軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【27:渡河】

ふたりの将校が部隊へ戻ると、兵たちはちょうど大休止を終えたところのようだった。

ベイラムが大股で歩み寄ってくる。

「いかがでしたか、隊長?」

「貴様も見ていただろう。

渡河自体に問題はなさそうだ。荷駄を渡すのは少々骨かもしれないが」

敬礼して尋ねるベイラムに、いい加減な答礼を返しながらレフノールが応じる。

「荷は減らしておくべきかと。

それと、あのロープですが」

ベイラムが、木に括りつけられたロープを手で示す。

「渡るには役に立ちそうだが」

「ええ。工兵連中が渡してくれております。

掴まってゆけばよい、と。上のロープはこれから少し細工をする、と言っておりました」

「細工?」

「荷を渡すための仕掛けを作るとか何とか。

忙しそうでしたので、詳しくは訊かずに任せておりますが――」

呼びますか、と尋ねるベイラムに、レフノールは小さく笑って首を振った。

「連中が忙しくしているときは邪魔しない方がいい」

「まあ、そうでしょうな」

ベイラムも凶悪な面相を和らげて応じた。

「多少濡れても差し支えのない荷から先に運ぶ。どうしても濡らせないものは後で方法を考えよう。

資材や天幕、工具の類が最優先。次が食料その他の消耗品のうち濡れても差し障りのないものだな。

それ以外の荷は一旦下ろせ。配分の仕方は任せるが、1頭あたり普段の荷重の半分内外で収めろ」

レフノールの指示に、ベイラムが敬礼で答えた。

「工兵は先に渡らせろ。あちらでも細工とやらをするのだろう?

俺と少尉も先に渡る。拠点になる場所の状況を頭に入れておきたい――少尉、いいな?」

「承りました、隊長」

リディアが頷く。

「曹長、貴様はこちらで荷渡しの指示。

特に何があるとも思えないが、何かあったら呼べ。

1刻したら戻ってくる。あとのことはそのときに」

は、とベイラムがもう一度敬礼した。手を下ろして兵たちに向き直り、大声を上げる。

「工兵は準備でき次第渡河! 渡河準備急げ!

輜重、集まれ! 貴様らに荷の扱い方を教えてやる!

療兵はひとまずこちら岸で待機、指示あり次第――」

戦場で叩き上げられた太い声が響き、兵たちがきびきびと動きだす。

「少尉、俺たちも渡河の支度だ」

ベイラムが兵たちを叱咤する様子を眺めながら、レフノールはリディアに声をかけた。

リディアが、はい、と応じる。

もっとも、支度とは言っても、将校の2人にはさほどのことがあるわけではない。

各々の装具を確認して、ここまで乗ってきた馬にもう一度跨ればそれで済む話だった。

ほどなく将校2人は支度を終え、渡河の準備を整えた工兵たちも川岸に整列した。

「渡河する。

俺が先頭、工兵は順次ロープを使って渡れ。両手は必ず開けておくように。

少尉、貴官は最後尾。渡河の間、曹長には手を空けさせて状況を確認させろ」

そう命じると、レフノールは早速馬で川へと乗り入れた。

正直なところ、先頭を切りたいなどとは思っていなかったが、部下や兵を前に尻込みしているところは見せられない。不合理な話ではあるが、軍隊の通例、というところでもある。

とは言え、一度騎兵が渡るところを見てはいたから、何があるか知れない川を渡るということでもなく、敵前渡河という無茶でもない。落ち着いて渡ればどうということはないはず、と自分に言い聞かせながら、レフノールは川を渡り終えた。

少なからず安堵しながら、対岸に向けて手を振ってみせる。

騎乗して様子を見守っていたリディアが、小さく手を振り返した。

工兵たちも張られたロープを手すり代わりに、次々と川を渡ってゆく。

四半刻ほどで、工兵は無事に渡河を終えた。最後に渡河したリディアが、問題なし、と手で合図を送ってくる。レフノールも軽く手を挙げて、了解の意を伝えた。

「工兵はまだ休息していないな?

