作品タイトル不明
婚約式(5)
「 稀人(まれびと) とは何ですか?」
と聞いて、しまった!と私は後悔した。そう聞いてしまった私を見る皆さんの表情が、かつてブランケンシュタイン家のお茶会で「塩って何ですか?」と聞いたコルネを見る表情と同じだったからだ。
やってしまった。後から誰かに聞けば良かった。空気が明らかにおかしくいたたまれない!
「稀人とは、今わたくし達が住んでいるこの世界と全く異なる世界から来られた方の事なんですよ。」
驚く様子も嘲る様子もない優しい声でカサンドラ陛下がそうおっしゃった。
「わたくし達の住んでいる世界とは別にたくさんの世界があって、何かの拍子に異なる世界同士が接触し、そこから別な世界に迷い込んでしまう方がいて、そんな方達を『稀人』と呼ぶのです。」
私は息を飲み込んだ。
それって、ファンタジー小説や漫画でよくある異世界転移や異世界召喚の事ではないのか⁉︎
そういう事って本当にあるんだ!
いや、あるからこそ古今の文学に、それをテーマにした作品が存在するんだろうけれど。
「そういう事って・・北大陸ではよくあるのですか?」
「ええ、あらゆる国に様々な伝承が残っています。稀人は災いを呼ぶ事もありますが、繁栄をもたらす事もあるという事で基本的にはどの地域でも大切にされるのです。」
とグラハム博士が言った。
「基本的?」
「残念ながら、先程の人形劇にも出て来た言葉ですが『六部殺し』のような事も少なくなくあるのです。」
「あー、なるほど。それはまあ、そうでしょうね。災いを呼ぶ事もあるわけですしね。って、どういう災いを呼ぶんでしょうか?」
と私は聞いた。
ある意味私も異世界からの来訪者だ。
なので、何が『災い』扱いされるのか知りたかった。
「稀人が持ち込んだ病原菌が原因で、村が一つ滅んだという事もあったそうです。」
それは、あるかもですねっ!
地球でも大航海時代にあらゆる伝染病が、他の地域に持ち込まれたもんね!
「ただ、稀人についてはまだまだ謎が多く、わからない事が多いのです。全ての稀人が自分が稀人だという事を告白するわけではありませんから。それに、ある民族学者の意見では、稀人の95%が世界の移動をして一年以内に死んでしまうのだそうです。」
「何でですか⁉︎」
死亡率のあまりの高さに衝撃を受けた。
「最も多いのは適応障害、つまりホームシックです。文化も風習も違う言葉の通じない世界に突然放り込まれて、馴染む事ができないまま身も心も衰弱していくのです。」
それはそうだろう。
私はこちらの世界に家族がいた。この世界に対する知識があった。
そして何より、言葉がわかっていた。
そんな私でも、日本の友達や日本の食べ物が恋しくなる事があるのだ。稀人の郷愁の念は比べ物もないほどだろう。
「悲しい事ですが、六部殺しのような事もあります。それらを乗り越えて何とか生きて行こうと強く決意をしても、免疫を持たない病気にかかって死んでしまうという事もあるのです。」
あるだろうなあ。だって、この世界医学のレベルが日本より低いし。レントさんだって、病気を発症したのが日本だったら助かったかもしれないのだ。
「繁栄をもたらす稀人というのは、ようするに違う世界の知識や技術を持ち込む人という事ですか?」
「そうです。こちらの世界よりも発展した世界から来られた場合そういう事もあります。」
「あ、そうか。こちらの世界より発展してない世界から来る人もいるかもですもんね。」
地球だってそうだ。日本の科学技術や発展ぶりはこの世界より上だ。だけど地球にだって下な国もある。
電気も水道も通っておらず、女の子は学校に行けず、片道二時間歩いた先にある川の水を汲みに行くのが人生最大の仕事という国もあるのだ。
ライムセントの王女様は、ライムセントよりも発展した国からお越しになったのだろう。
そしてきっと、血の滲むような苦労をして自分の居場所を確立されたのだ。
というか、メープルシロップはともかくチキ◯ラーメンを作り出したのだ。王女様、日本人じゃないのか⁉︎
「王女殿下は、メープルシロップや保存食以外にどんな物をお作りになったのですか?」
「私が食べさせて頂いた料理の中で一番驚いたのは、『華麗ソース』を使った『華麗なるドリア』という料理です。」
絶対王女様は日本人だ。だって、『ドリア』って日本人が作り出した日本食だもの!
でも一応確認してみる。
「それは、どのような料理なのですか?」
「炊いたお米の上にホワイトソースとチーズをかけ、『華麗ソース』をかけてチーズが焦げるまでオーブンで焼いた料理です。」
それは間違いなくカレードリア・・・。
「華麗ソースですか?仰々しい名前ですね。」
ずっと黙っていたルートヴィッヒ王子がそう言われた。
「どんなソースなのですか?」
「十種類以上のスパイスを混ぜて作るソースです。とても蠱惑的な香りで、今でも思い出す事ができますわ。」
カレーは煮物界の独裁者だったからな。どのような具材をどのような手法で煮込もうとも、カレールーを入れてしまえばそれはカレーになるという味覚の絶対強者だった。
だけど何で、カレードリアだったんだろう?普通のカレーじゃなくて?
そう考えて、はたと気がついた。
香辛料が高いからだ!
ライムセントは貧乏そうな国だ。だから、貴重な香辛料を大量に買う事ができないのだろう。それで、白いお米にたっぷりカレーをかけるという事ができないのだ。
カレーのレシピを売ってくれるなら、私の全財産支払うのに!
私はテーブルの下で拳を握りしめた。
「でも、殿下の最大の偉業は食べ物を発明した事ではありません。新しい硬貨を作り出した事です。」
「硬貨、ですか?」
「はい。先代の王が次の王を決める時、四人の大公に『新硬貨を作るように』と言われたのです。ライムセントでは、偽金作りを防止するのと、チェスト貯金を吐き出させる為に数年毎に硬貨を作り替えているのです。」
『チェスト貯金』とは何だ?と思って、日本でいうところの『タンス貯金』の事だと気がついた。そーゆう所にお金を貯めておく人ってどこの世界にもいるのね。
「そして、最も優れた硬貨を提案した大公を次の国王にすると言われたのです。そして、殿下の提案した硬貨が人々の度肝を抜き殿下の義父であられた北の大公閣下が新国王に選ばれたのです。」
「どんな硬貨だったのですか?」
と私が聞くと、グラハム博士はテーブルの上にあったドーナツを手に取り
「硬貨に穴を開けたのです。」
と言った。
日本人!
その稀人王女は間違いなく絶対に日本人だっ!