軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エメンタールの惨劇 後編

朝から呼び出された俺は不機嫌なままで応接室のソファーに身を預けていた。

つい最近まで辺境でクソつまらない人間の護衛なんて仕事をしていたのも相俟って気分は最悪だ。

隣にはスピカの犠牲のおかげで視力を取り戻した兄が座っている。

それも気に入らない…

時折心配そうにこちらをうかがう視線が…瞳がスピカと同じ色で…同じものなのに違う顔で…それが歯痒くて一層俺は苛立っていた。

両親も居るが揃って誰も口を開かない。

茶の一つも運ばれないこの場はとてつもなく居心地が悪かった。

悪態をつきかけた時に1番上の兄と見たくも無い皇子の来訪が告げられる。

よりにもよって何故やつなんだよ…

そんな思いから皇子を俺は睨みつけていた。

父が皇子に挨拶し、皇子が応えて机にそれは置かれた。

ステラの聖石だった。何で今更あの性悪女の聖石なんかを家に返されなきゃいけないんだよ!

俺は内心で腹を立てていた。

だってそうだろ?散々人の家を引っ掻き回して大切なスピカを傷つけて、その居場所を奪おうとして…

最後は家名に泥までつけて処刑された女の形見なんて見たくも無い!

そんなもの肥溜めにでも沈めてしまえばいいとさえ思う。

しかしあの女の事なんて吹き飛ぶほどの事を兄は話し始める。

何だって?エメンタールを離れる?

じゃぁ誰がこの家を、スピカのいる領地を護るんだよ!

