軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【38:兵站将校は休めない】

本隊が拠点へ戻ったのは結局、夕暮れになってからだった。

損害はほとんど出ていない――妖魔どもは根城にいた主力を、拠点への攻撃に振り向けていた、ということであったらしい。

胸を反らせて拠点へ戻ってきたカウニッツ大佐は、レフノールの報告を聞き、左腕を吊ったレフノールの姿を見て、小馬鹿にしたような笑みを浮かべただけだった。レフノールとて労いの言葉を期待していたわけではなかったが、さすがにそのような態度を取られる謂れもない、とも思っている。

とはいえ、半ば予測されていた反応ではあった。

レフノールはもはやこの大佐になにかを期待する気分などなかったし、真っ先に怒りだしそうなリディアは口実を作って別の職務に当たらせている。

むしろ無事に帰還したグライスナー少佐やハイネマン大尉との間で、あれこれのやり取りをする必要がある、とレフノールは考えていた。

「中尉」

さてその少佐はどこに、と見回したレフノールに、少佐の方から声がかかった。

「は」

振り向いて敬礼する。疲れた表情のグライスナー少佐が答礼した。

「無事……ではないな。死ぬような怪我でなくて何よりだ」

「ありがたくあります、少佐殿」

「リディアは無事か?」

更に近寄り、声を落としたグライスナー少佐が尋ねる。

「無事です」

そうか、と頷く少佐の声に、小さからぬ安堵が滲んでいた。

「無事に初陣を生き延びたというわけだ」

「拙い指揮で危険に晒してしまいましたが」

レフノールの言葉に、いや、とグライスナー少佐が首を振る。

「後方兵種の寄せ集めでよく守ってくれた。

外の状況は見たが、襲撃してきたのは100や200ではきかないだろう?」

「少なく見て300はいた、と聞いております」

「その数を相手に指揮官が重傷を負うまで戦って守り抜いたのだ。

貴官はもう少し己の功績を誇っていい」

左肩を指しながら、グライスナー少佐が小さく笑う。

「貴官と少尉、それに主だった者の勲章は私から申請しておく。

推薦したい者があれば言ってくれ。あの副官と話を合わせればどうにかなるだろう」

「ひとまず戦死者には特進と勲章、重傷者には勲章が降りるよう計らっていただければ。

あとはうちの先任と少尉の意見を聞いて早急に。明日、本隊がここを発つまでには名前が挙がるようにしておきます」

そうしてくれ、と頷くグライスナー少佐に、レフノールは己の疑問をぶつけた。

「本隊は結局、どうだったのですか?」

「どうともないよ、おかげさまで。

根城がそもそももぬけの殻でな。こちらの動きを察して引き払った様子だった。

住処も含めて焼き払ったから、当面大きな問題はないと思うが」

拠点で戦力をすり減らし、根城を焼かれ、妖魔どもは当面、戦力の補充と根城の再構築に力を割かねばならない。

それはつまり、襲撃に出てくる余裕がなくなった、という話でもある。

「あとはここを維持するかどうか、ですね」

「そうなる。

だがいずれにしても、それを決めるまでの間は保持しなければ」

グライスナー少佐の声が、同情するような響きを帯びた。

現状で拠点を保持するとなれば、少なくとも補修は必要になる。工兵と、そして工兵を率いる指揮官が必要で、その指揮官は今のところレフノールに他ならない。

「――ある程度の兵は残すよう進言する。

せっかく作り上げた前進拠点だ、あの大佐殿も嫌とは言うまい」

少佐の言葉に、レフノールは、そんなに自分は厭そうな顔をしただろうか、と考えた。

「ハイネマン大尉にもそのようにお願いしておきましょう」

「そうしてくれ、彼はもののわかる人物のようだから」

※ ※ ※ ※ ※

3週間ほどののち。

レフノールは相変わらず、河岸の拠点で起居している。

レフノールとグライスナー少佐の進言のとおり、拠点には守るに必要十分な兵が残り、周辺に睨みを利かせていた。

妖魔どもはあれ以来、一切姿を見せていない。

数を大きく減じ、根城を焼かれ、森林地帯の奥へ引っ込んでいった、ということのようだった。

おそらく2年か3年か、妖魔はその程度の時間が過ぎれば勢力を盛り返すことだろう。

そうなればまた討伐のための作戦が立案され、誰かが部隊を率いて戦うことになる。

きりのない話ではあるが、軍の人間にとっては、嫌というほど繰り返したことをもう一度、というだけの話でもあった。

討伐作戦の結果は、兄――イグネルトには早々に伝えている。

『それはたしかに、なかなか「面白い話」だな、レフノール』

かすかに笑みを含ませた声で兄は言っていた。

その時点で、王都にはまだ一報すら届いていない。誰も知らないはずの情報を手に入れて、兄がそれをどう使うのか、レフノールは想像もしなかった。家と商会の利益のために使うのだろう、としか思っていない。

