軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

初恋(1)

声をかけてきたのは若い男性だった。

いや、18歳だった文子の感性からすると『男の子』だ。

ユーディットが警戒したような表情で、私と男の子の間に割って入る。

私は、ユーディットの背中越しに、少年をまじまじと見つめた。

『レベッカ嬢』、という呼びかけ方で、ある程度相手の素性や身分がわかる。

『レベッカ様』ではないという事は、この人はエーレンフロイト家と同格もしくは格上の家の子息なのだ。そもそも、貴族社会ではよほど親しくない限り、身分の低い側から高い側への声掛けはできない。そして、エーレンフロイト家より格上の家門で、私と顔見知りとなると、その相手は本当に限られる。

栗色の髪に紫色の瞳。年齢は10代半ばほどだろう。繊細で儚げな美貌の持ち主だった。海の側の療養所で、血とか吐いていそうなタイプだ。

同じくらいの年齢の少年を従僕として連れている。

この人はまさか!

いや、そんなわけは無いのだ。絶対に。

混乱している私に少年は微笑みかけた。

「急に声をかけてしまって申し訳ありません。覚えておられるでしょうか?私は、ヒルデブラント家のジークレヒトです。幼い頃、姫君や、シュテルンベルク家のコンラートとよく一緒に過ごさせて頂いておりました。」

そうなのだ。

この人ジークルーネにそっくりなのだ!

瞳の色も髪の色も同じだ。

・・だけど違う。

この人。私の記憶の中のジークレヒトと違う!

私の記憶の中のジークレヒトは、美しい毒花のような人だった。苛烈で激しく、怒らせると危険な人だった。女性に直接「このブス女共!」と言える人だった。(もう忘れたという方は、ぜひ48話の『手紙(2)』を読み返してくださいませ。)

それに比べて目の前のこの人は、わずかな風にも耐えられないような儚げな人だった。間違っても、誰かの事を『愚民』呼ばわりするとは思えなかった。

どゆことっ!

私、騙されてる?この人、偽物⁉︎オレオレ詐欺?

でも、それにしてはあまりにも、あまりにもっ、ジークルーネに顔が似ている!

私は混乱していた。この人は、私が恋に落ちたあの日のジークレヒトとは、まるで雰囲気が違う。

いつもジークルーネは、あの日のジークレヒトにそっくりだなと思っていた。そう!ジークルーネの方こそが、あの日のジークレヒトにそっくりなのだ。

そして決定的な違い。

この人、左の犬歯が八重歯だ。

別にそれが醜いとは思わない。むしろチャームポイントだと思う。

そして、歯列矯正技術の無いこの世界では、永久歯の歯並びは絶対変えられない。

そして、あの日のジークレヒトには八重歯なんか絶対になかった。日本の歯医者に置いてある歯の模型くらい綺麗な歯並びをしていたのだ。

見たのは、文子の人生が間に挟まっているから、20年近く前になるけれど絶対忘れない。

だって、あの人が私の初恋だったのだから。

「申し訳ありません。つい懐かしくてお声をかけてしまいました。ご無礼をお許しください。」

私が黙っているので、不愉快に思っていると思っているようだ。

いかん、いかん。これじゃ霊園で再会した時のコンラートのようだ。

私は

「いえ、懐かしくてつい、驚いてしまいました。こちらこそご無礼をお許しください。ヒルデブラント様。美しい午後の日でございます。」

「ええ、美しい午後の日ですね。」

とジークレヒトは柔らかく微笑んだ。

「建国祭のチェス大会の事は、閉じこもった身の私の耳にも届いています。今はアカデミーに通っておられるそうですね。」

「はい。ジークルーネ様にはとてもお世話になっております。」

そう言うと、ジークレヒトは少し悲しそうな瞳をした。

「そうですか。それは良かった。妹も、親しくしていたレベッカ嬢が近くにいてくれてきっと心強く思っている事でしょう。」

それはどうかな?あの人は我が道を行く人だから。と心の中で思う。

「妹は、元気にしているでしょうか?」

「ええ、はい。お元気です。普通に。」

「良かった。」

ジークレヒトは微笑んだ。

「ジーク様。ここは往来ですし、あまり長くエーレンフロイト様をお引き止めするのは・・。」

ジークレヒトの従僕がそう言った。精悍な顔立ちの美しい少年だったが、声も大層美しかった。

金持ちの家は、使用人のクオリティーも高いな。

「失礼しました、姫君。では、これで失礼します。」

そう言って踵を返そうとしたジークレヒトが、一瞬ふらついた。

従僕が、ジークレヒトの体を支える。慌てた様子のないところを見ると、よくある事なのだろうか?

「すまない、ギルベルト。」

口元を押さえたジークレヒトが、そう言った。従僕さんの名前はギルベルトというらしい。

「いえ、館へもう戻りましょう。馬車はこちらです」

ジークレヒトはもう一回、私の方を振り返り微笑んだ。

だけど私は、微笑み返す事ができなかった。