もしかしたら自分が指名されるのではと不謹慎にも胸が高鳴った。

秀でた才能があり有望視されていた長兄、貴族籍を離れる事が有力視されていたが己の得意分野を磨いてきた次兄…

それに比べて剣の腕と乗馬の技術くらいしか誇れるものが無い俺…

いつも引け目を感じていた。

でも、もしかしたら今ここで父の希望となったのかも知れないと期待した。

そして当主となったら大領地の領主としてスピカの解放を皇帝に願い出ようとさえ考えた。

しかし父の口から出てきたのは会う事も稀であった叔父の名だった。

俺はバレないように肩を落とした。

ちょっとくらい期待したっていいと思う。しかし父はその可能性は薄いのだと諭してきた。

そんな事考えろだなんて言われても…

俺は考えながらも1番上の兄が言っていた事が気になり出した。だから思い切って聞いた。

兄からはステラとスピカの血縁関係を調べるとかいう答えが返ってきた…

両親は知りたがっている…

兄達も…

冗談じゃない。ステラの方はどうだっていい。

でも何でスピカまで調べるんだ…

本当の妹だと判明してしまったら…

俺は…

そう俺が動揺する間に兄は魔道具の説明を始めた。

どうやら聖石が無ければ証明は出来ないようだ。

だって本人達はもういないのだから…

そしてスピカの聖石は俺の手元の房飾りか、いけすかない皇子の手元にしかないはずだ。

俺は勿論貸すつもりはない。

きっと奴も貸すことはしないだろうと俺はたかを括っていた。

そうこうするうちにステラの聖石が魔道具に置かれる。

何にも起きない。

俺は思わずそれを口にした。

当たり前だと言わんばかりの兄がご丁寧に説明を始める。

この流れに悪い予感がした俺は、こんな茶番は止めるべきだと声を上げたが、忌々しい第三皇子に制された。

そして今度こそ準備が出来たようで、また石が載せられる。

そうして…また何も起きなかった。

その疑問は母さんが口にした。そしてステラと血縁が無いのだと兄は説明する。

俺の心は警鐘を鳴らす…ヤバイ…このままだとスピカの証明をすると言い始める…

自分は貸すつもりは微塵も無いが、アーサーはもしかしたら…

そんな思いを抱きつつ、俺は兄の失敗では無いかと責めてみたが兄は自分の聖力を使って失敗などでは無い事を証明してみせた。

そして「1人知りたい人がいるんだ」と言って胸ポケットから一つの聖石を取り出した。

見間違うはずがない…毎日見つめ、眺めては思いを馳せるその石にそっくりなそれは、紛う事なくスピカの聖石だった。

大きさも俺の物と遜色はない…

何で兄貴も持ってるんだよ…

俺にだけの特別じゃなかったのかよ…

俺はそれを止めるように兄に懇願したが聞き入れてもらえない…

仕舞いには父に肩をがっしりと掴まれ大人しくさせられる。

本気になれば振り払えるが俺の心が動揺して力が抜けてしまった。

そんな放心状態の俺を他所に儀式の如くそれは行われた。

魔道具は綺麗に光を灯した…

俺の心は音をたてて崩れるようだった。

知りたくなかった。

暴かれたくなかった。

兄の発明の不備を指摘しようにも俺にはそんな知識はない。

それに天才の名をほしいままにしている兄が、そんな不完全な物で試すはずもない事はとうに分かっていた…

俺は他人だと思ったからこそスピカを安心して愛せていたのに…

よりにもよって本当の妹だったなんて…

そう思えば今までスピカにしてきた事が走馬灯のように駆け巡る。

俺は本当にろくでもない事しかしてこなかったのだと笑える…

知らないままならば…信じる証明さえ無ければ…

やはり義妹だったと安心して愛せたのに…

俺の愛はしてはいけない恋だったのだ…

己が惨めで情け無い。

俺の心は一気に怒りに震える。

どうしてこうなった?

誰の責任だ?

そうだ…こいつだ…こいつが悪いんだ…全部こいつの責任だ…スピカが辛い思いをしたのも、家を出て行ったのも全部こいつのせいだ…

俺は少し離れたところに置いてあった剣の柄を握った。

そしてゆっくりと鞘から剣を抜く。

誰1人として俺を見てはいない。

俺はそのまま叫びながら切りつけた。

背を丸めソファで泣くその人に向い俺は剣先を振り下ろす。

途中で動かれた為ソファーの背もたれに若干阻まれつつもその背中に一筋の朱が浮かぶ。

鮮血が室内に舞う。

「あぁぁぁぉ…いっ…痛いぃぃ…助けて!!!」

惨めに床を這うその人は俺の母だった人だ。

こいつがスピカを奪われなければそもそもこんな事にはならなかった。

そしてステラを本物の娘だと言って引き取らなければこんな事態にはならなかった。

俺がこんなにも辛い思いを味わわなくて良かったはずの元凶なのだと、俺は更に母の足目掛けて縫い止めるように剣を突き立てた。

ブチリと太い腱が切れる音がする。

いい気味だ。これから存分に俺の恨みを刻んでやろうと思えば、俺は兄達によって取り押さえられた。

いつもは荒事に参加しないような直ぐ上の兄まで俺を組み敷くように加勢している。

そして俺は床に押し倒される…

父は芋虫のように地を這う母に寄り添っている。

近くで兄が何か言っている…

俺にやめろ、落ち着けと言っているようだ…

俺は落ち着いているし、やめる気もない…

俺を止められるとしたらそれはスピカだけだ。

そんな時兄と目があった。そこにはスピカが居た。

その両眼はスピカで、俺を捉えていた。

あぁ、スピカ…そこにいたんだね。ほらこっちにおいで、怖くなんかないよ?

