軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【6:兵站将校の交渉】

神殿の前で老司祭と別れたレフノールは、領主の館へ足を向けた。

食糧の買い付けについて交渉せねばならないからだった。

村に相応の蓄えはあると思われたが、家々を回って直接徴発するようなわけにもいかない。

領主の了解を取り付けた上で価格を定め、まとめて買い上げるのが、近年の王国軍の現地調達における常道だった。

領主の館は村を一望できる小高い丘の上にあった。

あらかじめ兵をやって訪問の予定を伝えさせておいたからか、レフノールが門で来意を告げると、あっさりと奥へ通される。

上等な仕立ての服を隙なく着こなし、どこな眠たげな表情をした初老の男性が待っていた。

おそらく家宰というところだろう、と当たりをつけ、レフノールは改めて名と来意を告げた。

「陸軍第2軍団輜重中隊分遣隊、アルバロフ中尉と申します。

既にお聞き及びのこととは思いますが、先刻、村のはずれで妖魔との小競り合いがありました」

「いかにも存じております、中尉殿。

私はフェルナーと申します。ラーゼン子爵家の収支全般の管理を仰せつかっております」

挨拶を交わすと、控えていた使用人がさりげない動作で家宰とレフノールの椅子を引く。

机を挟んで向き合ったレフノールと向き合った家宰が、表情を変えぬまま口を開いた。

「して中尉殿、当家への御用向きというのは……?」

「お恥ずかしいことながら、今後の行動に向けて集積していた物資のかなりの量を焼かれてしまっております。

無論、後方にもその旨は報告し、急ぎ再度の準備をいたしますが、それだけでは不足が生じる可能性が」

「なるほど」

「そのようなわけですから、物資の調達についてご相談に伺った次第です」

家宰の表情は動かない。

「当家の領地は妖魔の領域と境を接しておりますゆえ、軍のご助力なくしては領民に危険が及ぶことも少なくなかろうと思います。

ゆえに、子爵からは、軍への協力は可能な限り、と」

領主たちがそれぞれの私兵でもってその領地を守っていた時代も今は昔。王家のもとに国内が統一され、内乱の時代が過ぎ去ってからもう随分と経つ。

兵は国のものとして一つの軍にまとめられ、必要に応じて各地へ派遣されるようになっている。

たとえば、今回の対妖魔掃討戦のように。

「ありがとうございます」

「しかし、とは申しましても、当家や領内の備蓄にも限りがございます」

――そら来た。

無論、そんな台詞など、レフノールは口に出さない。

「まずは所要の量を伺っても?」

尋ねる家宰に、レフノールは物資の必要量をまとめた書付を示した。

「展開予定の人員が1000内外、概ねその2日分程度です。

また、特に薪や炭、油の類が足りません。そちらは量が多めに」

書付に目を落とした家宰が、なおも表情を変えずに、なるほど、と呟いた。

「食糧と飼葉は、概ねお渡しできましょう。

しかし燃料の類が難しく思われます。集めてお渡しすることは不可能ではありませんが――」

冬に向けて薪や炭は備蓄しなければならないところ、他に回す余裕は多くない。

家宰はそのことを指摘していた。

「このあたりの冬は厳しゅうございますゆえ」

「まさしく、仰る通りですね」

どうかな、と思いながら、レフノールも頷いて応じる。

領地の規模から考えて、出して出せない量ではない筈だった。出したくない、という部分もあるのかもしれない。

しかし予定通りに調達がかなわなければ、煮炊きの薪に困ることになる。

秋も半ばを過ぎているから、夜になれば冷えもする。

強引に徴発という権限もないわけではないが、領主との間柄が険悪になるのも困りものだ。

「ならば、税との相殺という形では」

軍へ、すなわち王のもとへ供出した物資について、同じく王の名の下に諸侯から収める税と相殺する、という制度がある。

手続きに煩雑さはあるが、軍の側にとっては払いの繰り延べと概ね同じことであり、諸侯の側にとってはモノを換金し、あるいは王都へ運ぶための経費や手間の節減になる。

「そういうことであれば。

お渡しする物資全てについて、ということでよろしゅうございましょうか」

「無論です」

物資の量や種類は手続きの煩わしさにほとんど影響しない。

薪炭を税との相殺で手に入れるのであれば、他の品もまとめてしまって問題はなかった。

「支障のない形で軍にご協力できるとあれば、当家にとっても喜ばしいことです」

表情も声音も変えずに言った家宰が、ちらりと後ろの使用人を振り返って頷く。

使用人が手にした紙挟みから2綴りの書類を取り出して手渡した。

「では、こちらに署名を。ご所望の品の種類と量は2枚目に」

家宰が机に置いた書類には、簡潔な表現で、必要な物資を引き渡し、これらを売り払うに相当する額を次に上納する税と相殺する旨が記されている。

先方の署名は家宰でなくラーゼン子爵のものだった。

家宰はあらかじめこの話を想定して必要な書類を作成し、子爵本人にも話を通した上で、レフノールの側から依頼するよう誘導したのだった。

まんまと家宰の掌の上で転がされた形だが、レフノールもあまり悪い気はしなかった。

このような仕事ぶりを見ることは嫌いではなかったし、とにもかくにも必要な物資は手に入るのだ。

必要な物資とその量を書き込み、署名を済ませて立ち上がる。

「お困りのことがあれば何なりとご相談ください、中尉殿。

当家に可能な限り、協力いたします」

――俺ももし代官として歳を重ねていれば、いずれこうなったのかもしれない。

最後まで表情を変えず、一切の言質を与えてくれなかった家宰を見ながら、レフノールはぼんやりとそんなことを考えていた。