軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

長い旅(8)(サーシャ視点)

「『夢のパン』ですか?」

ミリヤムがきょとんとした顔をした。

「そう。私はいつも思っていたの。パンを食べていると、胸に詰まるな、甘いお菓子が食べたいなと。だけど、お腹が空いている時にクッキーを出されると、この程度の量で足りるかーっ!もっと、がっつり食べさせろーってね。それで思っていたの。パンとクッキーが同時に食べられるパンがあれば良いのにな。と。」

パンとクッキーを同時に口の中に放り込めばいいのではないですか?と思うが、そういう事ではないのだろう。

「つまりね。丸いパンにカメの甲羅のようにクッキーがくっついていたら。と思うのよ。そんなパンを作って欲しいのだけど。」

「承知しました。これからすぐ作ります!」

ミリヤムは、力いっぱいそう言った。

いや、『すぐ』は無理ではないのか?

何故なら、この厨房には『酵母』がないのだ。今から『酵母』を作っていたら五日から一週間はかかると思う。

レベッカ様が持っているのかな?と思ったが。

「部屋に酵母があるのでとって来ますね。」

と言ってミリヤムは厨房を出ていった。

「コーボって何ですか?」

とコルネリア様がレベッカ様に質問した。

「パンを膨らませる材料よ。ケーキのメレンゲみたいなもの。」

「コーボを使わないでパンを焼いたらどうなるのですか?」

「せんべいより硬くて薄い、歯の折れそうなものができる。」

話をしている間にミリヤムが駆け戻って来た。

「これです。」

と言ってガラス瓶を皆にみせる。

「どうしても実家のパンが懐かしくなった時、作って食べようと思って実家から持って来ていたんです。」

「いいの?そんな大事なもの?」

とレベッカ様が聞く。

「少し残しておいてそれに継ぎ足せば良いのですもの。問題ありません。」

「ふうん。」

と言いつつ、レベッカ様は『酵母』をガン見している。

「酵母作りにはレーズンを使う人が多いですけれど、うちのパン屋ではクランベリーで作ってるんです。森と共に生きてきたのだから、森の恵みを頂こうって。」

「・・・へえ。酵母って、レーズンやクランベリーから作るんだ。知らなかった。」

レベッカ様がびっくり!という表情で言った。僕は思わず聞いてしまった。

「お嬢様は、何から酵母を作ると思っておられたのですか?」

「・・・・お酒。シードルとか、スパークリングワインとか。」

「ああ、なるほど。確かにお酒も発酵の力で作るものですからね。」

僕らが会話をする横で、ミリヤムは手際良く材料を混ぜている。バターや砂糖も使った甘めのパンを作るようだ。水も多めなのでとても生地が柔らかい。ミリヤムが生地を一生懸命こねるのを、僕はジャムを煮詰めながら眺めた。

焼きムラを確かめる為に温めたオーブンがちょうどいいくらいの温度に冷めていたらしく、ミリヤムはパンの一次発酵を始めた。パンを発酵させている間にミリヤムはシュークリームを作るつもりのようだ。どういう作り方をするのか興味津々の僕は、バターが白っぽくなるまで泡立て器ですりながらミリヤムの手元をガン見した。

一次発酵が終わったパンをミリヤムがガス抜きする。

その後ミリヤムはシュークリームを焼き始めた。何となく僕は生地をクッキーのように薄く丸く成形するのかと思っていたが、むしろ生クリームを絞るかのように絞り袋を使って高さが出るよう成形していた。その方が焼いている間に柔らかい生地が平べったくなっていってちょうど良い高さになるらしい。レベッカ様にそう説明しているのを、僕も「へー」と思いながら粉をふるいつつ聞いていた。

シュークリームが焼けている間に、ミリヤムはパンを二時発酵させ始めた。パン生地は既に触り心地が良さそうでお嬢様方は興味津々だ。シュークリームは短い時間で焼き上がった。

