軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【25:後始末、あるいは(上)】

駆け付けた子爵邸の従僕に指示してラインシュタール大尉を寝台に移し、子爵家お抱えの医師を呼ばせる。大尉の呼吸は苦しげで、触れた手はひどく熱かった。体調が思わしくない中で無理をしていたのだろう、とレフノールは思っている。

「過労と、それからおそらく栄養を失しておられましょう。御家の方に伺いましたが、ここ数日は食事もほとんど召し上がっておられなかったようで」

大尉を診た医師は、そのように診断した。

「命に別状は」

「ございませんよ、今のところは」

医師の言葉に、レフノールは大きく息をつく。これ以上の犠牲がなかったことは、僅かとはいえ救いと言ってよかった。

「治療は」

「休養と栄養ですなあ。胃をだいぶ痛めておられたというお話ですので、しばらくはミルク粥かなにかがよいでしょう。薬は出しますが、どちらかと申せば体力を回復させる方が先決です」

「仕事には、いつ戻れるかね」

尋ねたレフノールに、医師は冷たい視線を投げかける。

「ですから、休養と栄養でございますよ。まずはそれで身体を治さねばどうにもなりません。幾日というお話ではないのです。むしろ、馬車に乗れるようになったらアンバレスへ行かれた方がよい」

「そんなにか」

「そんなに、なのです。ここではできることも限られます。早く治されたいのなら、条件を整えた方がよい――何しろ、ご覧のとおり、倒れておられるのです」

老境に入った医師は、口にこそ出さなかったが、こう言っているのと同じだった――『お前はそこまで説明せねば理解できないのか』と。

「わかった。診てくれてありがとう、あなたの意見が正しいようだ。彼には当面、養生してもらわなければ」

ひとまずそう言って話を終え、医師を下がらせる。従僕とレフノール、そしていまだ目を覚まさないラインシュタール大尉が部屋に残された。

ため息をひとつついたレフノールは椅子に座り、大尉が仕事道具として使っていたペンで、紙にさらさらと幾行かを書きつけてゆく。短い文書を書き上げると、その末尾に日付を書き込んで封筒に入れ、従僕に手渡した。

「すまないが、ふたつ頼みがある。まず、こちらの家宰殿と少々話したい。時間を取っていただけるよう、取り次ぎを頼む」

「いまひとつは、どのようなことでしょうか?」

従僕が丁寧な態度で尋ねる。

「大尉が身体を起こせるようになったら、これを渡してほしい」

言いながら、レフノールは封筒と幾枚かの銅貨を手渡す。

「ああ、そっちは些少だが君への心付けだ」

「間違いなくお渡ししましょう。それと、当家家宰への取り次ぎでございましたね。そちらもすぐに」

従僕は足早に部屋を出てゆく。座ったままそれを見送ったレフノールは、二度三度と頭を搔き、深く長く、ため息をついた。

後悔と憐れみと苛立ちを等分に混ぜた視線で、寝台に寝かされたラインシュタール大尉を見やる。しばらくの間そうしていたあとで、レフノールはもう一度紙とペンを手に取り、これからすべきことをひとつずつ書き始めた。

※ ※ ※ ※ ※

小半刻ほどで従僕は戻ってきた。

「すぐにお会いしたい、と当家家宰が」

従僕の言葉に、レフノールは立ち上がる。

「ありがとう。案内してくれ」

はい、と応じた従僕が、先に立って廊下を歩きだす。幾度も通った廊下だった。

――前線の近くへ出向いているというのに、こういうことにばかり慣れてゆく。

レフノールは、自分としてそれが不満なのかどうかもよくわからない。ただ、平穏無事に任務を終えたい、というささやかな希望が潰えたということは、嫌でも理解できてしまった。

ほどなく家宰の執務室にたどり着く。

「大尉殿をご案内いたしました」

「お通ししなさい」

従僕が声を張り、部屋の中から落ち着いた声が応じる。ある意味でこれもお決まりのやり取りではあった。

室内に通され、背後でドアが閉じると、いつものように執務机についた家宰が、ゆっくりと書類から視線を上げた。

「お忙しいところお時間をいただき、ありがとうございます」

レフノールは丁寧に一礼する。

「まあ、お掛けください」

答えた家宰が椅子を勧める。レフノールは素直に従った。

「なにかご相談が、大尉殿?」

ついにこういう形で先手を打たれるようになったか、というところが少々悲しい。

「はい、ふたつばかり」

家宰が表情を変えないまま、頷いて先を促す。

「近衛の大尉がこちらに逗留しておられますが、先ほど、その大尉が倒れられました」

「聞いております。過労と欠食から体調を崩されたとか」

まあ聞いてるよな、と思いながら、レフノールは頷いた。

「はい。以前から胃を痛めておられたようで」

「そのようです。――あなたは?」

「ああ、自分はあまり問題ありません。優秀な部下がおりますし、あまり気に病まぬ性質なもので」

家宰の口許が、ほんのわずかに曲がった。笑ったのかもしれなかった。

「失礼を。……それで、ご相談というのは、その大尉殿のことで?」

「はい。大変申し訳ありませんが、しばらく療養のためのお手をお借りしたいのです。本来ならばただちに後送すべきなのでしょうが、今は動かすこともままなりません」

「任務の最中に倒れられたのですから、戦傷者と変わるところはありますまい。無論、お引き受けいたします。丁重に看病いたしましょう」

「ありがとうございます。いずれ容態が落ち着いたならば、後送することになろうかと」

ひとまずはそれまでの間だけでも子爵邸で療養させることができるのであれば、身体にかかる負担は小さくできるはずだった。そのようなことをできずに、このまま病をこじらせて大事に至ったならば、レフノールとしては寝覚めが悪いことこの上ない。最悪の事態を回避できそうな見通しに、レフノールは深く安堵した。

「もう1点、こちらからおよそ半日行程の場所で、軍の輜重用馬車が事故を起こしました。詳しい状況はまだこれから、というところですが、死傷者が出ております。輜重のものですので、馬車に積んでいた荷についても少なからず損害が出ているかと」

なるほど、と、これも表情を変えないまま、家宰が頷く。

「度々のことで恐縮ですが、物資の調達についてご配慮とご協力をお願いしたく」

「あなたの頼みとあれば、大尉殿。しかし――」

さらりと即答した家宰の表情が変わらない顔の中で、目だけが面白そうにレフノールを眺めている。

「……なにか?」

なにか注目されるようなことを言っただろうか、と思い返しながら、レフノールが尋ねた。

「いいえ」

家宰が首を振り、付け加える。

「しかし、よくよくあなたも、悪運というものをお持ちでおいでですな」