だから、ずっと一緒にいましょうね
作者: ルーシャオ
本文
火もなく灯された明かりが、煌々と真夜中の王宮を照らす。
錬金術の発達により、才能が必要な魔法よりも人々は便利な道具を手に入れ、どこまでも続く白亜の城壁や昼夜問わず燦々と輝く巨大都市を造り出せるようになった。
これは、とある王国の、宮廷舞踏会の直前に起きた出来事だ。
すでに騒がしくなっている舞踏会のホールから少し離れた小部屋に、エドワール王子と婚約者のエディン公爵令嬢グラシアが対峙していた。
「エディン公爵令嬢グラシア、罷り越しました。エドワール王子殿下」
グラシアの慇懃な一礼にも、なぜかエドワールは不服そうな顔をするだけだ。
エドワールは王子というには線の細い、深みある 孔雀石(マラカイト) のような両の瞳と白金色の髪をした中性的な青年で、その美貌から『王国の至宝』とさえ讃えられるほどだ。
反対に、婚約者であるエディン公爵令嬢グラシアは、ごく普通の少女だった。童顔で、十七歳を迎えても少女らしさが勝ち、化粧をしても大人びたドレスは似合わないし、長い黒髪と金色の瞳——これは彼女の生家であるキロノヴァ子爵家の特徴だ——は珍しすぎてあまり人に好まれない。
そして、この場にいるのは婚約者の二人だけではない。
「間違いありませんわ! エドワール様、あの金の瞳をご覧になって。とても人のものとは思えません! 異貌は災いを呼ぶと古くから申しますもの、ああ、恐ろしい……!」
いささか大仰なほど畏怖を込めてグラシアへ罵倒しつつ、エドワールの左腕にしっかりと掴まっている令嬢は、ヴィスム侯爵家令嬢アレクシーだ。
小柄ながらも毛量の多い茶色の巻き毛、それにまつ毛はまるで人形のようだが、好みの緑のドレスも含めどこかくすんだ色合いと鉛鉱山を持つ家業から、『鉛色の埃』のようだ、と令嬢たちの間ではからかわれていた。
しかし、エドワールはアレクシーの手を払うどころか、前面に立って守るように胸を張り、グラシアへこう宣言した。
「エディン公爵令嬢グラシア。お前との婚約を破棄する」
その瞬間の、アレクシーの勝ち誇った顔を、グラシアは見逃さなかった。
「ああ、怖いですわ、エドワール様! 睨まれて……!」
「大丈夫だ。後ろに隠れていなさい」
「はい……!」
しおらしく、アレクシーはエドワールの背中へと一歩下がる。
グラシアは、苛立ちながらエドワールへこう言った。
「どういうことですの? エドワール様、婚約破棄は口約束ではございませんわ」
「その程度、俺が知らないとでも? すでに国王陛下——父上にも掛け合っている」
グラシアは嘘だと見抜いたが、いちいち言った言わないの水掛け論を仕掛けるつもりはなかった。
それに、グラシアへ向けるエドワールの険しい目つき、アレクシーの演技だけとは思えぬ恐怖の顔は、何かが お(・) か(・) し(・) い(・) 。
つい先日までのエドワールは、グラシアへ一度たりとも嫌悪を見せはしなかった。
貴族とはいえ元は身分の低いグラシアを拒むこともなく、ともにお茶会や観劇に出かけたり、仲良く談笑していたというのに——。
グラシアは意を決して、エドワールの変心の原因を知ろうとした。
「では、破棄の理由をお教えくださいまし。まさか、私が金の目を持つから、などとおっしゃりはしないでしょう?」
「まさしくそのことだ」
ピシャリと、エドワールは言い放つ。
「お前は、人間ではないのだろう。錬金術の大家であるキロノヴァ子爵家当主カーネリアンの子、そう見せかけての『 人造人間(ホムンクルス) 』だ。違うか?」
いきなり何を言っているのだ。あまりの唐突な問いに、グラシアは言葉が出ない。
錬金術はこの国の豊かさの源であり、優れた錬金術師は貴族として召し抱えられる。キロノヴァ子爵家も数代前にそうなり、それ以来この国随一の技術を誇ってきた。
しかし——いきなり、昔の伝説である『 人造人間(ホムンクルス) 』の話を持ち出されるとは、グラシアも夢にも思わなかった。
しかも、自分が『 人造人間(ホムンクルス) 』ではないか、と疑いをかけられるなど。
ありえない。しかし、どうやって証明するのかまでは、グラシアも思いつかなかった。
「答えられないのか? ふん、当たりというわけだ」
「ち、違いますわ。いきなりそのような、何の根拠があってのことですか?」
