軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

【19:準備】

リディアと部下たちが無事に撤退してきたことで、実質的に使える兵の数は倍以上になった。何をするにも兵の数は重要だ。反撃するのであればそれは戦力そのものであるし、例えば橋を落として時間を稼ぐにしても人の手は多い方がいい。

そこまで考えて、レフノールはひとつため息をついた。本来、兵站を担当する自分が、前線で気にするような話ではない。今更すぎる悩みと言ってよいが、当人にとっては切実な話でもあった。

「ともかく、君の素早い撤収のおかげで、俺たちは安心して次の手を打てる。全員無事と聞いているが」

「はい、皆、怪我もなく。――戦っておりませんから」

気を取り直して確認したレフノールに、リディアが小さく笑って答える。

「それが重要だ。囲まれる前に動いてくれたから、皆、無事でいられる。君のところで千以上、北の砦にも同じような数……とすると、砦ふたつを落としてそれで済ませる、という話でもなさそうだ」

「エディルも、あるいはアトノスやパトルスまで……?」

「連中に聞いてみなければわからんがね」

肩をすくめた軽口で、レフノールが応じる。実際のところ、敵の目的はまだわからない。だが、目的に応じて必要な軍勢の規模というものはあり、見えている敵の規模は相当に大きい。目的が実戦を通じた練兵にある、というような話でないならば、規模に相応の目的を持っているはずだった。

「――そういうわけだ。エディルで食い止めるにせよ、支度を整える時間や援軍が来るまでの時間はどこかで稼いでおく必要がある。であれば、このあたりで一度当たっておこう、という話だな」

「橋を落としては」

「無論、それもやる。だが、抵抗されないとわかっていて進軍するのと、どこで何を仕掛けてくるかわからない状態で進軍するのとでは、足の速さが変わるはずだ」

たしかに、とリディアが頷く。戦力を削り、敵に緊張と警戒を強いて行き足を鈍らせ、橋を落として更に時間を稼ぐ。実現できれば、初動の対応としては最良のものと言えるだろう。

「しかし大尉、どのようにして……?」

「君のところの打撃歩兵を半分貸してくれ。彼らをそこにこう並べて、うちの兵と打撃歩兵の半分はここ、戦列歩兵はこことここ。君はこっち、俺はここで陣頭指揮の態で。あとは敵をこう釣って――」

簡略に説明したレフノールに、ベイラムがなるほど、と頷いた。

「少数であっても、これなら十分にやれるでしょうな」

「貴官は中尉の補佐だ。射撃の指示には慣れているだろう?」

「やらせていただけるのであれば、喜んで。失礼ですが、大尉殿、兵たちの練度は?」

「例の川越えをしたときと同程度。もう少しはマシかもしれんが、まあ、あまり期待はしてくれるな」

「十分でしょう。あのときよりは状況がいい。場所も」

「だといいな。では頼む」

「はっ!」

背筋を伸ばして敬礼したベイラムにいい加減な答礼を返し、レフノールはリディアに向き直った。

「中尉、君はヴェロニカと組んで好きに 射(う) て。狙う優先順位はわかるな?」

「指揮する者、混乱を収めようとする者、反撃を試みる者」

少数で多数を迎え撃つならば、敵を混乱させ、そして混乱させ続ける必要がある。指揮系統を絶ち、周囲を混乱から回復させ得る者を倒し、反撃の芽を摘んでゆく。リディアの答えは目的と定跡に沿ったものと言えた。

「よろしい。連中にもおそらく弓兵はいる。位置で有利は取れるだろうが、狙われる位置に兵たちを置くな。君自身もだ」

「はい」

「難しいかもしれないが、俺がそっちへ行くまでは、君は周囲にも目を配ってくれ。射撃よりもそちらがまず優先だ」

「了解しました」

話すべきことを話し終えて、レフノールはぱん、と手を打った。

「作戦会議はここまでだ。小休止が終わるまで、君たちも一息入れろ。それが済んだら――」

「戦争ですな」

ベイラムが、レフノールの言葉を引き取る。戦場で隣にいてほしい先任下士官をそのまま具現化したような、獰猛な笑みを浮かべていた。

※ ※ ※ ※ ※

レフノール自身は、まだ休むわけにいかなかった。あれこれとやるべきことが残っている――というよりも、時間さえ許すのならばいくらでもやるべきことはある。現実には、レフノールに与えられた時間はそう長いものではなかった。敵が姿を見せる前までに何ができるかを考え、重要なことから順に片付けてゆかねばならない。

レフノールはそれを片付けるために、輜重隊の軍曹を呼んだ。

「4人ばかり、若い兵を集めてくれ。馭者がやれるやつを含めて。ここの後方……そうだな、半刻行程以上離れた場所で、同じような地形を見繕って、同じような陣地をこしらえておくように。取りまとめは貴官だ」

「は。もう一度反撃できるように、ということでありますか?」

「察しがいいな、そのとおりだ。ただし、作るのは西側だけでいい。必要な道具は馬車に積んで持って行け。残す馬車は街道上に停めたそのままでいい。方向転換はあとで俺たちが……というよりは、あの魔術師殿のゴーレムがやる」

「両脇を柵で固めるだけてよい、と?」

「ああ。後退のついでに、あの酒保業者も連れていってやってくれ。荷はいくらか馬車に積んでやっても構わない。途中で行き倒れられても寝覚めが悪いからな」

たしかに、と苦笑気味に軍曹が笑う。あくまでも軍としての行動に支障が出ない範囲で、ということであれば、付き合いのある酒保業者に手を差し伸べるのは、軍曹としても反対するところではなかった。

「陣地の完成後は」

「そのままエディルまで後退。駐留している中隊を通して、領主に現況を報せておいてくれ。領民の避難も必要になるだろうから。詳報は追って俺が入れる。夕暮れまでに何の連絡もなければ、何か事故があったものと思って行動しろ」

「念のため、ということでしょうが、そうはならんと思っとります」

「だといいがな。ともかく、下がる連中のことは任せる。それから、気の利く兵をふたり選べ。そのふたりは歩哨として前に置く」

「目と勘のいい兵を選びます」

「頼んだ。俺たちはここで時間を稼いで、橋を落としながら戻るよ」

軍曹が呆れたような表情でレフノールを見やり、踵を合わせて敬礼した。レフノールの口調は、唐突に戦闘に巻き込まれた兵站将校のそれではなかった。戦意に満ちた野戦将校の口調ですらない。『ここでの仕事が終わったら、ちょっと野暮用を済ませて帰るよ』とでも言うような、平静に過ぎる口調だった。