軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

さようなら初恋

——二ヶ月前まで婚約者だったエドウィン・ローレンス伯爵令息は、わたしの初恋だった。

エドウィンさまには八年前、兄の遊び友達の一人として、両親から引き合わされた。

エドウィンさまのローレンス伯爵家と、わたしと兄の生家、フィールズ伯爵家は以前から仕事上の付き合いがあった。そして、たまたま同じ年に両家で息子が生まれた。それがエドウィンさまと兄だ。

それならばと、両親たちの間で「同じ年なら子供同士で交流を持たせてみよう」ということになったらしい。

けれどマイペースで研究者肌の兄と、体を動かすのが好きなエドウィンさまは、お互いタイプが違いすぎた。

最終的には、会えばそれなりに話すけれど、友人というには少し距離が遠い、そんな関係に落ち着いていた。

それよりも、小さい頃はお転婆で落ち着きがなかったわたしの方が、エドウィンさまによく懐いた。

兄はいつも本を読むのに夢中で、あまり遊んでくれなかったから、会うたびに一緒に遊んでいるエドウィンさまが大好きだった。

そんなエドウィンさまとわたしを見て、両親たちは「こんなに仲が良いのなら」と、わたしたちを婚約させることを決めた。

エドウィンさまが十二歳、わたしが十歳の時だった。

エドウィンさまは少し強引で、言い出したら引かないところがあったけれど、一緒にいる時はいつも優しかった。

剣術が上手くて、「将来は伯爵領を継ぐ前に、王立騎士団で剣の腕を生かしたい」とライトブラウンの目をキラキラさせながら話してくれた。

嫁ぎ先のローレンス伯爵家の人たちも優しくて、エドウィンさまが出場する王都の剣術大会に一緒に応援に行ったこともあった。

そんなエドウィンさまが変わってしまったのは、王立学院の高等部に進学してからだったと思う。

中等部に通っていた時は、長期休暇のたびに必ずローレンス領へ帰って来ていたし、その足でわたしにも会いに来てくれた。会えない期間に手紙を送ると、少し遅れても必ず返事を返してくれていた。

それが高等部に進学して、第二王子のご学友として側に仕えることになったという知らせとともに、ほとんどローレンス伯爵領にも帰って来なくなって。

領地に戻ってきた時も、わたしとは会わないまま学院へ戻ってしまうことが増えた。

わたしも、エドウィンさまや兄のように、王立学院に入学すれば良かったのかもしれない。

だけど、数年前から王立学院に入学する貴族令嬢は減っていて、婚約者がいないか、婚約者がいても王都で暮らす予定のある令嬢だけが通うようになっていた。

だから、わたしみたいに婚約者がいて、婚姻後は夫の領地で一緒に暮らすことが決まっている令嬢は、王立学院よりも女学院へ進むのが普通だった。

エドウィンさまがローレンス領に帰って来ないこと、わたしに会いに来てくれないことを、同じ王立学院に通っている兄にそれとなく聞いてみたことはある。

けれど、エドウィンさまは騎士科、兄は研究科で、校舎の場所が離れていることもあって、あまり情報が入って来ないらしい。

それでも兄は「調べてみようか」と言ってくれたけれど、わたしはその申し出を断っていた。

今思えば、怖かったのだと思う。

変わっていくエドウィンさまも、わたしの知らないエドウィンさまが何をしているのかを知ることも。

そんな状態が二年以上続いたまま、エドウィンさまは王立学院高等科の三年生、わたしは女学院の高等科一年生になっていた。

「リディ、お前との婚約は破棄するから」

それは、忘れられない二ヶ月前の夏の日。

半年ぶりにフィールズ伯爵領を訪れたエドウィンさまは、出迎えたわたしへ、そのまま婚約破棄を宣言した。

「王都で好きな人ができたんだ。もし彼女と結ばれなくても、その時は王家に仕えて一生を捧げるつもりだ。だからお前とは結婚しない」

エドウィンさまにそう告げられた瞬間、目の前が真っ暗になった。体が震えて、ちゃんと息が出来ていたのかも覚えていない。

そのあとは、ただ流されるままだったと思う。

エドウィンさまはご両親へも婚約破棄の意向を伝えていなかったらしく、真っ青な顔をしてローレンス伯爵家の人たちがフィールズ家へやってきた。

そして、ひと月をかけて行われた両家の長い話し合いの末、エドウィンさまとわたしの婚約は解消された。

破棄としなかったのは、母の強い希望によるもので、わたしの新しい縁談を探す時の評判を下げないためだという。

解消でも破棄でも、エドウィンさまと一緒にいられなくなるのは変わらないのに、世間的にどう見られるかが違うらしい。

……婚約が決まったあの日から、ずっとエドウィンさまと一緒だと思っていた。

なかなか会えないのは学院生活が忙しいからで、二歳年下のわたしが女学院を卒業したら婚姻して、未来のローレンス伯爵と伯爵夫人として、一緒にローレンス領を支えていくのだと。

けれど、それはわたしの独りよがりの気持ちでしかなくて。エドウィンさまは知らないうちに、わたしじゃない人を好きになっていて。

交流会で初めて見た、エドウィンさまの誰かを思う愛しそうな顔。わたしには向けられたことのない熱のこもった視線。

エドウィンさまにとってのわたしは、ただの年下の幼馴染で、親の決めた婚約者でしかなかったのだと、現実を突きつけられた。

あの時。辛すぎて相手の方の顔を見ることも出来ずにその場を離れたけれど、きっとわたしより、ずっとずっと素敵な方なのだろう。

――例えば第二王子の婚約者で「完璧な淑女に最も近い令嬢」と言われている、シンシア・バスター公爵令嬢のような。