軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

マクシーネのスパイス店(2)

エーレンフロイト家の料理人、セナの作ってくれる料理はだいたいおいしいのだが、スープだけはイマイチと思っていた。

アカデミーの寄宿舎で出るスープはイマヨンくらいなので、それに比べたらマシなのだけど、何せ日本に住んでいた頃はスプーン一杯入れるだけで味がキマる調味料とかのスープを飲んでいたのである。そんなスープと比べると、この世界のスープのクオリティーはやっぱり低い。

昆布や海苔を使ったら、そんなスープもずっとマシなものになるのではないだろうか!

何せ昆布は、旨味成分グルタミン酸含有率トップともいえる食材である。マッシュルームやトマトも、グルタミン酸を保有しているが、その量は昆布には遠く及ばない。

そして海苔は、旨味成分グルタミン酸、イノシン酸、グアニル酸の全てを含有した食材である。

これら海藻を使ったら、スープの味がアップデートするのは間違いない。しかも、海藻は鶏ガラや豚骨などと違って数十秒で出汁がとれる。という便利食材でもあるのである。

「ええ、ございますよ。ニコラ、持って来てくれる。」

「はい。」

と言って、店番をしていた女の子が奥へ入って行った。しばらくして、布に包まれた物を持って戻って来た。

中に包まれていたのは、日本のスーパーで普通に売られていそうな乾燥昆布だった。いや、文子が料理で使っていた昆布よりはるかに肉厚で高級そうだ。

「うわー、いい香り。これも売ってください。」

「かしこまりました。」

ニコラが昆布やアオサの粉を木の箱に詰めてくれ、マクシーネはエリーゼの前にいろいろな種類のハーブを並べ始めた。

私は店内にある他のスパイスも見て回った。これだけたくさんのスパイスがあるならば、カレーが作れそうだよね。

文子だった頃、週に一度はカレーを作って食べていたが、いつもルーから作っていたので、カレーがどういうスパイスを混ぜて作られるものなのかよくわからない。インターネットで検索できればと、こういう時にしみじみ思う。

くんくんと鼻をひくつかせていていると、懐かしい香りがあるガラス瓶から漂ってきた。緑色の植物の粉が入ったガラス瓶だ。

「いい香り。」

懐かしさに胸が熱くなった。

「それ、マクス姐さんと一緒に郊外の森に摘みに行ったんですよ。柔らかい新芽だけを集めて粉にしたんです。」

嬉しそうにニコラが言った。

「肉や魚の臭み消しになるんです。抗菌作用もあるし。香りは独特ですけど。でも、栄養もあるし。」

非常に熱心な売り込みようである。瓶の口までぎっしり入っているので、もしかしたらあまり売れていないのかもしれない。でも

「これも欲しいわ。」

と私は言った。

覗きこんだジークが

「うわ!薬草、って匂いだ。何に使うの?」

と聞いてきた。

「もちろん食べるんだよ。」

「何の料理に使うの?」

「お米の粉と混ぜて食べる。」

そう。私が今手に持っている粉は『ヨモギ』の粉だったのだ。

草餅の材料になるヨモギである。

文子が住んでいた児童養護施設では、年末と子供の日に、ボランティアの人達と一緒に杵と臼で餅をついていた。そして子供の日につく餅の半分には、茹でたヨモギを混ぜていたのだ。つきたてのお餅にあんこやきな粉をかけて食べるのが私は大好きだった。杵と臼が無いので餅をつく事はできないが、粉にしたもち米をこねてお団子を作る事はできるし、小豆あんは無理だけど、きな粉なら作り出す事ができるだろう。

ヨモギは確か、日本の在来種と聞いていたが、ヒンガリーラントの野山にも生えているとは驚いた。もしかして、大昔にプラントハンターが、この世界の日本によく似た風土の国に行って持って帰って来たのかもしれない。私の頭の中では今お父さんとお母さんと子供達の鯉のぼりが風にのって踊りまくっている。早く、ユリアの家に帰ってヨモギ餅を作りたい気分だ。

