軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【18:射撃教練】

レフノールが部屋に戻ると、リディアが蝋板に何やら書き込みながら算盤をいじっていた。

「隊長、いかがでしたか?」

立ち上がろうとするのを、そのままでいいよ、と手で制する。

「無事、引き受けてもらえることになった。

明日は朝から射撃の教練だな。今こちらにいる小隊の総員を3組に分けてやることになる。

俺も君も午前に済ませてしまおう。午後は砦からグライスナー少佐が来られるだろうから」

「指揮官会同は明後日の予定と伺っていますが……」

「ああ、明後日の午後だ。しかし砦からは君も知ってのとおり、半日少々はかかるからな。

明後日の午後に確実に着くなら途中の村で泊まるか、明日のうちにここへ来てしまうか」

「確かに少佐ならば、途中で泊まるよりは明日のうちにおいでになる方を選ばれそうです」

「俺としても、前線の状況を先に聞けるならその方が有難い。

そういうわけだから、明日の午後は空けておくことにする」

「はい」

「人数は聞いていないが、多くとも5人を超えることはないだろう」

「少佐ご本人、将校か下士官が他に1人、護衛にあと1人か2人」

少尉が指を折って数える。

「まあそんなところだろう。実際的な性格の方のようだから」

「はい、こういったときにあまり大人数で動くことは好まれないかと」

「で、グライスナー少佐は明日明後日とこの村に逗留する」

「はい」

「君の部屋、たしかベッドは2つあったよな。

悪いが少佐と相部屋にしてくれないか。無理なら俺の部屋を空けるが」

「え、いいえ、悪くなど」

「そのあたり、少佐は気にされるかな」

「いいえ、お気になさるような方ではありませんし……それに、我が侭を言って隊長を追いだしたりしたら少佐に叱られてしまいます」

それはたしかにそうかもしれない、と思いながら、レフノールは頷いた。

「――あ」

「それは駄目だ」

何かを思いついたらしいリディアが口を開く前に、被せるようにして遮る。

「いや、聞きもせずに済まないが、たぶん駄目だ。

俺が少佐に叱られるようなことになるやつじゃないか?」

リディアを露営地に戻すか、あるいはリディアとレフノールが相部屋か、いずれにしてもレフノールがグライスナー少佐に叱られることになるだろう案だった。

前者ならグライスナー少佐に気遣いをするあまりリディアを追い出したことになるし、後者はもう言うまでもない。

――これは、後者だったのかもしれない。

リディアが顔を赤くして俯いたのを眺めながら、レフノールは思う。

箱入りというわけでもなかろうに、この距離感の危うさは一体どういうことなのか。

レフノールとて常時自制心を働かせているわけではない。このままではいつか間違いが起こりそうで、それが恐ろしかった。

なにが困るといって、レフノールとしては何も困るところがないのが困るのだ。

「――個室がもう少しあればこういうことで悩まなくて済むわけだが、まあ、ないものねだりだな」

ひとつ咳払いをして強引に話題を変える。

大きな街の、例えばアンバレスや王都の旅籠とは違うのだ。

辺境の村の小さな宿に、ちょうどいい大きさの部屋があるというだけで有難い話ではあった。

「大きな街というわけでもありませんからね」

リディアも話に乗ってきて、レフノールは少なからず安堵した。

こんなことで気まずくなりたくはなかった。

「ともかく、明日と明後日はそのような心づもりでいてくれ」

「はい、隊長」

※ ※ ※ ※ ※

明けて翌日。

茹でたソーセージとパン、根菜のスープで朝食を済ませ、レフノールとリディアは村外れの牧草地へ出向いた。

作業の邪魔にならない場所に的が設えられており、数十歩離れたあたりに10と少しの木箱が並べられ、その上に1つずつクロスボウが置かれていた。

即席の射撃訓練場としてはなかなかのものだった。

兵たちは既に集まり、訓練が始まるのを待っている。

ほどなく教官役のアーデライドとヴェロニカも姿を現した。

ちらりと視線を送ってきたベイラムに、レフノールが頷く。

兵たちに向き直ったベイラムが大声を張り上げた。

「教練の開始に当たり隊長殿からお言葉をいただく! 傾注!」

皆が姿勢を正してレフノールたちに注目する。

