作品タイトル不明
駆け落ちの真相(1)
「私の親族がどんな人達かは知ってる?」
と、ジークルーネに聞かれた。
「先代の侯爵様の娘さん達の影響力がすごいってのは、エリザベート様に聞きました。」
「そうなんだよねー。で、次女と、私の継母の三女は子供がいないのだけど、長女には19歳になるグレーティアって名前の娘がいて、ま、正直私なんかより遥かにこの家での存在感が強くて、向こうの方がよっぽど侯爵令嬢っぽいのだけど。」
ははは、とジークルーネは笑いながら、私達にソファーに座るよう勧めてくれた。私達が今いる部屋は、書斎のような部屋だった。
「何というかグレーティアは、頭とお尻に羽が生えたような人でね。結婚してないけど、すでに私生児が二人いる。」
・・・侯爵令嬢っぽい、か?そんな人。と侯爵令嬢である私は思うが、とりあえず話は最後まで聞こう。
「で、とても面食いなので、我が家の使用人の中でも顔が良い男は、まあだいたい一度以上は私室に引きずり込まれてて、使用人達もグレーティアのお気に入りになれたらまあいろいろ良い目も見れるから、むしろ喜んでいたのだよね。で、最近のグレーティアは兄上の従僕のギルベルトにご執心だったんだ。でもギルベルトは女性嫌いでね。だから、ギルベルトは断固としてお断りをしていたらしいんだよね。」
「ギルベルトさんというのは、私達が先日会った人でしょうか?」
「たぶんね。兄上の従僕は一人しかいないから。まあ、ギルベルトが女性嫌いなのも、仕方がない事なんだけど。ギルのお父さんは、ヒルデブラント領の領館で主治医をしててね。で、母親の方が、領にある薬科大学に留学していた他国の貴族の男と浮気して、駆け落ちしちゃったんだよ。それが原因でお父さんが自殺してしまって、天井からぶら下がっていた父親を一番最初にギルが発見したらしくって、だからギルはすごく母親を憎んでいるし、グレーティアみたいな女が世界で一番嫌いなの。」
それは、また、何というか、いろいろとコメントがしにくいので、とりあえず「聞いてますよー。」という証拠に赤ベコのように首をひたすら縦に振っておいた。
「で、まあグレーティアは相当プライドが傷ついたみたいで、腹いせに『ギルベルトにレイプされた。』って嘘をついて、ギルを地下牢に放り込んだんだ。・・あー、レイプって、意味わかるかなー。うーん、その。」
「大丈夫です。私も単語の意味は知ってますし、ユリアもジークルーネ様の叔母様が書いた『六花荘事件』を読んでるからわかっているはずです。」
「あ・・う、はい。」
とユリアはうなずいた。
「あ、だったら問題ないね。そう、それでギルに罪をなすりつけたんだけど。で、ヒンガリーラントって、周辺国に比べて性犯罪の罰が格段に重いんだよね。その昔に聖女エリカ様が、王族の命を救った時に『何でも願いを一つ叶えよう。欲しい物を何でも言うが良い。』と言われて『レイプ犯は須く死刑に処すべし。という法を作ってくれ。』と言ったらしくて。ま、当時は極端なくらい罰が軽かったらしいからね。別に私も、性犯罪者は死刑でいいと思うけど。でも性犯罪は証明が難しいし、逆に濡れ衣を着せられてもそれを晴らすのが難しい。特に、被害者が貴族で加害者が平民だったら無実を証明するのはほぼ不可能なんだ。」
「でも、『紅蓮の魔女』の事件以降は、領主であっても勝手に領民を死刑にしてはいけない、中央の司法省に報告し公正な裁判をしないといけないって、刑法が変わりましたよね。だったら・・。」
「そう、だから面倒な事を全部すっ飛ばす為に、ギルが牢内で自殺したって事にしてしまえってグレーティアは命令して、ギルは牢内でなぶり殺しにされる事になったの。」
「なったの・・って。いや、そんな。」
「それをどうにかできるほどの力は、お兄様には無くてね。せめて、苦しまずに逝けるよう、お兄様は地下牢に毒薬を持って行ったんだ。毒薬の原料になる植物だけは、無限に生えている家だから、うちは。で、ギルを死なせてあげて、お兄様は後を追うつもりだったみたい。
この家には、お兄様の側にいてくれる人はギルしかいなかったから。ギルのいない世界で生きていこうとは思えなかったのだと思う。」
そう言ってジークルーネは悲しそうに目を伏せた。
「お兄様の弱さを責めないであげて。」
もしかして、それが『心中事件』の真相?
あの二人は昨晩死んでしまったの?