だが、レフノールの知る兄であれば、自分よりもよほど上手く使うのだろう、という確信はある。

だからきっと渡した情報を上手く使い、家と商会をまた一回り富ませ、ついでに周囲にも何がしかの利益を配分するのだろう。レフノールの知るイグネルトはそういう人物で、だからこそ商会の次期会頭という地位を約束されており、レフノールもそのような兄を信頼しているのだった。

冒険者たちは街へ――アンバレスへ戻った。元々の依頼の期限一杯まで拠点に逗留し、約束通り「積み増せるだけ積み増した」報酬を受け取っている。

「それじゃ、中尉。

また機会があれば」

「ああ、君たちには随分と助けられた。

機会があれば、また」

アーデライドとレフノールはそう言って挨拶を交わし、別れた。ごくあっさりとしたものだった。

※ ※ ※ ※ ※

拠点の防柵の補修や補強は終わり、ある程度の兵も入って、防備としては申し分のない状態になっている。レフノールとしてもその点に不満はない。陣頭指揮はまだしも、部下の輜重兵や工兵、療兵まで危険に晒すようなことはもうしたくない、と考えている。

唯一の、そしてどうしようもない不満が、先が見通せないことだった。

拠点をどうするのかが定まっておらず、だから天幕が並ぶこの拠点を現況以上に整備もできなければ、ノールブルムへ戻ることもできない。中央でのあれこれが影響して結論が出ることになるのだろうとは思っていても、それがいつ、どのような結論になるかすらわかっていなかった。

そうではあっても兵站将校としての仕事は、今日もレフノールの目の前に積まれている。

レフノール自身やリディアも含めて、この拠点に起居する皆は日々糧食を消費する。それらは全て、ラーゼンか、更に遠くから運んでこなければならない。今のところ状況は落ち着いていて、補給のための仕事に専念できることだけが、レフノールにとってはわずかな救いだった。

実際のところ、仕事に押し潰されるほどの忙しさでもなければ時間を持て余すほどの暇もないという、ある意味でレフノールの望む程度の量の仕事ではあった。

執務室はまた天幕に戻っていたが、布張りの折り畳み椅子と、これもやはり折り畳みの机を、レフノールはアンバレスから取り寄せている。

レフノール自身が使うものとリディアが使うもの、下士官や兵が共用するものをさらにいくつか。仕事をする上で必要なものを揃えておくための手間を惜しむ習慣は、レフノールにはなかった。

「隊長殿」

開けたままの天幕の入口から、工兵隊の軍曹が顔を出した。

「南岸に輜重隊が着きました。それと、本部からということで将校殿が」

「わかった。

受領した荷の扱いはいつも通り頼む。本部からの将校は俺たちが出迎える」

答えたレフノールが、少しだけ考えて付け加える。

「今回の戻り組は貴官だったか?

早目に支度をしておけよ、明日の朝には出立だ」

は、と答えて笑顔を見せた軍曹が敬礼し、天幕を出ていった。

拠点の補修と補強が終わった段階で、レフノールは、兵や下士官を定期的にラーゼンまで戻すような仕組みを作り上げている。前線に置く兵を減らすことに不安がないではなかったが、それでも先が見えないまま兵たちを前線にいるという緊張に晒したままにすることはできない、と考えている。

輜重隊の護衛という名目で、ラーゼンからの往復に兵と下士官を付け、おおよそ三分の一ほどを村で休ませてからまたこの拠点へ戻す、という形だった。始めてからまだ日が浅く、戻る兵はようやく一巡、というところではあったが、兵や下士官には概ね好評ではある。

例外が将校――レフノール自身とリディアだった。レフノールはリディアをノールブルムまで戻そうとしたが、リディア自身が頑として首を縦に振らなかった。いつまた襲撃があるかわからない、というのがその理由だった。

上官として命令をしたならば、おそらくリディアは従っただろう、とレフノールは思っている。

だが実際のところ、前線に当たるこの拠点にいる将校が、負傷したレフノールただひとりというのは問題が大きすぎた。

そんな経緯から、レフノールとリディアは兵たちとともに河岸の拠点に留まっている。

今日、軍団本部から将校が来る、というのもおおよそ予定のとおりではあった。

1週間ほど前、軍団本部のライナスと連絡を取った折に、ライナス自身が出向いてくる、という旨を伝えられていた。

『近々そっちに行くよ、レフノール。いくつか届けるものがある』

そう言った同期に、何を、とレフノールは尋ねなかった。想像がつくものもそうでないものもあるが、想像がつかないものの方は話せないからこそ直接、ということになっているのだろうと察したのだった。