正直なところ、こういう場はあまり得意でも好みでもなかった。

「皆、ご苦労。楽にしてくれ。

曹長から聞いていることと思うが、我が隊は射撃用の武器としてクロスボウを入手した。

無論、入手しただけでは戦力にならない――訓練が必要だ。

そこで本日は、クロスボウの扱いに慣れている冒険者に教えを乞うこととした。

アーデライド嬢とヴェロニカ嬢だ」

レフノールが紹介すると、アーデライドとヴェロニカがそれぞれ兵たちに軽く会釈した。

「両名とも、訓練の間は下士官待遇とする。

曹長に対するものと同じく敬意をもって接しろ。

俺からは以上だ」

言い終えると、アーデライドが前に出てクロスボウを手に取った。

「アーデライドです。よろしく頼みます。

皆さんがこれから扱うクロスボウは射程がおよそ100歩――飛ばすだけなら200歩以上は飛びますが、狙って当てられるのはその半分といったところです。

通常の弓と違い、二の矢を射つのに時間がかかりますが、威力は弓よりも高く、射つ際には引金を引くのみであるため、命中率も高いと言われます。

また、弓兵の訓練には時間がかかる、と言われますが、クロスボウはそれに当てはまりません。

筋のいい素人が数日間もみっちり訓練すれば、一人前の射手になることができます。

無論、ここで数日の訓練をすることはできませんが、一通りの扱いを覚えてください、というところですね」

酒場ではざっくばらんな口調で喋っていたアーデライドだが、仕事となるとこういった話し方もできるらしい。力むでなく、物怖じするでもなく、場慣れしていると感じさせる口調だった。

「隊長、なんというか――変わるものですね」

隣に立っていたリディアが顔を寄せて小声で言う。

アーデライドの話しぶりのことを言っていた。

「どちらが素なのか知らないが、大した役者だよ。

こういう場に慣れているのかもしれないな」

レフノールも小声で応じる。

下士官待遇とはいえ、いきなり命令口調では兵の反発もあるかもしれない。かといって、普段の口調そのままでも兵たちには受け入れられにくいこともあるだろう。

そのあたりを計算に入れているのだとすれば、まさに大した役者と言えた。

その口調のままに、アーデライドは淡々と、構え方、狙い方、再装填の仕方などを教えてゆく。

ヴェロニカはその隣でアーデライドが説明したことを実演し、あるいは2人で手分けをして、兵の動きを修正する。

うまくやっている兵がいれば褒め、皆の前で実演させて手本とする。

兵たちの間でも互いに助言やちょっとしたコツのようなものが交わされ、なかなかの活況となった。

半刻少々の時間は到底十分とは言えないが、教え方の良さもあって兵たちは一通り使い方を覚えることができたようだった。

――あとは時間をかければ相応の水準には達するだろう。

もう数日訓練のための時間を取り、その段階で射手を決める。

あとは射手を中心にクロスボウの射撃を組み込んだ戦術を整えればいいはずだ。

レフノールの訓練結果は可もなし不可もなしといったところだったが、リディアは出色の出来だった。勘所を飲み込むのが早いのか、2射目で太矢が的に当たり、5回と射ぬ間に的の中央を射抜いていた。

「彼女は筋がいいね、中尉」

レフノールがぼんやりとその様子を眺めていると、いつの間にか隣に立っていたアーデライドが言った。

「やはりそうか」

「器用で素直で飲み込みが早い。この間話した感じだと頭の回転も速いしね。

軍を辞めて娑婆に来るなら冒険者になることを勧めたいくらいだよ」

「辞められちゃ困る。誘ってくれるなよ、ここの仕事が破滅しちまう」

「誘っても来やしないって、今は」

傍で聞いていたヴェロニカが割って入る。

「そうだといいな。まあ、熱心にやってくれているとは思うが。

仕事が楽しい時期というのもあるんだろう」

「熱心なの、たぶん仕事が楽しいとかそういうのだけが原因じゃないと思うけどね、中尉さん」

「……そういうものかな」

幾分曖昧に、レフノールが応じる。

行きがかり上とはいえ、副長という立ち位置に就いてしまっているのだから、確かにそういう部分はあるのかもしれなかった。生真面目な性格を考えれば、楽しいかどうかという話ではないのだろう。

「まあ、彼女の性格だと、立場に見合う仕事をしたい、という話かもしれないが」

レフノールの言葉に、アーデライドとヴェロニカが視線を交わして、黙ったまま肩をすくめた。