軽量なろうリーダー

貴重な治癒師は期待しない

作者: ななも ころは

本文

「ありがとうヘイゼルさん」

「いえいえ。お大事に」

父さんが治癒魔法を使うと、軽い怪我ならばすぐに治る。

怪我が治った患者は治癒師の父さんにお礼を言って席を立つ。

「またねシャルレリアちゃん」

「またなんて言っちゃ駄目よ。気をつけてね」

父さんの治癒院は前払い制だ。

治癒したあとで金はない、なんて言うやつは普通にいる。

軽い怪我なら銀貨一枚。

平民の治癒師は滅多にいないから、父さんがいるこの町は運がいいと言われる。

軽い怪我で銀貨一枚なんて高すぎると言う人もいる。

私の“シャルレリア”という名前が平民らしくないと、父親が治癒師だからお高くとまってるなんて、陰で言うやつもいる。

平民の中では高給取りの治癒師は、妬まれ恨まれることも普通にある。

「人は勝手なものだよ」

父さんは夜になるとよくそう言う。

「治癒代を払わないから僕は治さないのに見捨てるのかこの人殺し、なんて平気で言うのさ。僕に無償で人助けの奉仕をしろって? 冗談じゃない。一度無償で治せば、あいつは無料で治してやったんだろう? というやつがたくさん来るのさ」

治癒師の父さんは、きっと今までたくさんのそういうやつに出会ったんだと思う。

この町は五番目の町だと聞いている。

私を産んだ母さんが亡くなって、引っ越してまた引っ越してやって来た、五番目の町。

「もしシャルレリアが治癒魔法を使えるようになったら、患者に優しさなんて捨てなさい。昨日までありがとうありがとうと頭を下げていた人が、次の日には血走った目で文句を言うなんて普通のことだからね。たかだか銀貨の一枚や二枚でどんな怪我でも病でも治癒出来ると思うような馬鹿ばかりだ。ならなんで僕のシャルロッテは、母さんは死んでしまったんだ。僕は平民の治癒師なんだよ。それを理解している平民の患者なんて滅多にいない」

他人を信じちゃ駄目だよ、そう言って父さんの夜のお話は終わる。

私が十歳くらいになると、父さんのお話は正しいとよくわかるようになった。

私に面と向かって父さんへの文句を言ってくるやつが出てきたからだ。

「お前の親父のせいで婆ちゃんが死んだ! この嘘つき! 詐欺師! お前が死ね!」

薬師でもある父さんが煎じた薬がよく効いただとか、婆ちゃんの調子が良くなっただとか、いつもそう言って『ありがとうありがとう』と言ってたやつがコレだ。

「これ以上はいつもの薬じゃ駄目だって、治したいならドラゴンの心臓が必要だと父さんが言ったでしょう?」

「うるさい! 治癒師のくせに!」

父さんのせい。治癒師のせい。

誰かが死ねば私たちのせい。

平民でも手に入る薬草で老婆の寿命が延びるような奇跡の薬なんて出来ない。

これはただの八つ当たりだ。

大事な人を亡くした人間の八つ当たり。

けれど、私たちがその八つ当たりの対象に何故ならなくてはいけないのか……。

「そんなに治したかったならドラゴンの心臓を持って来ればよかったじゃない」

「うるさい! 黙れ黙れ! お前らのせいで俺の婆ちゃんが死んだんだ!」

「いいえ。ドラゴンの心臓があれば父さんがいい薬を作れたし、治せたわ」

「うるさい!」

ドラゴンの心臓なんて持ってこれないし、とても買えない。

だから悪いのは私たち。

こいつはお婆さんが死んだのは自分のせいじゃないと思いたいのだろう。

だから言ってやった。

「金貨百枚の治癒院に連れて行けばあのお婆さんでもきっと助けられたのに。薄情な家族ね」

言われる前に。

こいつのようなやつは決まって言うのだ。

この薄情者め、と――。

「銀貨一枚だよ」

「え、昨日は銅貨二枚だったよ?」

「値段が上がったんだ」

気に入らないことがあれば、“高給取り”のうちだけが市場で値上がりをする。

それが合図だ。

「じゃあいらないわ」

私の次のお客には銅貨二枚。

そんなことは普通にあるのだ。

「どの町も変わらないね。引っ越そう」

治癒院に帰って父さんに市場でのことを話せば、すぐに引っ越しが決まった。

「この為に馬車を手放さないのさ」

治癒院の扉に閉鎖と大きく書いた紙を貼りつける父さん。

引っ越しが多い私たちは荷物も多くない。

「ヘイゼルさん! ヘイゼルさん!」

ドンドンドン!

閉めた扉を叩く音。

「何かご用でしょうか?」

「へ、閉鎖って、どういう……」

「別の町に薬草を仕入れに行くんですよ」

父さんは絶対に“引っ越し”とは言わない。

「仕入れ……仕入れか。それは、気をつけて行ってきなよ」

「ええ。ありがとうございます」

あきらかにホッとした町の人は、一部の町の住人たちが私たちにやり出した嫌がらせに気づいているのだろう。

引っ越しの準備が終わるまで、何人もこういう人が来た。

平民の治癒師なんていないのが普通。

町の人たちが治癒師であり薬師でもある父さんの貴重性を思い出すのは、こうして父さんが町からいなくなる素振りを目にしたときだ。

「人は勝手なものだよ。僕も含めてね」

馬車の御者台に座ればいつものお話。

いえ、これは治癒師の父から将来治癒師になる私への教訓だ。

「あの町、騒ぎになるかな?」

「知らないよ。町長にも同じ手紙を出した。元からそういう契約だ」

三日もすれば閉鎖と書かれた魔法の紙がぺらりと剥がれ落ちる。

○○さんは病に効く薬が作れないことを治癒師のせいにするし○○さんは野菜の値段を突然上げるし○○さんはパンの値段を上げた。

○○さんは○○さんはとあの町でやられたことを名指しで書いた紙が現れるのだ。

ですから治癒院は閉鎖します。

そう最後に記して――。

治癒師は貴重だ。

問題がなければ、町長が用意した家で治癒院をしながら私たち親子は住み続ける。

問題が起きればさようなら。

どの町でもそういう契約だ。

『問題を起こすような住人がいる町なのか?』

父さんがそう聞けばどの町も契約をする。

治癒師はとても貴重だ。

どの町でも――。