「アレクシーが教えてくれたんだ。かつて錬金術師たちが作った『 人造人間(ホムンクルス) 』は、すべて目の色が金だった、と。それに、なぜキロノヴァ子爵家出身のお前がエディン公爵家へ養女に入り、俺と婚約した?」
「それは……」
「表向きは、エディン公爵家に娘がいないから遠縁のお前が、という話だったが、よくよく考えてみればおかしいだろう! 貴族とはいえ下位の子爵、それも錬金術師の家からわざわざ将来の王妃となる女を選ぶか? ありえない! お前に何らかの理由がないかぎりは、だがな」
グラシアは言葉に詰まる。どう返事をしても、エドワールの疑念を晴らせない。
何せ、グラシアは幼いころにエディン公爵家の養女となり、婚約云々も物心ついたころから受け入れてきたことで、錬金術には詳しくない。たまに実父キロノヴァ子爵カーネリアンと会うことはあっても、錬金術の話などしたこともなかった。
金の目が『 人造人間(ホムンクルス) 』の証拠だと言われても、さっぱりだ。それに、父の目の色はどうだったか、と言われてもおそらく金色ではないだろうか、くらいしか憶えていない。
困惑する頭では、グラシアはしっかりと父の目の色までは思い出せなかった。
「キロノヴァ子爵はほとんど表に出てこないから、お前と同じ金の目をしているかどうかさえ外部の者には分からない。つまり、お前の出自には怪しいところが多すぎる! 国王陛下が見過ごしたのは、お前やその父、あるいはエディン公爵が何らかの企みでそうせざるをえなかったから……その可能性がないと言えるか?」
うんうん、とアレクシーはエドワールの背に隠れて大きく頷く。
腹立たしい以前に、グラシアはもうアレクシーのことはすっかり眼中になく、自身の出自についての疑念がエドワールを婚約破棄に駆り立てたことに、ひどく落ち込んでしまっていた。
昨日まで笑い合っていた間柄が、たったそれだけの疑いで壊れるのか。その程度のものだったのか。
そう思うと、やるせない。
うつむいたグラシアはもう、抗弁する気力さえ失せていた。
「私は何も存じません。ですから、私の口からは何とも申し上げられません……」
それ以外に、グラシアに言えることはない。
グラシアが自分で自分の疑いを晴らせない以上、エドワールとアレクシーは「それ見たことか」とばかりに最大級の侮蔑の視線をグラシアへ投げつける。
エドワールは、最後にこう言い捨てた。
「今日の舞踏会は、アレクシーと出る。お前はすみやかに王宮から出ていけ、そして二度と来るな! いいな!?」
エドワールはアレクシーの手を引き、小部屋から出ていく。
グラシアはしばし立ちすくんだまま、涙をこらえていた。
☆
宮廷舞踏会が始まるころ、グラシアは王宮から去った。
馬車を生家のキロノヴァ子爵家へと走らせ、こじんまりとした朴訥な館へと辿り着く。
グラシアは何の飾り気もない鉄柵の門を開けて、玄関扉をノックする。あまり親しみのない場所だが、一応はグラシアの生まれた場所だ。
貴族の屋敷というには淡白で、一般家屋というには大きな館からは、年老いた執事が出てきた。グラシアも知っている、キロノヴァ子爵家の数少ない使用人である老執事だ。
中に入ろうとするグラシアを、老執事は制止する。
「困ります、お嬢様。旦那様は研究室に籠っておいでです、来客はすべてお断りしろと仰せつかっております」
「でも、私はこの家の娘です。元が付いても、そうでしょう?」
「しかし」
「どうしてもお父様にお伺いしたいことがあるの。エディン公爵家よりも先にお伝えしておかなくてはならなくて、だからせめて私が来たことを伝えてちょうだい。お願い」
グラシアの必死な懇願に、老執事は折れ、館の主人への言伝を請け負った。
しばらく玄関扉前に待たされたあと、戻ってきた老執事はグラシアを中へと招く。
「旦那様より、許しを得てまいりました。どうぞ、お入りくださいませ」
「ありがとう。助かるわ」
すみやかに、グラシアは老執事の案内で研究室へと足を運ぶ。
そこは薄暗かった。天井は高く、ドーム状となっているようだがよく見えない。大量の書籍棚にはびっしりと分厚い本が並び、初めて見るガラス製の大型実験器具が複雑に絡み合っている。
グラシアも、父の研究室へ入るのは初めてだった。見覚えのあるのは、全身を覆う外套のフードを目深に被った人物——研究室の壁際の机へ向けて椅子に座っている——だけであり、それが父だと確信した。
