軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

24.セシルは手を離さない

彼女の変化を感じたのは最近の事。

それは、少し大人っぽくなった化粧の仕方、雰囲気の変わったドレス、伸ばされた前髪などの外見の変化。

それから、話すときの仕草、僕に見せる表情、触れたときの反応などの態度の変化。

顔に手を添えキスをすれば、嫌がる事なく頬を染め恥ずかしそうに視線を逸らす。

……もしかしたら彼女も僕と同じ気持ちなのかもしれない。そう期待する気持ちを止められなかった。

―――目の前でフルール子爵と共に、 陛下(ちちうえ) にノアを献上する 艶(あで) やかな令嬢に、僕は目を奪われていた。

女性らしい曲線を描く、鮮やかな赤のドレスを着こなし、大勢の前でも臆する事なく背筋を伸ばしている。

僅かに笑みを浮かべる唇や、不意に流される視線、覗く白い首筋から、若く透明感のある色気を感じた。

周囲もルーチェの姿を見てざわめいているのが分かる。

「あれが、地味なフルール嬢?思ったより化けるな」

「なんて派手な装いかしら…下品だわ」

「そうかしら?夜会としては普通だし、似合ってるじゃない」

こんな美しい大輪になるとは思っていなかった。

思わず見惚れてしまいそうになり、懸命に表情を取り繕う。

「―――これらの功績を称して、フルール子爵に4級魔導士の資格を与える。より一層研究に励み精進せよ。期待しているぞ」

「はっ、身に余るお言葉を賜り恐悦至極に存じます」

会場にいる魔導士団から歓声が聞こえた。

4級魔導士ともなれば、王宮魔導士の中でもかなり実力があると認められた事となる。今までは8級だと聞いていたので大出世だろう。

以前、彼は爪を隠した鷹なのだと、 王后陛下(ははうえ) が言っていた。妻の死をきっかけに、あの様な適当な振る舞いをする様になったのだと。

もう腹を括ったのだろうか、フルール子爵にはいつもの浮ついた雰囲気は無い。

「…そしてその娘ルーチェ。その魔力で長きに渡り王家の呪いを打ち消してきた功績は大きい」

聞こえた名前に意識を戻す。陛下がルーチェを労い、彼女が恭しく喜びの言葉を口にしている。

式は滞りなく進む。

あぁ、この歪な関係が終わろうとしている。その事に僅かに寂しさを感じた気がした。

「……この時をもって婚約者候補を解消する。大儀であった」

陛下の言葉に周囲が沸く。

親子の10年に賞賛する者、空いた婚約者の席に目を光らせる者、そしてフルール家の価値を見定めようとする者…。

陛下のお言葉が終わり、全ての思惑を包み込む様に緩やかに演奏が始まった。

ルーチェの前に歩み寄り、いつもの様に手を差し出す。

「…もう婚約者候補ではありませんが、一曲踊って頂けますか?」

「光栄で御座います、殿下」

他人行儀になってしまった彼女に胸が苦しくなる。手を強く握りホールの中央へ導く。

ファーストダンスであり、彼女を労う為の最後のダンス。そう、周囲は思っているだろう。

それでいい。関係を解消し、この夜会ではただの他人となって終わるつもりだ。そして後日、彼女に想いを告げるのだと、両陛下には伝えている。

―――本当にそれで良いのか?

言いようのない不安が頭をかすめる。

体を寄せ合い、ステップを踏む。

シャンデリアの灯りを反射して、琥珀の様に輝きを放つ彼女の瞳を見つめた。

「……ルーチェ、本当に今日の貴女は綺麗だ。魅了でも掛けられている気分ですね」

「おそれいります。私に魅了の能力は御座いませんが、その様にお褒め頂き光栄です」

口調は堅いものの、いつもの様に柔らかな笑みを浮かべるルーチェ。細められた目を美しく彩る赤色に視線が移った。

―――ここ最近で彼女が急に変化を選んだのは何故だろうか。

何故、このタイミング?ノアの完成が近づいたから?婚約者候補が解消されるから?

もしかして僕以外の誰かに見せる為に……?

