軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【21:指揮官会同】

その日の昼過ぎ。

レフノールのもとに、本隊がラーゼンに到着しはじめた、という報が入った。

指揮官会同は領主の館で、という予定だ。

「少尉、俺は指揮官会同へ出てくる。

何があるとも思えないが、留守を頼む。夕刻までには戻れるはずだ」

「はい、お任せください、隊長」

にこりと笑ったリディアが会釈する。

「曹長」

「はっ」

「本隊の連中を露営地に案内してやってくれ。

指揮官会同の場所を訊かれたら丘の上の領主の館だ、と」

「了解しました」

2人の部下に指示を出し、レフノールは領主の館へと向かう。

道中、グライスナー少佐と行き会った。

「中尉、そちらの調子はどうだ」

「悪くありません。

少尉はあのとおりですし、下士官兵もよく働いてくれております。

当初の予定通りであれば、兵站の役回りは問題なくこなせるかと」

「予定通りであれば、な」

まるでそうならないことを予見しているかのような口ぶりだった。

「やめてください少佐殿、縁起でもありません」

「いや、私自身、予定通りであればいいと思っているのだ。心から」

「ですから、そうはなるまいというようなことは口になさらず」

「呼ぶと来る、というやつか」

やれやれ、といった風情でグライスナー少佐が首を振る。

「ま、とにかく、蓋を開けてみなければわからない」

それはたしかに、事実としてその通りではあった。

それなりの規模で行われる妖魔討伐作戦の有様としてどうなのか、という疑問はあるのだが。

※ ※ ※ ※ ※

領主の館の、その会同の場になる広間は、まだがらんとしていた。

レフノールたちのほかには2人3人といったところだ。

大きなテーブルを囲む席は、誰がどこと特に指定されているわけではない。レフノールはなんとなく、末席のあたりを選んだ。

特にお近づきになりたい種類の上役ではないし、変に目立っても目を付けられるだけでいいことはない。グライスナー少佐も似たようなことを考えているらしく、レフノールのひとつ上座寄りの席についている。

誰か知り合いでもいれば話して時間を潰すのだろうが、生憎もともと派遣将校だったレフノールには、グライスナー少佐のほかにこれといった知り合いもない。

ちらほらと集まり始めた将校たちは思い思いに席を取り、小声で何やら話を始める者もある。

広間が低いさざめきで満たされてゆくその様が、兵学院時代の『偉い将軍の講話』の前の雰囲気に似ていた。

ふと、広間の入口の脇で直立不動の姿勢を崩さぬまま室内を見まわしている将校がレフノールの目に入った。

そういえば最初からあの場所にいたな、と思い出す。

年のころは壮年の終わりといったあたり、痩せて背が高く、灰色の髪を綺麗に撫で付けている。階級章は大尉。身に着けている服や大外套の仕立ては相当にいい。おそらく腕も評判もいい仕立屋であつらえたものだろう。

