作品タイトル不明
5月13日
「城壁の外、なんか賑やかですね。」
「大通りで無料でお酒とお菓子を配っているそうよ。」
とエリーゼが言った。
「気になったとしても、ふらふら見に行っては駄目よ。今日の夜はコンラートとジークにとって特別の夜なのだから。夜遊びに出かけたあなたが事件に巻き込まれて特別な夜を台無しにしたら、コンラートに末代まで恨まれるわよ。」
「わかってますよ。」
言われなくても、今夜は騎士達に囲まれておとなしく過ごすつもりだ。シュテルンベルク家の図書室や書庫には珍しい本がたくさんある。それを読ませてもらいつつ静かに過ごす予定である。
予定なんだけど。
「なんか、城壁の外すっごいうるさくありませんか?」
「そうね。喧嘩でもしているのかしら?ジークルーネの話では、態度の悪い木こりが多い街らしいし。」
領主の館の壁の向こうで、尋常じゃないほど人々が大声をあげている。その半分は明らかに悲鳴だ。
「閣下ーー!大広場に子連れのクマが出ましたーっ!」
シュテルンベルク騎士団の騎士が一人、廊下を爆走して来た。
「母グマに子グマが二匹。子グマと言っても成獣と変わらない大きさです!」
こういう状況におけるマニュアルというものがあるのだろう。騎士達が猛スピードで中庭に集合を始めた。
「あれ⁉︎」
その中にコンラートがいたのだ。剣を持ちローブを翻して騎士達と歩いている。
「なんで、コンラートお兄様が⁉︎今日は結婚式だったのに?」
「こういう時に先頭に立つのは領主一族の務めだよ。」
ジークの声がして振り返って絶句した。ジークルーネは男装し、騎士団のローブを羽織り、手にボウガンと石投げ器を持っていたのだ。
「えー!ジーク様も行くの⁉︎」
「コンラートを守るのが私の務めだ。」
「危険だよ。クマって、凄い怖いんだよ!」
私も文子もクマ狩りを 生(なま) で見た事は無いが、文子だった頃クマハンターが主人公の漫画を読んだ事がある。クマの生命力はハンパなく警察官が持っている銃とかでは話にならない。猟友会会員達が持つライフルでも即死させるのは至難の業なのだ。そしてこの世界には銃が無く、武器は全てクラシカルだ。クマ狩りは本当に危険なのだ。しかも、今回は複数頭のクマが同時に出ている。本音を言えばジークにも、コンラートにだって行って欲しくない!
「明日も無事に生きているとは限らない。それが人間さ。」
ジークはそう言って笑いコンラートの方に走って行った。
「今夜は初夜だというのに。空気の読めないクマねえ。」
とエリーゼが言う。
「エリーゼ様・・・。」
「あなたは行っては駄目よ。ここはシュテルンベルク領なのだからシュテルンベルク家に任せましょう。」
わかってますよ。
と言う声を心の中で飲み込んだ。
時刻は進んで行き深夜12時を超えた。5月13日になったのだ。
騎士達はまだ帰って来ない。
一般人にかなりの怪我人が出たようで、領館内に怪我人が運び込まれ治療されていた。中心になって動いているのは伯爵夫人のリナさんとノエライティーナ伯母様である。
私は眠れないので、ずっと本を読んでいた。私の部屋で護衛をしてくれている騎士達も心配そうに時々窓から外を覗いている。
ジークルーネやコンラート。それに伯爵様の事が心配で不安だった。
自分の命の心配をしなくてはいけない日に、なんで殺人犯かもしれないコンラートとジークルーネの心配をしなくてはならないのか?理不尽でもある。
それでも、ジークルーネ達の無事を祈らずにいられなかった。
やがて東の空が白み始めた頃。
「クマが荷台で運ばれて来ました!」
と窓の外を眺めていたアーベラが言った。
私は窓に張り付いた。
大きなクマだった。死んでダラリとなった状態だから、尚の事そう思うのだろう。荷台の側にコンラートとジークルーネが見えた。怪我をしているかどうかは遠くてわからない。
「私が様子を聞いて来ますので、お嬢様はここにいてください。」
と言ってティアナが出て行った。私は素直に従った。何故ならパジャマ姿だったから。
5月12日は終わった。
私は生き残った。そもそも殺されそうな状況にさえならなかった。
私は胸を押さえた。
喜びよりも不安がせり上がって来る。
一周目で誰が私を殺したのだろう?同じ状況にならなかったから。それが永遠にわからなくなってしまった。