だしな」

私はその本を片手に寝床にしている郷土資料室へと戻る。

そして長机の上で再びスキル習得のための「熟読」を開始した。

『応急手当ハンドブック』の時と同じだ。ただ文字を追うだけじゃない。その内容を構造を完全に理解し、自分の知識として脳に刻み込んでいく。

「ふむふむ、火の起こし方からか。……カセットコンロがある私には、今のところ不要、と」

「米の炊き方……これは重要。メモメモ」

「なるほど、缶詰も一手間加えるだけで、ご馳走になるのか」

作家としての集中力がここで遺憾なく発揮される。

私はまるで新作の資料を読み込むかのようにその本に没頭していった。

夜が更けていく。

外の世界は闇と静寂と、そして得体のしれないナニカの気配に満ちている。

でもこの鍵のかかった部屋の中は私の城だ。

ここでは私はただ自分の成長のためだけに時間を使うことができる。

そして集中し始めてから二時間ほどが経った頃。

私の頭の中に待っていたアナウンスが響いた。

【繰り返し熟読することで、条件を満しました】

【スキル『料理 Lv.1』を取得しました】

「よし、来た。やっぱりこのやり方で間違いないんだ」

私はすぐにスキル一覧を確認する。

【料理 Lv.1】

【効果:食材を調理する際、わずかな補正がかかり、完成品の味と保存性が少しだけ向上する。レシピの理解度が上がる】

これもまた地味なスキルだ。

でも食料が何よりも貴重なこの世界で「保存性が向上する」というのは、とんでもなく強力な効果だった。

私は満足げに本を閉じる。

スキルは戦闘だけじゃない。

こうして知識を得ることでも増やしていける。

この図書館はただの安全な拠点じゃない。私を無限に強くしてくれる最高の「学校」だ。

「……さすがに、眠いな」

心地よい疲労感と達成感。

私はその二つを抱きしめながら、クッションを重ねた即席のベッドへと体を滑り込ませた。

明日はホームセンターよりもさらに危険な場所へ行く。

でも不思議と不安はなかった。

***

沢山食べてぐうぐうと寝ていた私は、資料室の窓から差す日光で目が覚めた。

朝食は昨日と同じレトルトの中華粥。

でも『料理 Lv.1』のスキルに意識を集中させながらほんの少しだけ火加減や水の量を調整してみる。

するとどうだろう。昨日よりも明らかに美味しく感じられた。

「……おお、これがスキルの力か」

私はその確かな成長に一人にんまりとする。

腹ごしらえを済ませた私は一階のカウンターに広げた地図の前に立った。

スーパーとホームセンターには大きな花丸が描かれている。

食料、水、道具、武器。

生活の基盤は整った。

次に必要なもの。それは――。

「……医薬品、だよな」

私の指は自然と地図上の一つの建物を指し示していた。

「市立総合病院」。

この町で一番大きな医療施設だ。

風邪薬、鎮痛剤、包帯、消毒液。何があるかは分からないけど私の『応急手当』スキルだけではどうにもならない事態だってあるかもしれない。

備えあれば憂いなしだ。

でも。

病院は町のほぼ中心部。

あの夜屋上から見えた「戦火」の場所にさらに一歩近づくことを意味していた。

一瞬躊躇する。

でもすぐに首を振った。

「怖がって安全地帯に引きこもってても、ジリ貧になるだけだ」

私はペンを取り地図上の病院に新たな大きな丸をつけた。

そしてリュックとアイテムボックスに最低限の食料と弾丸代わりの釘をいくつか詰め込み、新しい相棒――『手製の鉄槍』を手に取った。

「よし。今日の目標は病院のあくまで『偵察』。ヤバそうならすぐに引き返す」

私は自分にそう言い聞かせ図書館を後にした。

自転車を走らせること十五分。

町の中心部に近づくにつれて明らかに空気の密度が変わっていく。

建物の破壊痕がより生々しくなっているのだ。

道路には巨大な爪で抉られたような深い亀裂が走っていたり、黒く焼け焦げたバスが横転していたり。

「……ホブゴブリンより、さらにヤバいのがうろついてるな、これ」

私が息を呑みながら大きな交差点に差し掛かろうとしたその時だった。

少し先、大通りから一本脇に入った路地の奥から。

けたたましい金属音と怒号が聞こえてきた。

――ガキンッ!

「囲め! 足を狙え!」

――ギャアアアアッ!

「!」

私は咄嗟に自転車を乗り捨て近くのビルの陰へと身を隠した。

間違いない。

誰かいる。

そして何かと戦っている!

私は壁の角からそっと路地の奥を窺う。

そこにいたのは三人の武装した人間だった。

戦闘服のようなものを着てヘルメットを被り、手には改造された金属バットや槍を持っている。

そして彼らが囲んでいるのは――。

「……カマキリ?」

いや違う。

体長は三メートル以上。

鎌のようになった両腕はまるで鋼鉄の刃のように鋭く光っている。

変異した巨大なカマキリ。

鑑定

【名称:メタルマンティス】

【レベル:13】

レベル13!?

ホブゴブリンよりジャンク・ゴーレムより強い!

三人は連携してカマキリの足を狙っている。でもその動きは明らかにジリ貧だった。

一人の男が鎌の一撃を避けきれず腕を深く切り裂かれる。

「ぐあっ!」

「マズい! 後退しろ!」

このままじゃ全滅する。

そう思った時。

戦っている男の一人と目が合った。

「――!?」

私の存在に気づかれた。

男の目が驚きに見開かれる。

そしてそのほんの一瞬の隙をメタルマンティスは見逃さなかった。

――ヒュッ!

鋼鉄の鎌が風を切り、私のことを見ている男の首筋めがけて振り下ろされようとしていた。