軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【30:本隊到着】

カウニッツ大佐率いる本隊が渡河点に到着したのは、予定どおり、先遣隊がラーゼンを発った日から数えて5日目の昼頃だった。

渡河を終えたカウニッツ大佐は、拠点が整えられているさまを確かめて満足そうに頷いた。

「立派なものではないか」

「はい、兵站が努力してくれました」

先遣隊の長として応対したグライスナー少佐が、さりげなくレフノールを持ち上げる。

ふん、と鼻を鳴らしたカウニッツ大佐が、控えていたレフノールを尊大な態度で見やった。

「そうだろう。その気になればできる、ということだ。

要は確固たる意志があるかないかだ」

あまりにも余計な言葉に、レフノールよりも更にその隣のリディアが目を剥いた。

同時に、大佐に随行している副司令の顔色がまた悪くなる。

「大佐殿、今後の行動予定でありますが」

「すべて予定通りだ」

危険な空気を察したグライスナー少佐が持ち出した話題に、カウニッツ大佐はにべもなく応じた。

「当初からすでに3日の遅延がある。これ以上行動を遅らせるわけにはいかん」

誰のせいだよ、と毒づきたくなったレフノールの隣で、リディアがひゅっ、と息を呑んだ。剣呑な気配を察知したレフノールが、リディアを肘で小突く。

我慢がならない、という表情で視線を向けてきたリディアに、心持ち下から目線を合わせて、レフノールはかすかに首を振った。

こいつに何を言っても仕方がない、とその表情が言っている。表情筋を引き攣らせたリディアが、やはりかすかに頷いた。

正直なところレフノールは、自分が止める側に回るとは思っていなかった。この傲慢で他人の話を聞こうとしない大佐のことは初対面のときに嫌うと決めていたし、今日もその決心を補強する言動こそあれ、覆すような材料はひとつとてない。

だがそれはそれとして、自分の傍らに立つ生真面目でまっすぐな部下が、遥かに上の階級にいる相手に噛み付こうとするのを放置することはできなかった。そんなことになれば、それこそどのような不利益が彼女の上に降りかかるか知れたものではない。

そこまで考えて、指揮官会同の折に己の足を全力で踏み抜いた少佐に、レフノールは心の底から感謝した。

あそこで止めてくれていなければ自分は間違いなく更迭されていて、今ここで憤るリディアを止めることもできていなかっただろう。なるほどあのとき少佐が言いたかったのはこういうことか、とレフノールは納得したのだった。

「アルバロフ中尉、任務に戻ります!」

踵を合わせて背筋を伸ばし、やけくそのように大声で宣言して、レフノールはその場を離れた。

レフノール自身とリディアのために、それが必要だ、と考えたのだった。

※ ※ ※ ※ ※

「なんなのですかあれは!」

早足でしばらく歩き、カウニッツ大佐からも他の兵たちからも十二分に離れたところで、リディアが眦を吊り上げた。さすがに抑えた声ではあったが、腹に据えかねる、という表情をしている。

「いやいや、大佐を『あれ』呼ばわりとはね。大胆だな」

混ぜ返したレフノールも、言葉ほどに落ち着いているわけではない。それでも、自分の目の前に、同じことで自分よりも腹を立てている相手がいるのを見ていて、その温度差の分だけ冷静になれていた。

「あんな――隊長や少佐を侮辱するような……!」

それこそが最大の罪とでも言うように、リディアが声を震わせる。

「優しいのだな、少尉は」

「は」

思わずこぼした言葉がよほど意外だったのか、リディアが藍色の目を大きく見開いてレフノールを見つめる。

「他人のために本気で腹を立てられるというのはそういうことだと思うよ、俺は」

却って自分が照れ臭いような気分になって、レフノールは視線を逸らした。

「ただまあ、」

リディアが何かを言う前に、レフノールは言葉を繋ぐ。

「あれであれは大佐で、俺たちの上官で、指揮官だ。

あんなのでも命令は絶対で、あれには俺たちに死ねと命令する権限がある。

耐えがたい話ではあるが、事実としてそうなってる」

わかるよな、と念を押すように、レフノールはリディアを見つめた。

まだ納得しきれない、というように、濃い藍色の目が伏せられる。

「要は、あんな奴のために軍歴に傷をつけるな、ってことだよ、少尉」

ほんの少しだけ考えて、レフノールは、この少尉と初めて会ったときのことを思い出した。

「……これは上官としての命令でもあるが、戦友としての頼みでもある。

あんな奴のために処罰されるような真似は止せ。かわりに、俺に力を貸してくれ」

その言葉を聞いたリディアの顔に、半瞬遅れて笑みが広がる。

「はい、隊長!」

つい先ほどまでの怒りを嘘のように吹き消して笑みを浮かべたリディアが、目の覚めるような敬礼をしてみせた。

※ ※ ※ ※ ※

カウニッツ大佐の宣言のとおり、本隊の行動は予定通り、と決まった。

妖魔の痕跡が確認された支流に沿って威力偵察を行い、敵の根拠地を発見したならばそれを叩く。

そういう方針になった、ということを作戦会議に出席したグライスナー少佐が説明してくれた。

「威力偵察」

自分やリディアが出席していなくてよかった、と思いながら、レフノールはグライスナー少佐から聞いた単語を繰り返した。

「だそうだ」

投げ遣りな口調で少佐が応じた。

短時間の会議であったというのに、すっかり澱んだ目になっている。

言ってみれば、一当たりして相手の反応と戦力を確かめる、というのが威力偵察の意義のはずだ。

少なくとも、抱えている全戦力でもって当たることを威力偵察と呼びはしない。

ご愁傷様です、と言いたいような状況ではあったが、まさかそれを口に出すわけにはいかない。

偵察はグライスナー少佐の担当で、威力偵察という建前上、進軍の段取りは少佐がつけることになっているからだった。

「ああ、兵站はここで待機だと。

正直なところ、何があるか、もう予測がつかない。せいぜいしっかり守っていてくれ、何かあったとき私たちが安心して戻ってこられるように」

グライスナー少佐の目からもレフノールの目からも、明らかに無謀としか言いようがない作戦計画ではあったが、ひとたび命令としてそれが下されてしまえば従うほかはない。

だから、せめて失敗しないように、そして失敗したときの損害が小さくなるように、というところで努力するしかない。

「承りました、少佐殿」

「頼りにしているよ、中尉」

少佐の目に浮かんでいるのが達観なのか諦めなのか、レフノールにはわからなかった。

※ ※ ※ ※ ※

翌朝早く、予定通り本隊は拠点を出立した。

レフノールの見るところ、将校も兵たちも平静を保っている。内実はといえば、兵は不安要素を知らされておらず、将校は不安を押し殺して任務に就いている、といったところだ。

「無事にお戻りになられるとよいのですが」

混成大隊が出て行ったあとのがらんとした拠点で、リディアが言った。大佐ではなく、少佐のことを言っている、というのはお互いに口に出さずとも理解している。

「そうだな」

レフノールが短く応じた。

そのためにも、この拠点をしっかりと守っておかなければならない。

レフノールは冒険者を含めた総員に、警戒を怠らないよう、と命令したのだった。