「どういう届け物なのでしょう?」

隣の机で、書類を片付けながらリディアが尋ねる。

「ひとつは、たぶん勲章。少佐からも推してくれたということだから。

もうひとつは――まあこれも推測だが、ここをどうするか、結論が出たという話だろうとは思ってる」

アンバレスまで1週間弱、アンバレスから王都までは川船を使えば3日もかからない。拠点を維持するかどうかを王都で決めて、この河岸の拠点まで持ってくるのであればそろそろ、という時期ではあった。

「ついでに将校の補充でもあればそれが一番嬉しいんだが」

言いながら、レフノール自身もそれは望み薄だと知っている。

リディアも小さく笑って同意した。

※ ※ ※ ※ ※

「改めて、久しぶりだな、レフノール。少尉も元気そうで何よりだ」

兵や下士官の前では型通りのやり取りを交わし、届いたあれこれの荷分けを指示して、レフノールは自身の天幕にライナスを招いていた。

「遠くまでわざわざ済まない、ライナス。いろいろと手配をしてくれて助かった」

「ご無沙汰しています、中尉。おかげさまで無事にやっています」

ライナスの言葉に、レフノールとリディアが応じる。

「それで、まずは伝えておくことがある。

ここの維持と拡張が決まった。正式に砦にしていくらかの兵を駐留させる。

この近辺だと、そこの川――アルムダール川の線まで前線を押し上げる、という話だな」

「拡張にも維持にも苦労はありそうだが」

レフノールの返答は、ある意味で兵站らしいものではあった。

「まあな。だが、血を流して勝ち取った場所でもある。ここだけの話だが――」

ライナスがにやりと笑った。

「あの大佐殿、自分の名前をここに付けようとしたらしい。カウニッツブルム」

汚物を見た表情になったレフノールとリディアを見て、まあそういう顔になるよな、とライナスがまた笑う。

「大佐付きの副官――ハイネマン大尉が止めたそうだ。僭越と取られる恐れがある、とか言って」

「あいつには恥とかそういうものはないのか?」

「ない、んだろうな。まあ、多少なりとあったから表には出なかったのかもしれんが。

正式には『仮称アルムダール河畔砦』だそうだよ。もう数日のうちに工兵が来る。資材も手配した」

「手回しのいいことだ。届け物というのはそれか?」

レフノールの質問に、ライナスはいいや、と首を振った。

「ひとつは想像がついていると思うが、こいつだ」

言いながらライナスが取り出したのは木の小箱だった。

「ふたりに銀剣勲章、レフノールには戦傷章。おめでとう」

「ありがとうございます、中尉」

「ありがとう、ライナス。ここの連中の分はあるか?」

「ある。名簿も。ラーゼンに行ってる連中にはもう渡してきた。

それと――」

「まだあるのか?」

「ある意味でこれが一番重要なんだが」

「なんだ、勿体を付けるなよ」

「こちらと」

言いながら、ライナスはもうひとつ、小箱を取り出して手渡した。

「辞令が、届いております」

急に改まった口調に、レフノールとリディアが顔を見合わせた。

「おいライナス、まさか――」

芝居がかった仕草で差し出された封筒をひったくるように受け取り、中の書状を確かめる。

軍団司令の署名とともに、ただ3つの文が記されていた。

『貴官を大尉に昇進せしめる。

分遣隊兵站小隊長の任を解く。

仮称「アルムダール河畔砦」の駐留部隊指揮官に任ずる』

「お前これ――」

「おめでとうございます、大尉」

人の悪い笑みを浮かべたライナスが敬礼した。

「めでたくねえ!

砦を作るところからだろこれ!」

「昇進したうえに、身体を張って守った拠点を任されるんだ。名誉な話じゃないか、レフノール?」

「お前……俺はもうちょっと! のんびりした部署に!」

拠点を整備して砦に仕立て上げるのは、言うまでもなく激務に他ならない。

休みたい、などと言える立場ではなくなってしまう。

「お前みたいな奴を遊ばせておけるほどの余裕はな、軍にはないんだよ。知ってるだろ?」

抗議したレフノールに、ライナスはさらりと返し。

「少尉、君はそのまま駐留部隊の副長に横滑りだ。

すまないが苦労をかける。そこの大尉殿を支えてやってくれ」

顔を引き攣らせたレフノールを放り出して、リディアにも辞令を手渡した。

「はい!」

にこりと笑ったリディアが鮮やかに敬礼する。

「お前またそうやって俺を売って……!」

「実力のある同期を推すのは当然だろぉ?」

まだ抗議を重ねるレフノールと、へらへらとそれを受け流すライナスをよそに、リディアは改めて書面に目を落とした。

『貴官の分遣隊兵站小隊副長の任を解く。

仮称「アルムダール河畔砦」の駐留部隊副長に任ずる』

自然と顔が綻んでゆく。

「だから、せめてもう少し休ませろって言ってんだよ!」

ライナスに詰め寄るレフノールを横目で見ながら、リディアは小さく握り拳を作ったのだった。