「それにしても。」

とエリーゼが口を開いた。

「高価なスパイスを、これだけ店の中に並べているなんて、この辺りは治安が良いのね。強盗とかが入ったりしないの?」

確かに。地球でも治安の悪い国だと、入り口に鉄格子みたいな柵を立てて、お客さんが欲しいと言った物を柵越しに取り引きするなんて光景をテレビで見た事がある。でも、この店も両隣の店も普通にドアがあってその側に窓があった。そして警備員みたいな人が立っているわけではない。治安が良くなければ、こんなふうにはできないだろう。

「黒珊瑚通りは特に治安が良いんですよ。道の入り口に騎士隊の詰め所があって奥は袋小路になっています。強盗が逃げ難い立地なので特に危険な思いをした事はありません。騎士の方々も巡回してくださいますし。」

とマクシーネが答えた。

「危険な地域とかもやっぱりあるの?」

「もちろんです。基本的に表通りから外れた裏通りは危険ですし、たとえ表通りでも夜に女性が一人で歩いては絶対いけません。ブルーダーシュタットは人の入れ替わりが多い街です。他の街で悪事を働いて、追い出されたり逃げて来たりした人というのもいたりするのです。」

「漆黒のサソリ団みたいに?」

と私は話をふってみた。

「そうですね。もしかしたら、どこかに潜伏しているのかもしれませんわ。」

「でもお、漆黒のサソリ団のおかげで私はここで働けてるんですけれど。」

とニコラが言った。

「えっ⁉︎」

「ニコラ!」

咎めるような声でマクシーネがニコラを軽く睨んだ。

「どういう事?」

と私は聞いた。私の後ろで、アーベラが軽く殺気を放っている。

「漆黒のサソリ団って、使用人や従業員に化けて、信頼された頃に仲間を引き入れてお店の人をミナゴロシにしちゃうんです。だからマクシーネ姐さんは、このお店を開く時、知らない人を雇い入れるのは不安だって言って、付き人だった私をお店から身請けしてここで雇ってくれたんです。」

「あ、そういう意味なんだ。」

「姐さんは人気者だったから付き人はいっぱいいたんだけど、私は不細工だし話も下手だし頭も良くないから『月の船』じゃ、とてもやっていけないからって言って、私を選んでくれたんです。私、バカだバカだって他のお姐さん達にいつも言われていたけれど、バカで良かったってその時ほんと思いました。」

良い話だ。と、ジーンとした。

別にニコラは不細工なわけじゃない。十人並みな顔だと思う。愛嬌もあるし、店員ができるくらいだから計算や基本の接客スキルは持っているはずだ。でも、残念ながら私と同様、体の一部分が絶壁だ。それにきっと、夜のお店で働くのには、多少の意地悪さやずる賢さが必要なのだろう。

「漆黒のサソリ団には、ブルーダーシュタットの人達は皆怯えています。とても残酷な集団という話ですから。海賊団への恐怖心が強すぎて、地方の街から出稼ぎに来た人は、仕事を見つけられなかったりするのですよ。皆、身元を証明できない人を雇いがらないんです。ブルーダーシュタットの景気は悪くないのに、働く場所がなくて、結局故郷へ戻ったり犯罪者に身を落とす人もいます。夢と希望を持って、街へやって来たのに仕事が無くて、苦界に身を落とした女の子達も何人も見てきました。本当に悔しいですわ。司法省でも海軍でもいいから、早く捕まえて欲しいです。」

マクシーネは悲しそうにそう言った。

犯罪者に物を盗まれる人、殺される人。その人達以外にも被害者はいるのだ。そう思うと、海賊達の事を許せないと思った。

ティアナ達は今いったいどうしているのだろう。Xデーは明後日だ。絶対に漆黒のサソリ団を捕まえて欲しいと思った。