軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【32:戦端】

小半刻のうちに、妖魔どもは林の中から姿を現した。

「中尉さん、100じゃ利かないよあれ!

見えてるだけで300はいる!

コボルドだけじゃない、ゴブリンやホブゴブリンも!」

櫓から敵情を確かめていたヴェロニカの声が降ってきた。

「攻者3倍則とは言うがね」

レフノールはうんざりとした表情で呟いた。

3倍どころではない。拠点側の実質的な戦力は輜重2個分隊に工兵3個分隊の約50名。

それに4人の冒険者とゴーレムが2体。

単純な兵の数だけで考えるのならば、その比率は小さく見積もっても5から6に対して1になってしまう。

防柵や空堀、落とし穴に棘つきの杭。武器で言うならばクロスボウ。

そういった設備や装備で、どれだけ兵数の差を補えるか、とレフノールは思っている。

「曹長」

「は」

「射手の中で一番腕のいい奴を櫓に上らせろ。

クロスボウは4つ、装填は2人」

「はっ!」

「上のヴェロニカと一緒に射たせる。

ああ、上の2人は号令関係なしでやれ。自由射撃を許可する。

可能なら、妖魔の小集団の頭を狙え」

「了解いたしました!」

指示の意図を呑み込んだベイラムがびしりと敬礼し、数人の部下を櫓に送らせた。

妖魔の群れは、たとえば王国軍のように、選ばれて鍛えられ、目的達成のために組み合わせて投入される軍とは成り立ちが異なる。

基本的に、生活する集団をそのまま引き抜いて戦闘に投入する、というのが妖魔の流儀だった。

そして妖魔の習性として、暴力による統制がある。

特に小規模な集団では、周囲より優れた力を持つ者が、周囲を従えることになる。

だから、頭を――集団の中で、周囲を従えている者を倒すことができれば、それに押さえつけられていた周囲の妖魔たちは、集団としての体裁を失って瓦解、あるいは眼前の敵から逃れるべく撤退して、戦場から消えることになる。