ミリヤムが天板をオーブンから取り出すのを僕は生地をこねながら眺めた。

ミリヤムは天板に4×4の16個シュー生地を並べていた。

残念ながら奥の4つは焦げていた。手前の4つは生焼けのようだ。一番右の列の物は歪な形に膨らんでいる。成功したのは6個だった。

「上出来、上出来。」

とミリヤムは言っているから、ある程度失敗するのは想定の範囲内だったのだろう。

「うわぁ、いい匂い。」

とリーシア様が幸せそうな顔をして言っていた。

パンの二時発酵も終わったようだ。

ミリヤムは再びガス抜きをして、生地をスケッパーで切り分けた。切り分けた生地を器用に丸くまとめていく。

・・・そして、遂に気がついたらしい。

「あーーーっ!」

と大声をあげた。

「しまったー!クッキー生地を作るの忘れてたーっ!」

ミリヤムは真っ青になってしまっている。

「今から急いで作れば良いのではありませんか?手伝いますよ。」

とリーシア様が言われたが、ミリヤムは肩を落として首を横に振った。

「クッキー生地は、生地を混ぜ合わせた後、生地を馴染ませる為に30分は寝かせておかねばなりません。その間にパンが発酵し過ぎてしまいます。ああ、なんて事。酵母がもう必要量無いのに。こんな失敗するなんて・・・。」

ミリヤムは顔を覆った。声が涙声になっていた。

僕は冷暗所に30分置いていたボウルを取り出した。

「良かったらミリー、これを使って。レモンピールとレモン果汁を入れたレモンクッキーを作ろうと思って作っておいたクッキー生地だ。レモンピールとレモン果汁はまだ入れていないから普通のバタークッキーの生地だよ。」

ミリヤムがクッキー生地を作るのを失念しているらしい事を僕は気がついていた。だけど、途中で気がついて超特急で作り出すかもしれない。レベッカお嬢様の前で恥をかかせてはいけないと思って僕は言わなかった。でも、最後まで気がつかなかった時の為に僕は基本のクッキー生地を作っていた。

「あ・ああ、ありがとうございます。ありがとうございます、師匠っ!」

ミリヤムが感極まって泣いている。

「厨房ではお互いの仕事をフォローし合うのは当然だよ。さ、どうぞ。」

そう言って僕はボウルをミリヤムに渡した。

ミリヤムの感謝の言葉も嬉しかったが、娘達の『お父さん、カッコいい!」という視線もちょっと気持ち良かった。

ミリヤムはパン作りを再開した。丸いパンの上にカメの甲羅のようにクッキー生地を被せていく。

「甲羅に串で模様書いていい?」

とレベッカ様が聞き「どうぞ、どうぞ」とミリヤムが言った。

レベッカ様とコルネリア様は器用に亀甲模様を書いているが、ユリアーナ様、リーシア様、ミレジーナ様は縦縦横横の格子模様を描いている。

「ユリア様。カメさんの甲羅は4・5・4の3列13マスなんですよ。」

とコルネリア様が細かい突っ込みを入れていた。

「ふふ。頭と脚を引っ込めたカメそっくりになったね。」

とレベッカ様が嬉しそうに笑っている。

「頭と脚もつけたいな。」

とコルネリア様が言い、半分のパンに頭と脚がつけられた。

その後パンはオーブンに入れられた。

そして、カメの形のパンが焼き上がった。お嬢様達が歓声を上げる。

「甲羅のクッキーが重くて膨らまなかったらどうしよう。と思っていたけれど綺麗に膨らんだね。」

とレベッカ様がほっとした表情で言った。

「はい。」

とミリヤムも嬉しそうに言った。

早速、試食をする事になった。

一番最初に食べるのは、毒見係の女性騎士アーベラさんだ。

アーベラさんがもぐもぐと咀嚼しているのを見て、我慢できないとばかりにレベッカ様がパンに手を伸ばす。一口食べて

「おいしー!まさに、私の夢のパンだ。」

と叫ばれた。