軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

その日のその後

そして5月末。

熊スタンピードに揺れるシュテルンベルク領から私達は王都に戻って来た。

最近の私はとってもメランコリーだ。悪夢ばかり見てよく眠れないのだ。

夢の種類は二種類。階段から突き落とされる夢と、背後からナイフで斬りかかられる夢だ。夢の中で犯人の顔を凝視するのだが、犯人の顔はいつも 靄(もや) がかかっていて見えない。悪夢のせいで、最近は寝るのが怖い。

私は気がついていた。

11歳のレベッカの体に戻った日から、私はずっと大陸歴318年の5月12日という日に怯えていた。

その日にまた殺されてしまうかもしれない。と思っていた。

だけど逆に言えば、その日までは殺される事はなかったのだ!

でも、大陸歴318年の5月12日という日を私は超えてしまった。それなのに殺人犯は捕まっていない。という事は、今後いつその犯人にまた殺されそうになるのか全くわからないのだ。

私はこれから毎日、毎秒毎秒『殺されるかも』という不安を抱いて生きていかないといけないのである。

こんな事になるなら、5月12日を王宮で過ごすべきだったと心から思う。そして犯人を確認するなり、とっ捕まえるなりすれば良かった。私は最近ずっと後悔していた。

そんなふうに悩んでいたある日。ブルーダーシュタットから、ユリアとサーシャさん達家族が戻って来た。

「アリアさんという人に会って来ました。」

とユリアは私とエリーゼ様に報告してくれた。

「アリアさんは、貧民救済病院を出て結核の専門療養所に移りました。最初はすごく精神的にふさぎ込んでいて、『そんな所に行かない。ここで死ぬ』って言ってたんですけれど、サーシャさんとナキアさんがすごく説得して・・。でも。一番効果があったのはシュークリームです。シュークリームを食べておいしさに感動して、おいしい物を食べる為に生きたい!って考えが変わって。お菓子の力ってすごいですよね。」

いい話だ。

ビバ、シュークリーム。

汝に幸あれ。

「ただ、王都には行きたくないって言ってるんです。というのも、結核が発覚して一緒にブルーダーシュタットに来た家族に捨てられたらしいのですけれど、その家族が王都にいるらしいんです。料理人で、どこかの貴族に雇われたとかで。家族には会いたくないらしくて。王都は広いし貴族のお屋敷に住んでいたら、ばったり会う事なんか無いと思うのですけれど。でもまあ、貧民救済病院で良くしてくれたブルーダーシュタットの人達に恩返ししたい、って気持ちもあるみたいなんです。だから、結核が治ったらブルーダーシュタットの我が家で働いてもらう事にしました。」

「病気になった途端捨てる、ってひどい家族もいたもんだわね。どこで働いているかはわかんないの?」

と私は質問した。

「わからないそうです。どこの家かは、アリアさんは聞いていなかったそうです。元々、お父さんと継母さんと継母さんの連れ子達という家族構成で、病気になる前から何事もかやの外だったらしくて。」

「どこの家か超気になる。」

「ここよ。」

と、エリーゼ様がおっしゃられた。

「は?」

「昨年、料理人が一人シュテルンベルク領へ行ってエーレンフロイト家の厨房が手薄になったでしょう。だから、新規で人を募集したの。」

「・・・・。」

「ベッキー。言っておきますが、人が人を捨てる事は犯罪ではないのよ。」

「・・わかってますよ。」

ヒンガリーラントには、保護責任者遺棄致死罪は無いのだ。それにもしかしたらアリアさんが捨てられたと思い込んでいるだけで、本当は家族はお金を貯めて病院に預けたアリアさんを迎えに行くつもりだったのかもしれない。だけど、やっぱり許せない。文子が捨てられた子供だったから。

「わかっているけど、私その人が作る料理を食べたくない。」

「雇ってないわよ。募集をかけて五人応募して来て採用したのは一人だけ。一番最初に落としたわよ。」

「え?そうなんですか?じゃあ今、アリアさんの家族はどうしているんですか?」

「知らないわよ。さっき言ったでしょう。人を捨てるのは罪ではないって。それよりユリア。ブルーダーシュタットはどうだった?何か変わった事はない?」

エリーゼの言葉に震えがきた。私の耳に情報が入った時点でもう全ては綺麗に片付いていたのだ。

「戻るのが久しぶりでしたので、いろいろ変わった事はありました。一番変わったのは 大店(おおだな) の勢力図で、天然痘の流行前は銀行と銀行とずぶずぶの関係の商家が強かったですけれど、銀行は潰れましたし銀行と癒着していた商家も七割倒産していて、代わりに天然痘の関係で儲けた商会が大きく成長していました。だけど、それは結局『上』の方の話で、庶民は普通に変わらず活気がありました。ブルーダーシュタットの人達はたくましいですから。」

「男爵になった商会が強いのでしょうね。やっぱり。」

「ええ、はい。まあ。」

ユリアの実家のレーリヒ家もその一つである。

きっとブルーダーシュタットに戻ったら、ユリアは王都でのエリーゼ様くらい周囲に 崇(あが) め 奉(たてまつ) られた事だろう。

「賜った領地はブルーダーシュタットの近くなのでしょう?寄って来た?」

とエリーゼがユリアに聞いた。

新しく男爵になったブルーダーシュタットの商会主達は、それぞれ小さな土地も王家から賜った。村一つ分くらいの広さで、今現在領民はおらず土地は荒れて寂れているらしい。それでもユリアは飛び上がって喜んでいた。男爵家は『採蜜権』も賜ったのだ。

「はい!今は何もない土地でしたけれど。いっぱい花を植えようと思っています。」

嬉しそうなユリアを見ていると「良かったね」と素直に思う。

ユリアが戻って来てくれて嬉しい。その気持ちは本当だ。

だけど、思ってしまう。ユリアが殺人の犯人なのかもしれない。ユリアが私を慕ってくれているその気持ちは本物だと思う。だけど 和(なご) やかな人間関係も悪意のある人間の奸智によってズタズタに引き裂かれる事がある。そんな愛をテーマにした悲劇の物語の映画を文子だった頃たくさん見た。

こんな事を考えてしまう自分が悲しかった。

その三日後。

ルートヴィッヒ王子に王宮に呼び出された。