レフノールの指示には、そのような意図があるのだった。

「残りの射手は北側防柵の門の両脇に並べろ。100歩の線を越えてきたら射撃開始。号令は任せる」

「はっ!」

「工兵連中のうち正面防御の担当は門のところに並べておく。防柵まで来た奴を槍でどうにかしてもらう役回りだ。

後方警戒は川に面した場所を適当な間隔で見張らせておけ。いざとなったら前線へ回ってもらうことになるだろうが」

果たしてそんな状況でうまいこと兵が従ってくれるだろうか、という不安はあるが、口には絶対に出せないところでもあった。

「冒険者諸君は」

言葉を切って冒険者たちに視線を向ける。

「ヴェロニカはこのまま上から敵情の監視と射撃。

アーデライドは正面で戦線を支えてくれ」

「私はここで。リオンは療兵の取りまとめか、ここで支援でしょうね」

淡々とした口調でコンラートが口を挟む。

もとよりレフノールには効果的な魔術師や神官の運用などわからない。

「じゃあそれで頼む」

「せっかくですから、ゴーレムも門前に並べておきましょう。

見た目で怯んでくれる連中もいるでしょうし」

コンラートの説明によれば、まともな兵と戦わせるには動きが鈍すぎる、という話ではあったが、それでも10人分の力と石で出来上がっている身体の重量は脅威にはなる。

「そうしてくれ。少しでも使えるものは使いたい」

「まあ、先払いですからね」

肩をすくめるコンラートは、こんな時でも軽口を忘れない。

アーデライドが小さく笑った。

「そうだな、ではせいぜい使い倒させてもらうとしよう。

――少尉、君からは何かあるか?」

「――ありません、隊長」

硬い声でリディアが応じる。

背筋を伸ばし、手を後ろで組む、礼則どおりの姿勢だった。

レフノールがリディアの後ろに立つベイラムにちらりと視線を送る。

ベイラムがレフノールを見返し、それとわからない程度に小さく首を振った。

「よろしい、君も射手に加われ。

何かあったら呼ぶ。そのときは俺と来てくれ」

おそらくまともな実戦が初めてのリディアを、戦場全体をよく見られる場所に置くのは避けたかった。

それならば兵と同じように、目の前の敵をどうにかすればよい役回りで緊張を解いた方がいい。

少なくとも射撃の腕前については、先任下士官であるベイラムのお墨付きでもあった。

――迂闊に死んでくれるなよ。

レフノールは心の底からそう思った。

優秀で、祖国の子として苦労と努力を重ねてきた若い将校には、せめて将来、自分よりもいくらかましな軍歴を歩んだうえで、穏やかに退役してほしい、と思っている。

――だからこんなところで、初陣で死んだり大怪我をしたりは。

なにもわからないうちに取り返しのつかないことになったりは。

しないでほしい。絶対に。

クロスボウを受け取って確かめるように持つリディアの後姿を、そして後ろで束ねられた長い銀の髪が小さく揺れるのを見て、レフノールは祈るような気分になったのだった。

※ ※ ※ ※ ※

どおん、と腹に響く音がした。

おそらく妖魔どもの戦鼓だろう、とレフノールは踏んでいる。

もう一度戦鼓の音が響き、それに応えるように雄叫びが上がる。

戦鼓と雄叫びの呼応が幾度か繰り返され、その呼応自体が妖魔どもの士気を上げているようだった。

「まともな統率者がいるな、あれは。

ゴブリンの、ロードかメイジあたりだろうが」

ため息をつくような小声で、レフノールが吐き出した。

隣には歴戦の下士官が立っている。

「でしょうな。

数で圧倒している、と判断すれば手堅く揉み潰しに来るでしょう」

「保たせられると思うか?」

こんな弱気な言葉は兵にも少尉にも絶対に聞かせられない、と思いながら、レフノールはベイラムに尋ねる。

「正面から力押しで来るのなら、まあ当分は問題ないでしょう。

数が多すぎるとこちらが疲労で戦えなくなりますが、そうなる前に、あちらにもまともに戦えなくなる程度の損害は与えられます」

まあそうだよな、とレフノールは小さく頷く。

「ではやむを得ん。やるぞ。

妖魔どもの投げ斧には注意するよう、前線の兵には言っておけ」

は、とベイラムが敬礼した。

同時に、どおん、という低い戦鼓の音がまた響く。

雄叫びではなく、潮騒のようなざわめきがそれに続いた。

防柵の向こうへと視線をやると、ちょうど妖魔どもの群れが動きだしたところだった。

大きく息を吸い込んだレフノールが精一杯声を張る。

「来るぞ!

いいか諸君、身の程知らずの妖魔どもに、血と鉄の味を教えてやれ!」

「射手構えぇ!」

間髪を入れず、ベイラムの大音声が響き渡る。

うっすらと笑みを浮かべた凶相は、殺意をみなぎらせた妖魔どもの顔よりもよほど恐ろしかった。

射手たちがそれぞれに手にしたクロスボウを構え、迫りくる妖魔の群れへと向ける。

「敵第1波、コボルドの軽歩兵! 約20!」

頭上から降るヴェロニカの報告に、まずは小手調べというところか、とレフノールは頷いた。

「100歩の線を越えてきたら始めろ、曹長」

先ほどの命令と同じ言葉を繰り返す。

「は」

駆け足の妖魔どもは幾分前後に散らばりながら、もう防柵から150歩の線を越え、100歩に迫ろうとしていた。

「狙え!」

クロスボウの先が細かく動き、ぴたりと止まった。

妖魔どもが100歩の線を踏み越えるのを待ち構えていたベイラムが、今と見た瞬間、みたび号令した。

「 射(て) ぇ!」

クロスボウの弦が弾かれる音がいくつも揃い、ほんの一瞬、戦場の喧騒を圧倒した。