軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10.ルーチェと王家の子供達

セシル様の15歳の誕生日パーティーからふた月経ったある日の午後。

「姉さまはセシル兄さまといつ結婚されるの?」

「ぅぐッ!!ゲホゲホっ…!」

セシル様の妹君で、ソレイユ国の幼き王女であるフィオナ様が放った一言に、私は飲んでいた紅茶で噎せてしまった。

ここに王后様がいらっしゃらなくて良かったとハンカチで口を押える。あの方はマナーにとても厳しいお人だから、こんな醜態を晒した日には行儀作法を ま(・) た(・) 1から叩き込まれるかもしれない…。

心配そうにこちらを見るフィオナ様に気づき、脱線しそうになった思考を戻す。

「……失礼しました。…フィオナ様、私はセシル様と婚姻を結ぶ予定は御座いません」

「えぇ、どうして?姉さまは婚約者なのでしょう?」

「いいえ、正式な婚約者が決まるまで一時的に候補者となっているだけなのです」

「えぇ〜姉さまが正式な婚約者になればいいのに~」

そう言ってぷくりと頬を膨らませるフィオナ様。セシル様によく似た彼女は、そんな顔をしていても妖精の様に愛らしい。幼児期の頃の様に、その膨らんだ頬を突いて空気を抜いてやりたいと思ってしまうのだが、さすがに7歳になった王女様にそれをするわけにはいかない。

「お言葉は有り難いのですか、私は魅了耐性を買われてここにいるだけです。その内に素晴らしい女性がセシル様の伴侶となり、フィオナ様の義理のお姉様になられる事でしょう」

「わたくしは姉さまが良いのです」

「縁あってこうして登城させて頂いておりますが、私はしがない子爵家の娘であり、王家には相応しくない身分なのです。それに特別に優れている何かが有る訳でもありませんし、周りが納得する筈がないのです」

「そんなっ…」

「おーーい!地味ブスー」

フィオナ様の声を遮ってやんちゃそうな少年の声が庭園に響く。誰だろうとは思わない。私をこう呼ぶのは1人しかいないのだから。

「またフィオナに付き合ってお茶会してんのか?暇だなぁ」

「ご機嫌よう、レオ様」

「レオ兄さま!邪魔しないでくださいな。今はレディの時間ですの」

「 淑女(レディ) なんてどこにもいねぇじゃねぇか」

そう言って机の上のクッキーに手を伸ばす第二王子レオルド様。剣術の訓練の後なのだろう、少し土に汚れた練習着に身を包んでいた。

マナー違反だと怒るフィオナ様を無視して、机の上のお菓子をパクパクと食べていくのでお腹が空いているのだろう。

赤子の頃から成長を見守っているレオ様は来月9歳になる。成長期なのだろうか、会う毎に背が伸びてきている気がする。徐々に体つきもしっかりしてきて立派に…

「地味ブスはまだ兄上に捨てられてねぇの?」

…立派に、生意気に育っている様だ。幼少期はあんなに懐いて可愛らしかったのに、反抗期だろうか?

思わず遠い目をしていると代わりにフィオナ様が反応した。

「捨てるだなんて縁起でもありませんわ!姉さまはセシル兄さまと結婚しますのよ」

「いえ、しませんけど」

「それに姉さまは地味ブスなんかじゃありませんわ」

「どう見ても地味じゃねぇか」

それは否定しない。顔の構造も色彩も地味なので、どこぞの背景を埋めるのに適しているのではないかと最近思い始めた。

「いいえ!!」

しかしそんな当人の思いとは裏腹にフィオナ様の勢いは加速する。椅子から立ち上がり宣誓をする様に声を張った。

「肌は雪の様に白く!」

おや、この口上は聞いた事がある。有名な童話の一文だ。

…確かにほとんど室内で過ごしているので日焼けはしていないな。

「髪は黒檀の様に黒く!」

なるほど、黒髪である事も一致しているのか。ただし適当オッサンである父も同じ色なので、褒められるポイントかどうか悩ましい。

「そして、唇は」

「血の様に赤い」

フィオナ様の可憐な声に男性の甘い声が重なり、同時に後ろから伸びてきた手が私の唇に触れる。この声は…

「セシル様…」

「やぁ、僕の 白薔薇(シュネービッチェン) 」

「まぁセシル兄さま!」

「げ、兄上…」

手に導かれる様に顔を上げると柔らかな笑顔を浮かべるセシル様がいた。

彼の登場に、花が咲いた様に微笑むフィオナ様と、苦虫を嚙み潰したような表情のレオ様。

「勉強の時間は終わりましたか?」

「えぇ、これから暫しの自由時間です。なのでフィオナ、彼女は返して貰うよ」

「もちろん構いませんわ」

「ありがとう。ではルーチェ、場所を移しましょう」

「分かりました」

「………あぁ、そうだ。退席する前に……レオ?」

「ヒッ!!」

密かに逃げようとしていたレオ様の頭が掴まれる。力が込められているのかレオ様の口から言葉にならない声が漏れていた。

「…レオ。僕の大切な方に意地悪を言ってはいけないよ」

変わらず笑顔だが先ほどよりも低い声。「ねっ」と念押しをされ手が離されたレオ様は、涙目で頭を上下に振っていた。

それを見届けてセシル様は私の腰に手を添え歩き出した。

「……セシル様もあのような叱り方をされるのですね」

「恥ずかしい姿をお見せしましたね」

「ふふ、力業は意外でした」

「その…レオが貴女に失礼な事を言っていたのでつい…」

失礼…先ほどの呼び名の事だろう。子供の言う事であり、何より地味だというのは紛れもない事実なので気にはしていない。

その事を伝えるとセシル様は複雑そうな表情をした。

あぁこの人はどんな表情をしていても絵になるな。確かにこれに見慣れたら私なんて 案山子(かかし) に見えるかもしれない。

そんな事を考えていると、セシル様が私の髪を一房手に取り、………何を思ったのかそれに唇を落とした。

「……何をするのですか」

「綺麗だなと思い、つい」

なにが、つい、だ。

どうも15歳の誕生パーティー以降この様な行動が増えてきた気がする。

髪を押さえて抗議の目を向けるが、セシル様はそれを平然と受け流した。

何故だろう。一緒に育った筈の彼が、彼だけが、突然大人になった様な、そんな感覚に囚われる。

「……僕の 白薔薇(シュネービッチェン) 、貴女は素敵な女性ですよ」

長い指が私の唇をなぞる。なんだこの甘い声は。いつの間にこんな技術を身につけたのだろう。

ちなみにシュネービッチェンは先程の童話の主人公の名前だ。フィオナ様がおっしゃってた様に色味 だ(・) け(・) は似ているが、あちらは絶世の美女だったりする。

「……そんなご冗談を………いえ、お気遣いありがとうございます」

「…うーん…相変わらず伝わってませんね…」

麗し王子に耐性が無い令嬢が聞いたら腰が砕けてしまうのではないだろうか。例え社交辞令だとしても相手を選んで使用しなければ大惨事になりそうだ。

そんな事を冷静に分析する私の隣でセシル様は困った様に笑っていた。