軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【番外】ヒロイン志望者 4

鬼のように書類を捌き、引き止める声を振り切って久しぶりにタウンハウスに戻ると。

「えっ、ルシェ!?」

「まあ。おかえりなさいませ、ジル」

なんと侍女長と談笑するリルーシェに遭遇した。ちょっと意味がわからない。

混乱するジルベルにくすくす笑いながら、案内されたのはテラス。

軽食やデザートが用意されていて、いつジルベルが帰ってもいいよう常に備えていたとわかったら、堪らなかった。

柔らかく、でもほんの少しだけ力を入れて、小柄な身体を抱きしめる。

「ありがとう、ルシェ……癒される……」

リルーシェの話によると、領地では数日家族と交流したという。

しかし、どうにもジルベルのことが気になるし、今後の展開を見越して、すぐに戻って来たらしい。

さすがだ。惚れ直してしまう。

「ふふ。それでね、ジル。わたくしたち、しばらく王都で暮らしましょう? お義父様はまだまだ現役だし、あなたも監理官に誘われているでしょう」

「うん……」

「とても栄誉なことだわ。婚姻式はね、王宮内の教会を借りられたの。王太子殿下夫妻の婚姻式の後、一番に予約してくださったわ。これもあなたのお陰よ」

「とんでもない。むしろ私は、いつも助けられてばかりだよ。ルシェは、それでいいの?」

正直、監理部の仕事は好ましいし、何よりあの勧誘を振り切れる気がしない。勢いが怖いくらいだ。

父まで賛成しているということは、たぶんどこかしらから父にまでお伺いがいったのだろう。

「もちろん。あなたはわたくしの誇りだわ、ジル」

「ルシェがいいなら、そうしよう」

「まあ。ありがとう」

王都でも領地でも、ジルベルは別にどっちでもいい。リルーシェがいてくれるなら。

いつまでも抱えていたい身体をそっと離して、小さなリルーシェの手を取る。

白くて細くて、でも研究者らしく働くことを知っている、力を持つ手だ。

そっと椅子に座るリルーシェの足元に跪き、上着の内ポケットから、肌身離さず持ち歩いていた台座を取り出した。

愛しい婚約者は、きょとりと首を傾げている。

この世界には、婚姻する際に指輪をする習慣はない。

けれど、数年前にちらりと過ぎった既視感の中で、リルーシェに贈りたいと思っていた。

「ルシェ。僕はあなたと、生涯を共に歩きたい。その証として、揃いの指輪を付けるというのはどうだろう」

「まあ、素敵ね。デザインも宝石も、ちょっと似せているのね?」

「うん。だから……ルシェ。あなたのことが、どうしようもなく好きなんだ。僕と、婚姻してください」

「ふふ、ええ、ジル。もちろん。ジルも、わたくしと婚姻してくださる?」

「もちろんだ!」

サイズの合わない指輪を付けて、直さなきゃなんて言いながら、またリルーシェを抱き寄せた。

遠く離れて、若い五年を文字だけでも交流したのは、政略的な縁をつないでおくための努力でもある。

元々おしゃべりなたちじゃなかった二人が、言葉を重ねて重ねて、たくさんを交わしてきた。

本当は、不安な時もあったのだ。たぶんリルーシェも同じだろう。

再会するその瞬間まで、心のどこかでは恐怖していた。

交わす手紙で恋をして、顔を見ることはなく、声も聞こえない。

この気持ちが恋だと、どう証明したらいいのか、うまい言葉が見つからなかった。

けれど、こうしてすっぽり腕に収まったリルーシェが、嬉しそうに笑ってくれるから。

触れることにも、話すことにも、ちっとも躊躇うことはない。

あ、いや、ちょっとだけ困ることはある。

「えーと、ルシェ。僕、湯を浴びてくるよ。仕事帰りだし」

「気にならないわよ?」

「あー……うん。でも、ほら、障りがあると悪いから」

「障り?」

「婚姻前だしね……」

「何が?」

「ふふ。とりあえず、またあとでね」

額にキスを一つ。うん、これくらいなら許されるだろう。

初めて見たリルーシェの真っ赤な顔に満足して、ジルベルは早足で風呂場へ退散した。