グラシアはおずおずと、父キロノヴァ子爵の背へ挨拶する。
「お父様、グラシアです。お久しぶりです」
逸る心を抑え、無礼を詫びなくては。グラシアはまだ困惑したままだ。エドワール王子からの婚約破棄宣告、常識では考えられないような疑念、自身の出自への侮蔑。
おおよそ貴族令嬢には経験するはずのない衝撃が、グラシアの心を揺るがせにしている。つらいという言葉を飲み込み、グラシアはやるべきことを見据える。
婚約を破棄された原因である疑いを晴らすこと。それがエディン公爵令嬢グラシアの、貴族としてやるべきことだ。
外套は振り向かず、答えた。
「グラシアか」
グラシアの知る父の声だった。グラシアは思わず、堰を切ったように話しだす。
「はい。あの、急な話で驚いてしまわれるかもしれませんが、私……エドワール王子から、婚約を破棄されてしまったのです。私が、その、『 人造人間(ホムンクルス) 』ではないか、と疑われ……エディン公爵家への養子縁組も何かの謀略のように、言われてしまい、それで」
泣きそうになりながらも、グラシアはそこまで語った。
先ほどの出来事を思い出すと、情けなくて、悲しくて、グラシアの金の両眼は潤んでしまう。それでも何とか涙をこぼさずに、父の言葉へ繋いだ。
思ったよりも随分と平坦な父の声は、確認するように問いかけてくる。
「それで、お前はエディン公爵家に戻れないから、ここへ来た。そうだな?」
「……はい」
「自分が『 人造人間(ホムンクルス) 』ではないか、と疑って?」
「そう、です。お父様、そんなことはありませんよね? ですが、どうやって証明すればいいのか……」
己が人間であることを証明せよ、などと言われて即座にできる者などいるのだろうか。
グラシアは途方に暮れた。『 人造人間(ホムンクルス) 』など伝説上の存在だ。錬金術がまだ魔法と区別されていなかったころの、夢想の産物だ。
それと同一視されたこと自体、「お前は化け物だ」と言われたに等しい。
うつむき、悲嘆に暮れるグラシアへ、外套から伸びた右手が手招きをする。
グラシアが近づくと、机の上には大きな宝石が一つ、金の円環の装飾に嵌め込まれていた。
父は顔も見せず、それを指差す。
「簡単な話だ。そこにある石を手に取りなさい」
言われるがままに、グラシアは大きな宝石を手に取った。血のように赤い石だ。透明度もなく、赤いターコイズと言われても信じてしまいそうな丸っこい宝石が、グラシアの手の中に収まる。
「これは?」
「あらゆる錬金術師の求めるもの、賢者の石だ」
外套のフードの中の人物が、咳き込む。
チラリと見えた顔は、金の目をしていなかった。
しかし、人間でもなく、骸骨のような人形だった。
父の声をしたその人形は、息を呑むグラシアへ最後にこう言った。
「同時に、それは キ(・) ロ(・) ノ(・) ヴ(・) ァ(・) 子(・) 爵(・) カ(・) ー(・) ネ(・) リ(・) ア(・) ン(・) の(・) 遺(・) 言(・) で(・) も(・) あ(・) る(・) 」
赤い宝石が、鈍く光りはじめる。
グラシアの手へ、腕へ、脳裏へと光が伝わり、光を超える速さの情報の伝達が始まる。
錬金術師たちが、研鑽した知恵と知識を後世へ伝えるための技である賢者の石を用いて、すでに死去したキロノヴァ子爵カーネリアンは、己のすべてを娘へと伝えた。
目の前にいるのは、キロノヴァ子爵が最期に遺言伝達用に残した『 人造人間(ホムンクルス) 』であり、役目を終えた彼は机に突っ伏して倒れた。
独り、研究室に残されたグラシアは——すべてを知ってしまった。
『 人造人間(ホムンクルス) 』は、誰だ。
☆
宮廷舞踏会は賑やかに、華やかに、つつがなく開催されている。
玉剣の間には、国王と今は亡き王妃の玉座が並べられ、その前で貴族たちが踊りを披露する。壁に掲げられたいくつもの剣が、鏡のように舞踏会の盛況ぶりを映し出す。
玉座の父、国王へとエドワールはグラシアの婚約破棄について一部始終を耳打ちし終えた。
「……というわけです。父上、なぜグラシアを私の婚約者にしようと? 何かお考えあってのことですか?」
白鬚の国王は鷹揚に、血気盛んなエドワールを一瞥した。
「王家には色々と制約があってな。高位貴族同士では何かと対立が多い、それに血も濃くなる。ゆえに、キロノヴァ子爵家から、というわけだ」