さぁ、俺と一緒になろう。一つになろう。それで俺らは本当の家族だ。

家族は反対するだろうから神に誓おう…全知全能の創造神さえきっと僕らを祝福してくれる…

お前と一つになれるのならばこの身が朽ちたって構わない

俺はその瞳に手をのばす。そのままの勢いで俺はその瞳を抉り出した。

あまりにも突然の事だったのか、アレク兄は悲鳴をあげて俺が抉った左目を押さえて転げ回っている。

俺は構わずその瞳に頬擦りをして口付けをする。

やっとスピカと一つになれる。本当の家族になれると俺の心は高揚する。

そしてその瞳を口にして一気に飲み込んだ…

これでスピカは誰のものでもない俺のものだ…兄達でも皇子でも無く、俺の…

突然弟が叫びと共に母に斬りかかった。

母に後ろから一筋の太刀傷を負わせる…

血飛沫が僕の頬にパシャリと嫌な音と生温かさを伝える…

「お前の〜お前のせいだ!!!全部、全部 、全部 !!!!!」

発狂したフレットの叫びが部屋を支配する。

一瞬の事で動くのが遅れた。

家令と兄は咄嗟にアーサー殿下を庇う。

僕はフレットを止めるため後ろへと回り込んだ。

フレットは今は母にしか目が向いていない。

その溢れる程の憤りと憎悪を幼児のように母へとぶつけている…

アーサー殿下を安全な位置まで誘導した兄と合流し、後ろから2人で弟を羽交い締めにして制圧する。

「止めろフレット!落ち着け!!なんて事をするんだ!!!止まるんだ!!!」

そのまま僕は弟を床へと押し倒す。兄はそのうちに剣を持つ手を踏みつけて獲物が離れた隙に蹴って遠くへと逃した。

そのまま馬乗りになって弟の顔を覗き込む。

見知った顔のはずなのに理性の箍が外れているのだろう…血走った眼に映るのは憎悪と利己的な感情だ

「お前という奴は何をやってやがるんだ!正気に戻れ!」

僕は弟に呼びかけたが返事はない…

狂っている…直感的に怯むのと同時にその瞳に柔らかな感情が浮かんだのを感じ取る。

僕は咄嗟に正気に戻ったのかと思って力を抜いてしまった。

そして情けなく微笑む弟がゆっくりと手を近づけるのを許してしまった…

そして僕の左目は2本の指で瞬時に抉り取られた。

最初に襲ったのは戸惑いの感情

そして違和感と途轍もない痛み…

思わず僕は声を上げなが馬乗りになっていた弟から飛び退いた。そしてそのまま床を転がる。

引かない痛みと溢れる血の涙を両手で押し留めながら、無事なもう片方の目をこじ開けて弟を見る…

弟は笑っていた。

愛おしそうに僕から抉り出したスピカの瞳を頬に寄せる。

紅潮した頬に瞳が触れると蕩けんばかりの破顔で、今度は慈しむように口付ける…

狂っている…やはり弟は壊れてしまったのだと悟ったがもう僕にできる事は何も無い…

「止めろ…止めるんだフレット…そんな事をしてもスピカは帰ってこないし、スピカは喜ばない‼︎

だからやめてくれ‼︎これ以上家族を穢さないでくれ!僕から家族を奪わないでくれ‼︎」

僕は叫んだがその声はフレットには届かない…

フレットは僕の見ている目の前で僕から奪い取ったそれを飲み込んだ…

魔眼は聖力の炉心である。

一般の民に聖力が無いのは炉心が備わっていないからである。

つまり貴族は皆、血統維持された一種のギフテッド達と言えよう。

そしてそのギフテッド達の中でも魔眼などが稀なのは体内に2つの聖力炉を有する事が出来る特異性にある。

常人であれば耐えられないそれに耐えられる故に与えられた者なのだ。

能力はその副産物に過ぎない。

そして、たとえ炉心のある貴族と言えど他の炉心を無理矢理取り込んだらどうなるのか…

炉心が元々ありながら何らかの原因で機能不全に陥った場合に適切に処理した場合は副反応程度で身体は徐々に新たな聖力炉に順応するだろう。

しかしそれ以外で取り込めばどうなるのか。

答えは聖力炉の負荷による内部崩壊を招く。

だから魔物の核を体内に取り込む事はタブーとされる。

取り込んだら最後体内からズタズタにされて死に至るのだから…

フレットもその例外ではなかった。

飲み込んだ瞳がフレット本来の聖力と反発を起こし胃の腑が焼けるような痛みと共に迫り上がる物が喉元を通り、そのまま吐き出す…

それは鮮血だった…

瞳は聖力の塊となりフレットの体内を暴走する。

臓腑を焼き、肉を裂き、暴れ狂う力の波となる。

フレットは絶望した。

スピカに拒絶されたように感じた。

痛みは現実を見せつけるかの如く己を襲い、目の前には人々の醜悪な視線が幻覚のように見える。

フレットは知る由もないがそれはスピカが見てきた瞳の記憶…そしてアレクが毎夜見る悪夢…

割れるような頭の痛みにも、臓物を引き摺り出されるかのような所業にも「やめてくれ、俺が悪かった」と譫言が漏れる。

家族はそれを呆然と見ていた。

恐ろしさから近づく事も出来ず、声をかける事も出来ず…苦しみのたうちまわるフレットを遠巻きにする事しか…

そのうちにフレットは段々と静かになっていった…

普通ならば即死してもおかしくない重症だった。

何故息があるのかが不思議なほどの出血だった。

しかしフレットは生きていた。

タネを明かせば簡単な話でフレットは呪われたのだ。

彼は神に自分の身がどうなろうとスピカと一つになりたい、本当の家族になりたいと願った。祝福を願った。

それは普通ならば、ただの世迷い言。戯言の類であるが、代償としたのが神の末席に名を連ねるスピカの瞳であった事から、それが 誓(うけひ) となり神々が沙汰を下した。

スピカはフレットを本当の家族と思っている。

そして生きて幸せになって欲しいと願っている。

しかし一つになる事は出来ないと拒んだ。

その相容れない答えとフレットの今までの所業から、彼は天命でしか死なない、死ねないボロボロの体となった。

たとえ死のうと思っても神々がそれを許さない。

彼が死を得られるのは彼が贖罪を果たしたと神々に認められた時のみだろう…

その印としてフレットの額には神罰の印が刻まれている…

教会でのミサで伝説のように語られるそれを目にした一同は恐れ慄くばかりだった。

息も絶え絶えのフレットに1人近づく者がいた。

「お前は房飾りの意味まで見失ってしまったのだな。

それはスピカが立派な騎士となる兄への花向けに贈った品だろ?