誰と言葉を交わすでもなく、無感動な表情でただ広間に集まる将校たちを眺めている。

「あの大尉はご存知ですか、少佐殿。あの入口のところの」

問いかけるレフノールの視線を追ったグライスナー少佐が、ああ、と頷いた。

「ああ、大佐の副官だよ。なんといったかな、たしか大佐のところの本家から付けられた陪臣で、ずっとあの大佐の下についているようだが。

切れ者という評判だ。実際優秀だし、あの大佐があそこまで行けた理由の何割かは彼によるところだろう」

見た目の印象通り、ということらしい。優秀なのに大尉止まりというのはおそらく、大佐の副官として軍に入れられたから、という理由だろう。

「大貴族の下につくというのもそれはそれで大変だな」

レフノールの考えを見透かしたようにグライスナー少佐が言う。

「分家筋とはいえ、ランバール侯爵家の係累ともなれば、まあ、そうでしょうね」

レフノールがそう返したところで、かん、と踵を打ち鳴らす音がした。

今まさに話題にしていたその大尉だった。

「第2軍団分遣隊司令、ブルフォーン子爵、マクシミリアン・カウニッツ大佐殿、御入室!」

よく響く声が告げる。

座っていた将校が立ち上がり、立ち話をしていた将校は姿勢を正して敬礼した。

入口から2人の将校が入ってきた。ひとりは大佐、もうひとりは中佐。分遣隊の司令と副司令だ。

司令の方は大柄で堂々たる体躯の持ち主。どことなく押しの強そうな顔に見えるのは、そういう情報と先入観があるからだろう。

副司令は中背で細身の、いかにもな参謀タイプの将校だ。目の下にうっすらと隈が浮いている。よく見ると顔立ちは痩せているというよりやつれているような印象もあった。

――あの大佐が世評どおりの人物であれば、苦労しているに違いない。

大佐がテーブルの端に立って答礼し、手を下ろす。その場の将校全員がそれに倣った。

副官がさりげない動作で近付き、椅子を引く。大佐が頷いて座ると、続いて全員が腰を下ろした。

ばさばさと大きな音を立てて、従卒がテーブルに大型の地図を広げてゆく。

「ただいまから、今次妖魔討伐作戦に係る指揮官会同を行います。

まず、小官、ハイネマン大尉から作戦の概要を御説明いたします」

地図が広げられたところで、副官――ハイネマン大尉が口を開いた。

ハイネマン大尉が淀みない調子で作戦の概要――作戦の目的、部隊規模、想定される敵などを説明してゆく。無論全員が知っていることだが、このあたりはある種の儀式とも言えるものなので誰も何も言わない。

