軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

次なる目標と生存者の痕跡

図書館での三日目の朝。

以前の私なら朝起きたらまずスマホをチェックするのがお約束だった。新着メッセージ、ソシャゲのスタミナ、トレンドの確認……。

今の私が目覚めて最初にやることは、頭の中でこう念じることだ。

『ステータス』

視界に表示される青いウィンドウ。Lv.9という数字と二日前とは比べ物にならないくらい底上げされた能力値。これが私の新しい「おはよう」の挨拶だった。

体が軽い。昨日の死闘の疲労感もすっかり消えている。

「…今日も頑張るか」

私は長机から身を起こす。やることは今日もたくさんある。

朝食は昨日手に入れたカロリーメイトとミネラルウォーター。

質素だけど文句なんてない。

カロリーメイトをかじりながら、私は一階のカウンターに広げっぱなしにしていた町の詳細な地図に改めて向き合った。

「次の目標はホームセンター…」

スーパーの攻略で食料と戦えるという自信は手に入った。

でも今の私の武器は拾った鉄パイプと、そこらへんに転がっているガラクタだけだ。

もっと効率よく戦うにはもっといい「弾丸」が必要になる。

ホームセンターなら釘とかボルトとか、殺傷能力の高そうな金属製品が山ほど手に入るはず。

それに生活用品もだ。

カセットコンロのボンベもいつかは尽きる。懐中電灯の電池だって無限じゃない。

ロープ、工具、ブルーシート。サバイバル入門の本に書いてあった使えそうなものを頭の中でリストアップしていく。

「でもその前にやることがあるよね」

私は自分のスキルについてもう少し理解を深めておくべきだと思った。

特に『鑑定』。

昨日は手当たり次第に使っていたら、いつの間にかレベルが上がっていた。

もしかしたらこのスキル、もっと何かできるんじゃないか?

私は試しに、昨日読んだ『応急手当ハンドブック』に意識を集中させてみる。

「鑑定」

【名称:応急手当ハンドブック】

【種別:本】

【状態:良好】

【備考:読むことで応急手当に関する基本的な知識を得られる】

うん、昨日と同じだ。

でもレベルが上がったんだ。何かが変わっているはず。

私はさらに意識を集中させる。もっと深く。もっと詳細な情報が欲しい、と。

鑑定というスキルはただ対象を見るだけじゃない。「知りたい」という私の意思がトリガーになっている気がする。

すると。

備考の欄の文字がふっと変化した。

【備考:読むことで応急手当に関する基本的な知識を得られる。繰り返し熟読することでスキル『応急手当 Lv.1』を習得できる可能性がある(幸運値に影響)】

「…………!」

私は思わず息を呑んだ。

本を読むだけでスキルを覚えられる……? そんなことあり?

しかも幸運値に影響、と。……私の幸運180。

「『可能性がある』なんて回りくどい書き方してるけど。この数値ならそれはもうほとんど『確定』ってことなんじゃないの?」

システムからの遠回しなメッセージだ。

私の目の前に無限の可能性が広がった気がした。

この図書館にある何万冊という蔵書。

その全てが私を強くする教科書になるのかもしれない。

料理の本を読めば『料理』スキルが?

建築の本を読めば『建築』スキルが?

「……いや、落ち着け」

今は目の前のサバイバルだ。

浮かれそうになる頭を無理やり冷静に引き戻す。

まずはホームセンター。それが今日の目標。

私はもう一度地図に目を落とす。

図書館からホームセンターまではスーパーよりも少し遠い。

町のほぼ中心部。

昨日ホブゴブリンと戦ったスーパーよりももっと危険なモンスターがいるかもしれない。

「……その前に偵察だよな」

高いところから町の様子を一度ちゃんと見ておきたい。

どこが安全でどこが危険なのか。

私は椅子から立ち上がり、図書館の最上階――屋上へと続く扉へと足を向けた。

図書館の屋上へと続く重い鉄の扉。

閂を外しぎしりと音を立てて開くと、生暖かい風が私の頬を撫でた。

屋上はだだっ広いコンクリートの広場になっていた。四方は胸の高さほどの柵で囲まれている。

「うわ……」

私は柵のそばまで歩み寄り、そこから自分が今いる町を見下ろした。

そこには私が知っている文明の形はどこにもなかった。

まるで巨大な子供がミニチュアの街で遊んだ後みたいだ。

ある建物は何百年も経ったかのように崩れ落ちて蔦に覆われている。

なのにその隣のビルは昨日建てられたばかりみたいにガラスがきらきらと輝いていた。

道はあちこちで陥没し、乗り捨てられた車がおもちゃのように転がっていた。

人の姿はどこにもない。

動いているのは風に揺れる木の葉と、どこからか飛んできた一枚のビニール袋だけ。

静かで広くてひどく空虚な世界。

「……本当に終わっちゃってるんだな、もう」

今まで見て見ぬふりをしてきた現実。

それを改めて真正面から叩きつけられた気がした。

私の愛した日常はもうどこにもない。

私はそこにどれくらいそうしていただろうか。

太陽がゆっくりと西の空へと傾いていく。

町の影が長く長く伸びていく。

空がオレンジ色から深い藍色へとその表情を変えていく。

――夜が来る。

町にはもちろん街灯なんて一つも灯らない。

世界は完全な闇に包まれる。……はずだった。

その時だった。

「…………え?」

遠く。

町の中心部の方角。ひときわ高い駅前の商業ビルのその一室。

ちか、と。

一瞬だけ確かな「光」が灯った気がした。

見間違い?

いや。

私は目を凝らす。

するとまた同じ場所が一瞬だけまたたいた。

それは蝋燭や懐中電灯のような頼りない光じゃない。

もっと強い。電気の光だ。

誰かいる。

私以外にこの町で生き残っている人が。

ボーッとその光を見ていると、別の方角から風に乗って微かに音が聞こえてきた。

――パンッ! パァン!

乾いた破裂音。

そしてそれに続く地の底から響くような低い咆哮。

――グオオオオオオ……!

「…………!」

間違いない。

あれは銃声だ。そして何か巨大なモンスターの声

銃声。モンスターの咆哮。

遠くで起きている私以外の誰かの「戦い」。

「…………」

私は柵を握りしめたままその方角をただ見つめることしかできなかった。

誰かが生きている。

確かに嬉しいニュースかもしれない。

でも同時にそれは、とてつもない「危険」があそこにはあるという証明でもある。

銃を使わなければならないほどの相手。

あのホブゴブリンよりもずっとヤバい奴がいる。

町の中心部……いずれは向かわなければならないかもしれないその場所に。

「行く? 今すぐ? 無理でしょ」

即断即決。

今の私がノコノコ出て行って何ができる?

レベルはまだ9。スキルは強いけどMPが尽きたらただの非力な引きこもりだ。

銃を持つ相手……つまり人間だ。その人たちが親切な善人だっていう保証はどこにもない。

「むしろモンスターより人間の方が怖いまである」

それがこの手の話のセオリーだ。

私は遠くの戦火から目をそらす。

そうだ。私はまだ弱い。焦る場面じゃない。

「順番が違うんだよな、順番が」

まずは計画通りこの町を探索し尽くす。

もっとレベルを上げてスキルを使いこなして良い装備を手に入れる。

私が私自身の力で誰にも負けないくらい強くなる。

そのための次のステップが「ホームセンター」。

(まあ、あの人たちがまだ生きてたら、そのうち会うこともあるでしょ)

心の中でそう呟いて私は遠い戦火に背を向けた。