作品タイトル不明
王宮にて(1)
そして私は一周目の5月12日と同様、芳花宮に招き入れられた。
一周目と同様、ルートヴィッヒ王子は仕事中だった。
なので、芳花妃ステファニー様とアンゲラ様が私を出迎えてくださった。
・・これは一周目にはなかった展開だな。一周目では、ステファニー様はこの頃既に故人だった。アンゲラ様を妊娠していた時に亡くなられたので、アンゲラ様も生まれて来なかった。
こんな可愛いアンゲラ様とステファニー様を殺してしまうなんて、犯人は鬼畜だと思う。そして二周目では、御二人が元気に暮らしているからかルートヴィッヒ王子の人間性がかなり丸くなっている気がする。実際、兄である第一王子の事も王妃様の事もルートヴィッヒ王子は殺さないでいる。第一王子は王様の命令で流刑にされたが、王妃様は普通に後宮で暮らしておられるはずだ。
アンゲラ様とステファニー様には今日も熱烈歓迎された。
「ねえ、何かお話して。」
とアンゲラ様は可愛くせがんで来られた。
だが、そんな事を急に言われても咄嗟に良い話が思いつかない。
私は脳内のフォルダに収納しているグリム童話とイソップ寓話を急いで検索してみたが、五歳児向きの悲しくもなければ残酷でもない話というのは意外に少ないのだ。
結局私は、イソップ自身の経験した物語を話す事にした。
「昔々、もしかしたら未来。イソップという名前の男の人がいました。イソップが仕えていた王様はたくさんの宝物を持っている人で、いつもその事を自慢していました。そしてある日、家来達に言いました。『私は世界中の物を何だって持っている。そんな私が見た事も聞いた事もない物を誰か私の前に持って来るがよい。それができた者には、私がどんな願いでも叶えてやる』。だけど誰もそんな物を持って来られなかったので王様はとっても不機嫌になりました。」
実はここまでは、完全に私の作り話だ。本当は小賢しいイソップが王様の怒りをかって死刑にされそうになり『私が見た事も聞いた事もない物を持って来れたら許してやる』と言われたのだ。
「それでイソップはある物を持って来ました。」
「何、何?」
「『私はイソップに金貨一万枚借りている。王様』と書いてある借用証書です。」
「・・・え。」
とユリアがまの抜けた声をあげた。
「もしその書類を『見た事がある』と言ってしまったら、王様はイソップに金貨を一万枚払わないといけません。だから王様は『そんな物は知らない。見た事も聞いた事もない』って答えるしかなかったんです。」
「すごい、イソップ賢い!」
アンゲラ様はこのエピを気に入ってくださったようだ。
「てっきり、何かイソップは自分の宝物を持って来ると思った!」
「アンゲラ様。本当に賢い人というものは自分の宝物をけっして見せびらかしたりなどしないのです。」
「どうして?」
「人の宝物があるところ、そこにその人の心もあるからです。」
私はアンゲラ様の手をとって言った。
「イソップは賢く王様は愚かな人でした。アンゲラ様はイソップのような人になってくださいね。」
「わかった。宝物は見せびらかさない。」
アンゲラ様は笑顔でそう言われた。
その笑顔を見て一瞬後悔した。
もしも今日、私が王宮で殺されてしまったら今の話が遺言になってしまう。それならば、こんなとんち話ではなくて道徳の教科書にのっていそうな話をした方が良かったかなと思う。この話のせいでアンゲラ様が秘密主義のドケチ娘になったらどうしよう。
私が死ななきゃいいんだけどね。
アンゲラ様のサラサラの髪を撫でながらそう思った。
「これから、ルミの所に遊びに行く約束になっているの。ルミにもこの話をしてもいい?」
「フェルミナ殿下にですか。勿論いいですよ。」
「レベッカも一緒に小宮殿に行かない?」
「いえ、そういうわけには・・・。」
「いいじゃない、行きましょう。こんなにも長くレベッカ姫の事を待たせるルートヴィッヒの方が悪いのよ。あの子との約束なんてすっぽかしてしまいなさい。」
とステファニー様も言われる。確かに、もう一時間以上待たされているのだが、さすがにそういうわけにはいかない。ルートヴィッヒ王子は私殺しの最有力殺人犯だ。私としては、死亡フラグを高々と立てるような真似は慎みたい。
「私は殿下をお待ちしますので、どうか私の事は気にせず小宮殿にいらしてください。」
「レベッカ姫、ありがとう。さっきの話も素晴らしかったわ。あなたを迎える事ができる日が本当に待ち遠しいわ。」
そう言って小宮殿に行く為、ステファニー様はアンゲラ様と応接室を出て行かれた。
私はしばらく応接室で思索に耽っていた。
ルートヴィッヒ王子はまだ来ない。あの日と同様二時間以上待たされるかもしれない。
今日はあの日と同じ良い天気だ。私は立ち上がった。
あの石段のある場所まで行ってみよう!
何も起こらない可能性の方が高い。だけど何かが起こるかもしれない。起こってしまえば死ぬかもしれない。だけど、ずっと座っている事ができなかった。
「私、散歩に行って来る。アーベラ、ティアナ一緒に来てくれる?」
「はい、勿論です。」
「というか、来るなと言われても行きますが。」
「ユリアも来てくれる?」
「この世の果てでもついて行きます。」
何を言われているのかよくわからなかった。
私はあの日と同じ様に掃き出し窓から外に出た。花盛りの花壇の側を通り石段がある場所へ向かう。
「綺麗な庭ですね。あ、あの花何でしょう?とってもいい香り。」
私と並んで歩くユリアは花に夢中だ。これが殺人を犯そうとしている人間の演技なら、私はもう人間が信じられない。
ユリアはここにいる。
コルネは、まだシュテファリーアラントにいる。
ルートヴィッヒ王子は王宮内のどこかにいる。
エリーゼは、実家に顔を出しに行くと言っていた。
フィリックスとコンラートとジークルーネはどこにいるかわからない。たぶん王都内のどこかにいるだろう。
そして王宮内の使用人の皆さんは王宮内のどこかにいる。
誰が犯人だったのだろう?
そう思いつつ歩いていて石段の手前まで来た。私は息が止まりそうになった。
石段のある場所に人がいた。背の高い黒髪の女性だ。ドレスではなくアカデミーの制服を着ている。肩からはカエル模様のカバンをさげていた。
この人は・・・。