作品タイトル不明
兄弟(4)(ルートヴィッヒ視点)
ヒンガリーラントでは『政治空白を作らない』という理由から、常に王太子が存在する。
その代わり、王太子が問題を起こせばすぐに王太子が入れ替わる。国によってはそうでない。国法によって王太子の地位が絶対的に保証されていて、国王でさえ容易には廃太子にはできない。そういう国では、なかなか王太子が決まらずにその座が長い間空席であったりするかわりに、王太子が決まると半年くらいかけて大々的に祝賀会やパレードをしたりする。
だがヒンガリーラントはそういう国ではない。新国王が即位したら、それと同時に必ず王太子も決まる。
そして父上が国王に即位した時、王子は兄上しか生まれていなかった。その為、一切揉めることなく首もすわっていない兄上が王太子になった。そして20年以上の月日が流れた。
そして今日、王太子である兄上が国王の命令によって捕縛された。
兄を捕縛したのは父上の侍従長アルステッド伯爵だ。僕は彼が立ち去る前に『グラウハーゼ』を寄越すよう依頼した。アルステッド伯爵は、秘密情報機関『森影』のリーダーだ。そしてグラウハーゼは僕専門の情報員である。
クラウスとのお茶会を続けていられるような状況ではなくなった為、お茶会は中止して僕は芳花宮に帰った。既に情報が光の矢となって王宮中を駆け巡っているようだ。帰るなり僕は母上とコートニー叔母上に呼び出され事情を説明させられた。
だけど状況が状況だ。僕もどこまで話して良いのかわからない。それに僕は混乱していた。奇妙な記憶が脳内で再生されていて、何が現実なのかがよくわからなくなっているのだ。
記憶の中では兄の捕縛を命じたのは僕だった。王妃も一緒にクレマチスの塔に収監するよう命令した。
記憶の中にディッセンドルフ公爵はいない。彼は天然痘を発症して死亡していた。
そして母上もいなかった。僕は天を仰いで涙を流した。遂に、貴女と生まれて来る事のできなかった子の仇がとれました。
「ルーイ。」
と母に呼ばれてはっ!とした。今の記憶は何だったのだろう。単なる白昼夢と考えるにはあまりにも生々しい記憶で、僕はひどく混乱していた。
「申し訳ありません。今はこれ以上は。」
と言って僕は話を誤魔化した。母も叔母も不安そうな顔をしていた。当然だろう。今日を境に僕達の運命は大きく変わる事になる。それは確定事項だった。
しばらくしてウサギのぬいぐるみを抱えたグラウハーゼが僕の部屋にやって来た。ぬいぐるみを抱えて歩いて注目を浴びないのだろうかと不思議だが、不思議すぎるものは人は皆、見なかった事にしようとするものなのかもしれない。
「兄上はどうなっている?」
と、まずグラウハーゼに質問してみた。
「現在は王宮の一室に閉じ込められています。」
「父上は?」
「13議会を緊急招集されました。今会議中です。と言っても、陛下の御心はもう決まっておられるでしょうが。会議という名の決定事項報告ですね。王太子様、チェンジです。」
グラウハーゼがウサギのぬいぐるみの両前脚を持って交差させた。
「ディッセンドルフ派が従うかな?」
「13議会内に公爵の子分はもう二人しかいません。他の議員に対する根回しも脅迫も時間が足りませんでした。決定は 覆(くつがえ) らないでしょう。」
「理解できない。」
僕は頭を抱えた。
「『ジークレヒト事件』があってまだ数ヶ月だぞ。性犯罪を犯したり他人を理不尽な私刑にかければ重い罰を受けるとわかっていただろうに、何でこんな真似をするんだ?王太子である自分は超法規的存在だと思っていたのか?自分の立場が落ち目だという事がわかっていなかったのか⁉︎」
「わかっていたと思いますよ。」
とグラウハーゼは言った。
「だからこそ、常に試さずにはいられなかったのです。自分にまだ以前と同じ力があるか、自分の立場は揺るぎないものか?それを確認する為にわざと他人の頭を踏みつけずにはいられなかったのです。権力の毒ですね。そして、その毒の入った杯をルートヴィッヒ様。今度はあなたが飲むのです。」
グラウハーゼは、ウサギに五体投地をさせた。
「王太子即位。おめでとうございます。ルートヴィッヒ様。」
「兄上はこれからどうなる?」
「今回の事件では『ジークレヒト事件』と違って死人が出ておりません。よって、誰も処刑される事はないでしょう。第一王子殿下はヴィンター高原に流刑にされます。」
「流刑・・・。」
「不満ですか?しかし『ジークレヒト事件』と違って、国民に罪状を広く公開するわけにはまいりません。その為、この辺りが罰の限界でございます。」
「グラハム博士の事を考えたんだ。彼女は流刑地から逃走しただろう。そういう事が起きないかな、と思ったんだ。」
「起こった時は起こった時ですよ。天涯の流刑地から罪人を脱走させる為には、莫大な資金と人員、高い計画性と高邁な信念が必要です。
それでもそれを実行するほどの人望が第一王子殿下にまだあるというのなら、それはそれで喜ばしい事なのです。無論、人望は相対的なものですから新たな王太子の人望が急落すれば、第一王子の人望が上がる事になります。これは、ルートヴィッヒ様が人望を高め続けていくように、という抑止力でもあるのです。」
それは、そうだろう。僕が最悪な暴君に成り果てたら「第一王子が王様になった方が良かった」という声が必ず上がるだろう。その時誰かが、実際の行動を起こすかもしれない。
事件が起きてまだ数時間だというのに、父上の深慮遠謀には恐れ入る。
「僕はまず何をしたらいいだろう?」
「大怪我をした双子ちゃんを保護するべきではないですか?彼女達は第一王子を裏切りあなたのもとに走ったのです。バルナバス男爵はきっと裏切り者の二人を殺すでしょう。」
衝撃を受けた。
思いつきもしなかった。だけどグラウハーゼの言う通りだ。だから僕には、グラウハーゼが必要なのだ。
このタイミングでエリーゼが芳花宮を訪ねて来た事が伝えられた。数十年後の宰相位を狙っている彼女である。彼女も情報を求めて配下を走らせ、自分自身も駆け回っているのだろう。
「ちょうど良かった。エリーゼに双子令嬢の事を押し付けよう。」
と僕は言った。
そしてエリーゼに会う為に僕はソファーから立ち上がった。