それをこんな形で穢すお前は騎士などではない!騎士を語る資格など無い!それどころか真っ当な人ですらない‼︎

真っ当な人が己を産み育てた母を殺めようとするなど…野犬にも劣る所業だ。

真っ当な人が血を分けた兄の目を抉るような真似…あまつさえ、それを喰らうなどという暴挙は、いたずら好きで残酷な妖精でもすまい…

ましてや妹にまで恋慕するなどゴブリンでも嫌悪する…

そして真っ当な人に神罰などくだるまいよ…

フレット…スピカの知る君はもうこの世にはいない…」

侮蔑と嫌悪と憐れみを含んだアーサーの言葉を薄れゆく意識の中でフレットは拾った。

あぁ、その通りなのかも知れない。

もう自分が自分で分からない…

焼けるような体の痛みと共にフレットは意識を手放した。

フレットが次に意識を取り戻したのは揺れる暗い木の壁の室内だった。

体は未だに自由に動く気配もない。

そして何より下半身に猛烈な痛みと違和感を覚える。

幾重にも重ねられた布があてがわれているようだ。

手足は重いが縛られている様子もない

「ここは…何処だ?」

しゃがれていたが声は出る。

「気付いたか?」

聞き覚えのある声がする。

暗がりからヌッと出てきたのは叔父であり、師匠でもあるペイストリーだった。

「師匠…俺…」

「もう、俺を師匠などと呼ばないでくれ。俺はあんな事をさせるためにお前に剣を教えた訳ではない。

お前に騎士道を叩き込んだつもりだったが、どうやら俺の独りよがりだったようだ…」

師と仰ぐ人の苦悩の表情に自分がしでかしてきた事の大きさが今更ながらに、後悔の波となって押し寄せる。

そして叔父は淡々と状況を説明してくれた。

あの事件からすでに月が変わる程の時間が経っていると聞かされる。

あの後、母は一命は取り留めたらしい。

アレク兄も俺が奪い取った左目は失明したが命に別状はなかったそうだ。

そして俺は死刑にする事も出来ない、神罰対象者は禍を招くとして国外…それも海の向こうの忘れ去られた大地へと流されるところなのだと知る。

家からは除名と去勢の処罰を受けたとの事だった。

下半身の痛みと違和感はその為と、すでに出航している船の中で世話を少なくする為に当て布が多くされていたためらしい…

俺はこれからの時間を贖罪の為に費やし、死という赦しを得る為の旅路に出るのだと徐々に理解する。

スピカにも、家族にもうニ度と会えない。

謝る事すら出来ないまま…

それは俺が引き起こした俺の罪だと、俺の馬鹿さが招いた事なのだと俺自身が納得している…

長い眠りの中で幾度となく心が張り裂けるような夢を見ていた…

それは俺が加担していたのだと気付くのに時間はかからなかった。

本当に俺は馬鹿だ…

失って初めて気付く…

自分で壊しておいて…

なんて事をしでかしたんだ…本当に人として終わっている…

未だに脳裏に焼きつくあの光景を自分が引き起こしたのだと今更恐ろしい…

そして償い、贖い、赦しを得られるべきではないと思う

思うと同時に許されたいと…死んでしまいたいとも思う…

申し訳なさばかりの中で叔父は涙を啜る俺を見つめていた。

船から降ろされた俺は食料も衣類すら渡される事なく、着の身着のままで放逐された…

去り際に叔父が

「しまった。私はこれを落としてしまった。

もう出航の時間だ。拾う暇も無い。

誰かがきっと拾ってくれるだろう…

良き贖罪の旅路の果てでお前を待つ。さらばだ」

と、一振りの剣を置いていった。

後になって思う。

わざわざ監視役として叔父が俺を最果ての大地とまで呼ばれる忘れ去られた地まで送り届けてくれたのは家族としての最後の愛だったのだと…

本当の愛とはそういうものだと…

こうして愚かな俺は誰も居ない地で己と向き合う長い長い旅へと踏み出した

己を見つめ、罪と向き合う旅路は始まったばかりだった。