そんな、まだ若くて、あんなに普通に、ただ普通に生きていた人達が。
「辛かったですね。」
私は涙がこぼれそうになった。
ジークレヒト様もギルベルトさんもどんなに辛かっただろう。そして、ジークルーネ様もどんなに辛いことか。
今はただ、ジークルーネ様の心に寄り添っていよう。
「辛かったですよね。何も出来なくて・・。」
「いや、斧で地下牢のカギ叩き壊したけど。」
「すみません。幻聴が空耳をツーステップで・・。」
「何を言っているか、わからないのだけど。」
「わかんないのは、私ですよ!何で何を壊したですって⁉︎」
「斧でカギ。」
「よく壊れましたね。」
私も大概、馬鹿力だと自分で思っているがそれ以上だ。
ヒルデブラント家の地下牢の防御力がどの程度なのかはわからないが、10代の女の子に壊せてしまうなんて脆すぎないか?
「我が家の庭に生えている笹という植物にはね。星の綺麗な日に、願い事を書いた紙や布を吊るすと願い事が叶うという言い伝えがあるんだ。久しぶりにお兄様と話をしようと思って家に戻って来たけれど、何を言えばいいのかわからなくて、せめてお兄様とギルの幸せを星に願おうと紙を用意したのだけど、その時にね。お父様と私の幸せを願ったお兄様の筆跡の紙を見つけて、嫌な予感がして願い事を書いた紙を放り投げてお兄様とギルを探してたら、こんな事になってて。で、とりあえずギルを逃がそうと地下牢でひと暴れしたわけ。」
「それで、ギルベルトさんは?」
「ヴァイスネーヴェルラントに亡命させた。私にも冤罪を晴らしてあげられるほどの力は無いから。とりあえず遠くへ逃してあげれば、、グレーティアも追いかけられないからね。話が広まったらまずいのはグレーティアの方だもの。レイプされたなんて噂がたったら困るのは自分だし、濡れ衣を着せようとしたなんてバレたら超白い目で見られるし。ヴァイスネーヴェルラントには、アレクサンドラ叔母様がいらっしゃるから、きっと力になってくださると思う。」
「えーと、こんな事を聞くと不愉快に思われるかもですけど・・ジークルーネ様は、ギルベルトさんが100%無実だと信じてらっしゃるんですよね。」
「200%信じてるよ。ギルがどういう人か、一族から冷遇されているお兄様にどれだけ誠実に尽くしてくれていたか私はよく知っている。グレーティアがどういう女かもよくわかってる。私にとって、ギルが無実である事は、明日の朝日が東から昇ってくるのと同じくらい間違いのない事だよ。それに一応、牢の番をしていた騎士達にも聞いたんだ。彼らも自分達のやっている事が間違っているとわかっていたからだろうね。ちょっと斧を振り回したら、聞いてない事までペラペラと喋ったよ。」
「そうですか。それは失礼しました。えーと、では、ジークレヒト様は?」
「ギルベルトに一緒に連れて行ってもらった。ここには、お兄様の幸せは無いからね。ギルも、お兄様を残して行ったらきっと心配になって、戻って来てしまうだろうし。」
「それで『駆け落ち』なのですか?ジークルーネ様が駆け落ちをした事にして、今後ジークルーネ様がジークレヒト様の身代わりになるつもりなのですか?」
「おっ!察しがいいね。その通りだよ。ただ、二人を逃しただけでは、すぐに兄上が連れ戻されてしまうからね。先代侯爵の娘達と、取引したんだ。私が男装して、兄上の代わりになる。で、グレーティアと婚約して、これから彼女が男子の私生児を産んだら、その男の子を私の子として侯爵家の後継者にするって。今、二人いる私生児は両方女だから。その代わりお兄様とギル、それとギルの兄弟には手を出すなってね。ま、あいつらにとっても悪い話じゃなかったんでしょ。一連の騒動が全部詳らかになったら、不名誉なのは向こうの方だし。グレーティアはどうせ、今後もパカスカ私生児を産むだろうから、その子供を次期侯爵にできるのはむしろありがたい。無理矢理兄上を連れ戻しても、グレーティアを許すわけがないし、婚約なんて夢のまた夢だからね。」
「・・・。」
「この話を正直にしたのは、レベッカ姫とユリア姫とそれとエリーゼ姫に私の味方になって欲しいからだよ。お兄様はずっと家に閉じこもっていらっしゃったから、お兄様の顔を知っている人はほとんどいないけれど、さすがに貴女達三人には、私がジークルーネだってバレそうだもの。逆にお兄様の顔を知っているはずのレベッカ姫とユリア姫に『アレは間違いなくジークレヒト卿』って断言してもらえたら、みんな信じてくれるでしょう。社交界を牛耳っているエリーゼ姫が味方をしてくれたら私も心強いし。」
「ジークルーネ様・・。」
「もしも、嫌だというのなら、まあ、それは仕方がないね。私にはお兄様が何よりも大切だ。真実を知ってしまった二人には、ドーベルマンの夕ご飯になってもらうしか。」
「・・・えっ?」
「ははは、冗談だよ。」
・・いや、今かなり目が本気だったよ。
「協力するのは全然かまわないけど。」
「わ、私もです!協力します。絶対誰にも言いません!」
ユリアも言った。手が小刻みに震えている。
「一つ聞いてもいですか?」
と私は聞いた。
「ジークルーネ様がジークレヒト様の幸せを心から願っているのはわかりました。でも、それならジークルーネ様の幸せはどこにあるんですか?」