「――本作戦の概要は以上であります。

続いて、当地域の概況について、先遣隊指揮官、グライスナー少佐」

「はっ」

立ち上がったグライスナー少佐が地図の傍らに寄った。

「先遣隊はこれまで作戦地域の偵察を行い、小規模な妖魔の集団をいくつか討伐しております。

位置は――」

言いながら、地図の上の何点かを指し示す。

「規模は最大のもので50内外、大半は20から30程度の小規模な集団でした。

現状、これらの集団はすべて討伐済みであり、脅威は排除されております。

これら以外にこの川――アルムダール川の南岸には、妖魔の集団は確認できておりません。

川のこちら側、南岸には大規模な妖魔の集団は存在しないものと推測されます。

ただし、北岸には中規模ないし大規模の集団があるかと。河岸で妖魔の痕跡が確認されております」

居並ぶ将校の顔に驚きの色はない。グライスナー少佐は、小まめに報告を送っていた、ということなのだろう。

そうであればこのあたりの情報も先刻御承知、といったところだ。

「見落とした、ということは考えられるか?」

面白くもなさそうに大佐が口を挟む。

――偵察任務に当たった指揮官を前にその言いぐさはないだろうよ。

見落としたことに気付いているのであればそれは見落としではないし、絶対に確実ですと断言することもできない。偵察というのはそもそもそういうものなのだ。

「妖魔がその存在の痕跡を残す広さは、概ね集団の規模に比例します。

先遣隊は、川の南岸、砦から1日行程の距離を、中規模集団を想定して捜索いたしました。

見落とした可能性が皆無とまでは申せませんが、限りなく低いかと」

顔色を変えずにグライスナー少佐が応じる。

ふん、と大佐が鼻を鳴らした。

レフノールはこの大佐を嫌うことに決めた。

グライスナー少佐が一礼して席へと戻る。

「では司令、」

ひとつ咳払いをしてハイネマン大尉が促す。

「先遣隊の偵察の結果を踏まえて、今次作戦の方針のご指示を」

尊大に頷いた大佐が立ち上がり、地図に目を落とす。

「いま一度訊くがグライスナー少佐、貴官の偵察の情報に間違いはないのだな」

地図から上げた視線を向けながら、大佐が尋ねる。

ゆっくりと押し被せるような口調だった。

全員がグライスナー少佐に注目する。

「ございません、司令」

粘つくような大佐の視線を正面から受け止めて、グライスナー少佐は物怖じした様子もない。

あっさりした返答ではあったが、目つきが険しくなっているのはレフノールの気のせいだけではなさそうだった。

「ならば決まりだ」

どん、とテーブルを叩き、大佐が宣言した。

「我々はアルムダール川を渡河し、北岸に存在が推定される妖魔の集団を叩く」

「ば」

レフノールの口から、思わず声が漏れた。

馬鹿な、という台詞の後半を、どうにか嚙み潰した結果だった。

幸いなことにと言うべきか、思わず出た声は周囲のどよめきに紛れてそのまま消えた。

副司令はじめ本隊付きの将校たちも呆気に取られた表情をしている。

根回しなしの思いつき、ということであるらしかった。

馬鹿にするような言葉を浴びせられた折でさえ表情を変えなかったグライスナー少佐まで、唖然としている。

平然としているのはハイネマン大尉くらいのものだった。

「偵察と兵站から何か御意見は」

その大尉が、グライスナー少佐とレフノールを均等に見ながら発言を促す。

真っ先に反対意見が出そうなところを指名するあたり、本心ではこの副官も大佐に賛同しているわけではないのかもしれなかった。

レフノールと視線を交わしたグライスナー少佐が、小さく頷いて立ち上がる。

「さきにご報告したとおり、先遣隊の偵察はアルムダール川までしか行っておりません。

北岸、特に河岸から離れた領域については情報が不足しております」

「兵站からも」

グライスナー少佐の懸念についてなにか口を挟もうとしたのか、口を開きかけた大佐に気付かなかったふりをして手を挙げ、レフノールも立ち上がる。

「兵站の準備はあくまでもアルムダール川南岸を行動範囲とする想定に基づくものです。

渡河の準備、渡河後に利用すべき拠点の確保、それらの準備期間に分遣隊が消費する糧秣、そういったものの用意がありません」

居並ぶ指揮官たちを見まわしながら言う。小さなざわめきが生まれた。不満や非難の色合いはない――雰囲気としては、おおよその同意、というところのようだ。

大佐があからさまに不機嫌な表情になった。

同時に、副司令の顔色が悪くなる。

「だから何だと言うのだ」

不機嫌さを隠そうともしない態度で大佐が言った。

「端的に申し上げて危険です。

情報も準備もなく敵地に踏み込んでも、勝利はおぼつきません」

上役の不機嫌が怖くて兵站などやっていられるか、と腹を括って、レフノールが応じる。

「危険? 危険だと?」

大佐の声のトーンが上がる。

「危険が何だと言うのだ。将校が危険を恐れるのか?」

「――そういうことを」

言いたいのではありません、という台詞を、レフノールは言わせてはもらえなかった。

「誇りある!」

「王国陸軍の将校が!」

「妖魔ごときのもたらす危険を!」

言葉を区切るごとに、大佐がテーブルを拳で叩く。

ばん、ばん、ばん、と3度続けて激しい音がした。

副司令はそのたびにびくりと身体を硬直させている。

レフノールにも、普段から相当やられているのだなこれは、と察せられてしまった。

「――恐れるというのか?」

そんなわけはあるまい、と言いたいのだろう。

大柄な大佐が、脅しつけるような態度で広間に居並ぶ将校を眺め回す。

「小官が恐れるのは無用の危険であります、大佐殿」

――上役の不機嫌が怖くて兵站などやっていられるか。

意図的に丁寧な発音で、ゆっくりとレフノールは言った。

「危険に有用も無用もあるものか。軍人が危険を引き受けずして何とする」

「任務に基づく危険であれば、まさに、大佐殿。

分遣隊の任務は砦とラーゼン子爵領周辺の妖魔討伐及び安全確保でありますが」

渡河まで任務に含まれちゃいないだろう、と言外に伝える。

「そのとおり、ラーゼン子爵領『周辺』だ。

小官は与えられた任務をそのように解釈している」

「しかし、我々の状況がそれで変わるわけではありません」

「中尉、中尉」

芝居がかった仕草で手を広げ、首を振りながら大佐が言う。

「まだ理解できんのか?