生まれた戸惑いから、思わず踏み間違えてしまったステップ。すぐにルーチェが誘導してくれたお陰で調和が崩れる事は無かった。

「す、すみません…」

「いえ、問題ございません」

「……ルーチェは今後はどうするのですか?」

謝罪と共に、不安が口から溢れてしまった。大雑把な質問にルーチェは不思議そうに目を瞬かせた。

良い直した方が良いかと思案している内に、魅惑的な赤い唇が緩やかな弧を描いた。

「当初の予定通り、父と同じ王宮魔導士を目指す所存でございます」

「…そうですか、熱心ですね」

研究に人生を捧げんとする勢いなので、少なくとも夜会後すぐに婚約を結ぶ様な 特定の誰か(こいびと) は居ないという事なのだろうと、小さく息を吐いた。

周囲に目を走らせる。踊る2人を取り囲む人々は、様々な表情でこちらを見ていた。

曲が終わればすぐに近寄ろうとしているのか、囲いの前面にいるのは、令嬢方と令息方。その大半が値踏みする様な不躾な視線をルーチェに向けている。

あぁ、そうか。先ほどから心がざわつく理由が分かった。

子爵家の令嬢とはいえ、父親は4級魔導士の資格を賜り、彼女自身も王家の覚えめでたい立場。

地味だと揶揄された外見は洗練され、今では美しく咲き誇っている。

これで誰とも婚約をしていないのだから、狙われてもおかしくはないのか。

曲が終われば、ダンスが終われば、狩人達によって2人は引き離されるのだろう。

他の男が彼女の手を引き、しなやかな体に触れ、もしかしたらダンスの最中に口説くかもしれない。

今ルーチェにその気がなくとも、そのまま意気投合してしまえば、こっそりと夜会を抜け出す可能性だって…――――

ダンスが終わり拍手が会場に響いた。

少し息の上がったルーチェは何かを噛み締める様に目を瞑った後、どこか物寂しげな笑顔を浮かべた。

そしてそのまま体を離そうとする彼女の手を、僕は離さなかった。

右手を握り締めたまま片膝をつく。集まろうとしていた人々の足が止まり、戸惑いの空気が流れた。

「セ……殿下?」

「ルーチェ、10年間ありがとうございました」

困惑した様子のルーチェに感謝の言葉を伝えると、周囲はそれを別れの挨拶なのだと受け取った様だ。僅かにあったざわめきが無くなった。

「貴女に出会わなければ、僕はどうなっていたか分かりません」

それは大袈裟な言葉なんかじゃない。

耐性の無い者の思考を溶かし、耐性の有る者の神経を蝕む。そんな王子が辿る道は険しかっただろう。

「貴女が居てくれたお陰で、僕は普通の人間になれたんです」

胸元で光るノアのブローチから、温かな力を感じる。

長い間これと同じものを、彼女は手を繋いで与えてきてくれた。

「僕の歪んだ世界を直してくれてありがとう」

「そんな…私には身に余るお言葉でございます」

「貴女には感謝しています。……ですが、最後に1つだけ我儘を 言(・) わ(・) せ(・) て(・) もらえませんか?」

「…我儘、ですか?」

「はい。自分勝手な我儘です。従わなくて良い、ただ聞くだけで良いんです」

突然の申し出にルーチェの目がパチリと瞬く。何を言うのか想像がつかないのだろう。少し不思議そうにしながら頷いた。

…本当はこの場で言うつもりはなかった。しかし、この手を離して他の男の所にいく彼女を黙って見ている事なんて到底出来なかった。

余裕なんてない。また情けない姿を見せてしまいそうだ。

しかしそれでも構わない。指を咥えて見ているくらいなら、格好が悪くても外聞が悪くても、この気持ちを伝えたい。

「ルーチェ」

右手を握り直せば、輝く琥珀が僅かに揺らいだ。

「……打ち消しは必要なくなりましたが、これからも僕の隣に居て欲しい」

「………………、……?」

彼女の疑問は声にもなっていなかった。

「愛しています、ルーチェ」

理解が追いついていない彼女の右手に唇を落とせば、ルーチェの頬が徐々に上気しだした。

「……あ…あの……、え??」

「僕と結婚してくれませんか?」

「え?え??…セシル様、……え!?」

意外にも周囲は固唾を飲んで見守ってくれている。

両陛下は僕の行動を予想していたかの様に悠然としており、フルール子爵は寂しそうに笑っていた。

そして、青い妖艶さを感じさせていた艶やかな令嬢はどこに消えたのか、顔を真っ赤に染めて狼狽るただの可愛らしい女の子になったルーチェは………

「みっ、未成年なんで!無理ですッ!!!」

………思い切り僕を振った。