よろしい、まずは大休止。その後、拠点の整備にかかれ。

手順は任せるが、少なくとも日が落ちるまでに天幕と最低限の防柵だけは設置するように」

レフノールの指示に、工兵分隊を取り仕切る軍曹が背筋を伸ばして敬礼した。

川岸から少し上がった台地の上で、工兵たちが火を起こし、濡れた服を乾かし始める。

火に当たりながら、携帯糧食を取り出して食べる者もいた。

そういえば食事がまだだったか、と気付いた途端、レフノールも空腹を感じた。

馬から下り、鞍に取り付けていた革袋から携帯糧食を取り出す。

工兵たちからはすこし離れた場所で、レフノールは食事にとりかかった。

焼き締めたビスケットには味気というものがなく、顎が痛くなるような固さと口の中の水分をすべて持ってゆくぱさぱさとした食感だけがある。食べるたびにもう少し何とかならないものか、と考えはするが、これとて改良の結果ではあるのだった。

ふと傍らに視線を向けると、アーデライドとヴェロニカが連れ立って休息を取っていた。

片手に持った何かを食べながらヴェロニカが川岸のどこかを指し、アーデライドが水を飲みながらそれに頷いている。

「なにか気になるものでも?」

声をかけたレフノールに、いやいや、とアーデライドが応じた。

「今なにかある、って話じゃなくてさ。

騎兵から聞いた、前に妖魔の足跡を見つけたってのはどのあたりかね、って」

「これから周囲は一通り調べるけど、どこから手を付けるか、っていう相談をね」

口の中のものを飲み込んだヴェロニカが付け加える。

なるほどね、と一度は頷いたレフノールだったが、すぐに別のことに気付いた。

「君が持ってるそれ、携帯糧食だよな?

軍のやつとはだいぶ違うようだが……」

「ん?

ああこれね、常宿にしてる冒険者の宿の女将さんが作ってくれるんだよ。

ナッツとかドライフルーツとかが入ってて甘いの。

軍の、ってか普通に出回ってるやつって味気がなさすぎて辛いんだよねー」

「値はちょっと張るけどね。まあ、仕事の最中って食べるくらいしか楽しみがなくてさ」

ヴェロニカの返答をアーデライドが補う。

「そうだよな、どうせ食うなら美味い方がいいよな……」

味気がなさすぎて辛い、と評されたビスケットを口に入れて水でどうにか流し込み、レフノールはため息をついた。

「今度、宿を教えてくれ。俺も美味い携帯糧食が食べたい」

「切実だね、中尉さん」

ヴェロニカがくすくすと笑う。

「何とでも言ってくれ、俺たちだってこういうときは食うくらいしか楽しみがないんだ。

官給品の携帯糧食、君も知ってるだろうが凄まじい代物だからな」

官給品はねえ、とアーデライドが苦笑する。話の間に、大休止の四半刻は過ぎようとしていた。

さて、と外套についたビスケットの屑を払って、レフノールは気分を切り替える。

「念のための確認なんだが、この近辺に妖魔はいないんだよな?」

「そうだね、中尉さん、今のところは、だけど」

「ああ、今のところ、で構わない。

捜索は君らに任せる。何かあったら報せてくれ。俺たちはまずここを整える。

今夜の寝床を作らないといかん」

了解、とアーデライドが頷くのを確かめて、レフノールは部下たちのもとへ戻った。

レフノールに気付いたリディアが立ち上がる。

「少尉、君も食事は摂れたか?」

「はい、大丈夫です。

隊長は、彼女たちとは何を……?」

「ああ、大したことじゃない。

今後の彼女たちの予定と、それから携帯糧食の話をね。

アンバレスの冒険者の宿で作っているやつがあるそうだ」

ふ、と息をついて、リディアが小さく笑う。

「お腹は膨れますけれども」

味や食感について触れないのはリディアなりの礼儀、ということのようだった。

「連中が食ってるやつは甘いと言っていたな。

ナッツやドライフルーツが入っているとか」

「本当ですか?」

身を乗り出すようにして食いつくリディアに、レフノールは少々意外な思いを抱いた。

「……気になるなら、あとで買い取るなりして分けて貰ったらどうだ?