これは好機なのだ。敵がおらぬのであれば機に応じて前進し、後方の安全を確保する。

そして、妖魔を討伐することこそが分遣隊に与えられた任務の本分だ。

そうであれば敵を求め、これを討つことになんの不足がある?

準備がどう、偵察の状況がどう、そのようなことで戦機を逸すれば、後日悔いても遅いのだ」

レフノールにとっては、理解したくもない話だった。

――これが『果断にして強固な意志の持ち主』というやつなのか。畜生め。

戦機というのは適切な準備をして待つからこそ戦機になる。

不用意に踏み込めば何が待っているか、将校教育ではそこを叩き込まれるのだ。そうだというのにこの大佐は。

ともかく、レフノールには、味方殺しに加担する気もなければこんな上官の下で死ぬような思いをする気もなかった。

「「いずれにせよ」」

どういった偶然か、レフノールと大佐の声が揃う。

――兵站と情報を軽んじる者が勝てたためしなどありません。

レフノールが継ごうとした言葉は、どん、という大きな音と足の激痛に遮られた。

隣で立ち上がりざま、グライスナー少佐がレフノールの足を踏み抜いていた。音は同時に倒れた椅子の音のように聞こえたかもしれない。

「失礼を、大佐殿」

声も出せなくなっているレフノールにちらりと視線をくれて、グライスナー少佐がにこやかに言った。

「中尉は中央から派遣されて間がないのです。

軍団の流儀に慣れておらずとも責められるものではありません」

大佐がふん、と小馬鹿にしたように息をつく。

「そういうことでは仕方がないな。中央で書類に向かうことしか知らぬ兵站風情の青二才とあっては、前線の現実を知らずとも責められん。

ああ、なにか言おうとしていたようだったが、中尉?」

いまだ踏まれたままの足の痛みを堪えるために歯を食いしばっていたレフノールだったが、ひとまずこの大佐を、心の中の「いつか殺すリスト」の筆頭に置くことに決めた。

「いずれにせよご命令であれば従います、という話です。

そうだな、中尉?」

これ以上何も言うなよ、と視線で釘を刺しながら、グライスナー少佐がレフノールに代わって答える。

仕方なくレフノールも頷いた。

自分だけが処罰されるならまだしも、グライスナー少佐の顔まで潰すわけにもいかない。

言葉を出せずにいる間に、頭に上った血もだいぶ引いていた。

「――いずれにせよ、小官の構想をもって分遣隊の行動方針とする。

他に何かあるか?」

反論を封殺して機嫌が良くなったものか、鷹揚な態度を取り戻して大佐が言った。

案の定と言うべきか、敢えて手を挙げる将校はいなかった。

「よろしい、各部指揮官はさきに示した方針に沿って行動せよ。

移動開始は明朝」

言うだけ言ってしまうと、大佐は席を立った。

「総員起立、敬礼!」

ハイネマン大尉の号令に従って、全員が立ち上がり、敬礼して大佐を見送る。

指揮官会同はそのまま終了した。集まった将校たちがばらばらと広間を出てゆく。

徒労感と足の痛みだけが残り、レフノールは椅子にへたり込んだ。

「ヴァルデマール!」

部屋の外から大佐の声が響く。

「はっ!」

背筋を伸ばして答えたのは副官――ハイネマン大尉だった。

――そうか、そういう名なのか。そしてそう呼ぶのか。

レフノールは改めて、ため息をつきたい気分になった。

階級でも役職でもなく、名を呼び捨てるのは、よほど親しい間柄でもなければ、おおよそ主人の使用人に対する態度と変わらない。

侯爵家の手回しで付けられた副官であれば、実態としては使用人に近いということなのかもしれないが、公の場で取る態度ではなかった。

広間を出ていく副官が、ちらりとレフノールに視線を送って会釈する。

――もしかしたら、あの副官殿に同情されていたのかもしれない。