「そうですか。ならば、グラシアの金の目——彼女は『 人造人間(ホムンクルス) 』ではないのですか?」
『 人造人間(ホムンクルス) 』。
その単語が出た瞬間、国王はエドワールから目を逸らした。
エドワールは、どんな言葉よりもその動作が物語っている、と確信する。
グラシアは『 人造人間(ホムンクルス) 』だった。どんな密約があったかはまだ分からないが、キロノヴァ子爵が何かを推し進めた結果に違いない。
後ろで控えるアレクシーへ感謝しつつ、エドワールは怒りを露わにする。
「やはり、そうでしたか……! ご安心を、父上。ヴィスム侯爵令嬢アレクシーがそのことを示唆してくれました。錬金術師め! たかが人の身でありながら、畏れ多くも主の御業を真似して被造物を造るなど、傲慢極まりない! 許されざる行いだ!」
エドワールの叫びを聞いた近くの貴族たちが、何事かと玉座へ目を向ける。
そこには若く美しい王子が、何かに激昂しているように見えた。
白鬚の国王はつぶやく。
「だがな、お前のためだったのだよ」
「……え?」
エドワールは再度、聞き返そうとしたが、もう遅かった。
白鬚の国王は、近くにあった剣を取り、その刃をエドワールの心臓へと突き刺した。
機敏な動きに、予想外の攻撃を受けたエドワールは、何が何だか分からぬまま胸と口から血を吹き出し、よろめいて後ずさる。
「ぐはッ……!?」
だが、エドワールは立っていた。
己から吐き出された血を眺めたあと、剣を握る白鬚の国王へと平然と一歩を踏み出す。
「父上、何を、なさる」
「きゃあああ!?」
甲高い悲鳴が、アレクシーのものと気付いてエドワールは驚く。
自分を見て、アレクシーが叫んでいる。必死の形相で、腰が抜けて床を這いずって逃げようとまでしていた。
エドワールはキョロキョロと、あたりを見回す。
誰もが、恐ろしいものを見るかのような表情で、エドワールから遠ざかろうとしていた。
白鬚の国王は、ホールに控えていた家臣たちへ命じる。
「皆の者、エドワールを、いや、王子のふりをしたこの『 人造人間(ホムンクルス) 』を捕まえよ。見よ、剣を心臓に刺しても死なぬ。動きを封じるのだ」
白鬚の国王の命令は的確で、冷静だった。国王の毅然とした態度に、家臣たちも恐怖を乗り越えて応じる。
「兵士を入れろ!」
「あの化け物を捕らえるのだ!」
「陛下を守れ、皆を外へ避難させよ!」
勇壮な叫びが、さらに叫びを呼び起こす。
きらびやかなホールへと兵士が雪崩れ込み、エドワールを取り押さえる。床に引き倒し、幾本もの槍で抑えこむ。
だが、心臓を刺され、何人もの兵士に体重をかけられてもエドワールは力づくで起きあがろうとし、その光景を見てしまった貴族令嬢たちが悲鳴を上げた。
「父上、助け」
「死なないなんて! 何よこれぇ!」
「いやあああ!」
「どうして」
倒れ伏したエドワールは、父を見上げていた。
父であるはずの白鬚の国王は、家臣の一人に促され、ホールを出ていく。
「陛下、こちらへ。御身の安全が第一です」
「うむ。 あ(・) れ(・) を捕らえたのち、キロノヴァ子爵家へ使者とともに送れ。新しいものを用意するように」
「はっ、 手(・) 筈(・) の(・) と(・) お(・) り(・) に(・) 」
そんなやりとりは、喧騒の中にかき消される。
宮廷舞踏会は騒然となり、エドワール王子になりすました『 人造人間(ホムンクルス) 』の存在は、瞬く間に王宮内外へ知れ渡る。
そうして、夜が明ける前に、厳重に封をされた棺桶のような鉄箱が、キロノヴァ子爵家へと届けられた。
☆
鉄箱の蓋が開く。
かつて眉目秀麗なエドワール王子だった『 人造人間(ホムンクルス) 』は、縄で全身を縛られ、鉄の手錠と鎖を幾重にもかけられ、厳重に口を塞がれてもまだ叫ぼうとしていた。
「ごきげんよう、エドワール様。またお会いするとは、あのときは思いもしませんでしたわ」
見開いた目は、見下ろしてくるグラシアを捉えると同時に、その背後にあるドーム状の天井を見た。
びっしりと、産みつけられた虫の卵のように、ドーム状の天井には雫型のガラス容器がくっつき、金色の配管がそれらを繋ぎ、支えている。結露でぼやけてか、中には何が入っているかまでは分からない。