売っている場所がわかるなら、アンバレスに戻ったときにでも買い込めばいいだろうし。

それに、何をどう使っているのかわかれば、軍でも調達できるかもしれん」

「そうですね、そうします」

真剣な表情で頷くリディアに、レフノールは曖昧に相槌を打ったのだった。

※ ※ ※ ※ ※

程なく、輜重隊の渡河の準備が始まった。

一旦南岸へ戻ろうとしたレフノールを、工兵の下士官が呼び止める。

レフノールは記憶を探る。たしか、マイエルという名の軍曹だった。

「どうした、マイエル軍曹?

何か問題でも?」

「いいえ、隊長殿、これから輜重の渡河かと思われますが」

「ああ」

それがどうかしたのか、とレフノールは頷いて先を促す。

「濡れてはまずいものは、川にロープを渡しますので、それを使って運ぶことができるようになります、と」

「その、もう張ってあるそれでなくてか?」

レフノールが手で示したのは、川に渡されたロープ――つい先ほど、工兵たち自身がそれを使って渡ってきたロープだ。

「いいえ、隊長殿、そちらではありません。

その、上に張った奴に滑車をかけて――」

マイエル軍曹が説明するところによれば、滑車に鈎を取り付け、それに網やロープを掛けて、滑車自体を移動させることで荷だけを行き来させるのだという。

なるほどこいつがベイラムの言っていた工兵の細工、というやつか、とレフノールは納得した。

どのみち、輜重隊の第一陣では濡れて困るものを渡す気はなかったから、レフノールや対岸にいるベイラムにとっては大きな計画の修正にもならない。それに、例えば薬草の類やパンのように、水濡れを避ける必要があるものを安全に渡せるのであれば、それは大きな利点と言えた。

「時間は?

よほどかかるのか、それは?」

「はい、もうロープは渡してありますから、あとはあれをきちんと張って、滑車を取り付けるだけであります。時間としては半刻。かかっても、1刻は必要ないかと」

マイエル軍曹の返答に、レフノールはよし、と頷いた。

「ならば、そちらは貴官に任せる。

濡らさずに荷物を渡せるのならば重畳だ。しっかりやってくれ」

はっ、と答えて、軍曹が敬礼した。

隊長殿のお許しが出た、始めるぞ、と部下たちに声をかけ、早速仕事に取り掛かる。

それを見送ったレフノールにも、己の仕事があった。

来たときと同じように、慎重に川を渡り、南岸へと戻る。

彼はこれから、輜重隊の渡河の指揮を執らねばならないのだった。

※ ※ ※ ※ ※

レフノールは一旦南岸へ戻り、ベイラムと渡河の手順を確認する。

「荷は?」

「は、ご命令のとおりに。

通常の半分以下に減らしております」

うん、と頷いて、レフノールは北岸で聞いた話を持ち出した。

「工兵がやる細工とやらを聞いてきた。

滑車と鈎だの網だのを使って、荷だけを行き来させる仕掛けを作るそうだ」

ほう、とベイラムが唸る。

「今回運ぶ荷に支障はあるか?」

「ございません、隊長殿。

ご指示のとおり、第1便は濡らしても差支えのないものだけです」

「仕掛けを組むまでに半刻から1刻というところだそうだから、それまでに荷駄で運べるものはできるだけ運んでおこう。

あとは、工兵たちには、今夜の寝床も確保してもらわねばならん」

レフノールの言葉に、ベイラムは小さな苦笑で答えた。

「工兵連中はしばらく働きづめですな」

「……何もかもあの大佐が悪い」

毒を吐き出すように深いため息を吐き出しながら、レフノールが応じる。

――あの野郎が無茶を言い出さなければ今頃は。

「まったく仰るとおりで」

ベイラムが頷く。

とはいえ、目の前に積まれてしまった仕事が、それで減るわけでもない。

新任の隊長と古兵の下士官は顔を見合わせて、どちらからともなくため息をついた。

「愚痴を垂らしていても仕方がない、か。

ひとまず目の前のあれこれを片付けるとしよう。

曹長、渡河の準備は?」

「いつでも、隊長殿」

ベイラムの短い返答に、レフノールがよし、と応じた。

「順次渡河を始めろ。

先頭は俺、後尾は貴官。その他の順番は任せる」

はっ、と敬礼したベイラムが、大声で兵たちを呼び、河岸に整列させる。

ほどなく、レフノールを先頭に、荷駄の列が川を渡り始めた。