研究室を受け継いだグラシアは、まず部屋の照明を明るくした。そのせいで、錬金術師の研究室が何を背負ってきたか——その全貌も明らかとなったのだ。
「……皮肉ですわね。あなたは私が『 人造人間(ホムンクルス) 』だと思った。でも、実際には、あなたこそが『 人造人間(ホムンクルス) 』だった」
グラシアはささやくように、かつてエドワールだったものへ語り聞かせることにした。
自分たちを巡る、数奇な運命を。
「王からは何も聞いていないでしょう。ええ、婚約者のよしみです、種明かしをしましょう。本物のエドワール王子は、存在しないのです。あなたは、子に恵まれぬ王のために我が父キロノヴァ子爵が造った『 人造人間(ホムンクルス) 』であり、その見張りのために私が婚約者となった。何かあれば、すぐに対処できるように」
グラシアは、父の遺した賢者の石を通じて、それを知った。
「しかし、先日父は亡くなり、私へ父の知識を詰め込んだ賢者の石が贈られました。それゆえに、あなたのことを……前よりもずっと深く知ったのです。これは、きっと運命なのでしょうね」
白鬚の国王は、昔、愛する王妃が重い病にかかったことを知った。しかし子のいない国王は、このままでは後継者がおらず、継承争いを引き起こす懸念があり、やむなくキロノヴァ子爵へと頼った。
自身の子を『 人造人間(ホムンクルス) 』として造ってほしい、と。
王妃はあえなく没したものの、その王妃の遺した子としてエドワールは育てられた。国王と王妃の血を用いて造られた『 人造人間(ホムンクルス) 』は、誰もが国王の子と信じ、今もきっとそうなっている。
「大丈夫ですわ。 次(・) の(・) エ(・) ド(・) ワ(・) ー(・) ル(・) 王(・) 子(・) はもうできておりますから、不届き者の『 人造人間(ホムンクルス) 』が成敗されて本物は救助された、というシナリオが流布されるでしょう。あなたが生まれた十八年前よりも技術は向上し、よりよい『 人造人間(ホムンクルス) 』となりましたから、次は上手くできるはずですわ」
ガコン、と大きな音とともに、研究室中の歯車が動き出す。
天井から雫型のガラス容器が一つ、降りてきた。容器を満たしていた水が抜かれ、中からは線の細い、白金色の髪をした中性的な青年の裸体が現れる。
眠っているかのようなその青年の瞳は、きっと、深みある 孔雀石(マラカイト) のようだろう。
「『 人造人間(ホムンクルス) 』は金の目、というのは数百年前の常識です。今となっては、目の色など好きに変えられます。ああ、アレクシーが余計なことを言わなければ、あなたは今もエドワール王子だったのに。私の優しいエドワール、昨日まで笑い合っていたエドワール。余計な記憶は、もう必要ありません」
父の研究室を継ぎ、グラシアは新しい『 人造人間(ホムンクルス) 』を生み出した。
今や一部品でしかない賢者の石を用いて、エドワールだったものから新しい『 人造人間(ホムンクルス) 』へと、知識や記憶が継承される。
グラシアは、エドワールだったものの額へと赤い赤い宝石を押し付ける。
「ご安心を。私はやはり、あなたが好きなのです。不出来なエドワール、父の遺した最後の作品。婚約などなくとも、これまでの私たちの愛情は本物。私はあなたを愛しております。だから、ここでずっと一緒にいましょうね」
赤いターコイズのような宝石が光る。
エドワールだったものから、不要な知識や記憶が引き抜かれていく。
それは新しいエドワールへ受け継がれ、引き続き『エドワール王子』はこの国の至宝として存在し、やがて君臨するだろう。
グラシアは、エドワールだったものへと、深い愛情を込めた微笑みを手向けた。
穏やかな日々、王宮の中庭で私たちは笑い合う。
「エドワール様ったら」
「グラシアが悪いんだろう? 俺が妬くようなことを言って」
「まあ、人聞きが悪い。私はこんなにもあなたを愛しているのに」
エドワールの耳が赤くなる。
この国の至宝、エドワール王子は、来年には立太子されて正式に王太子となる。
柔らかな微笑みが、私へと向けられ、他の誰にも邪魔はされない。それがこんなにも幸せなのかと、私はこの温かさを噛み締める。
夜に会う、もう一人のエドワールは、少し拗ねてしまうかもしれない。
私の愛はどちらに向いているのか、と口を尖らせそうだ。
そんなこと、問われるまでもない。
「ずっと、一緒にいましょうね」