軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

長い旅(5)(サーシャ視点)

厨房は応接室の近くにあった。

僕達の後ろを歩いて来るミリヤムは、大きな箱を大事そうに持っている。あれは何なのだろう?と思った。さっき侯爵夫人が言っておられた『例のアレ』というものだろうか?

厨房に入ってびっくりしたのは、台の上に多種多様な大量の食材があった事だ。

「一応、基本的な物だけ揃えてみたんだけど。」

とレベッカ様が言われる。

「小麦粉でしょ。砂糖に蜂蜜に卵に牛乳に生クリームにバターにラードに植物油。あと果物。」

「すごい量ですね。」

口をぽかーんと開けてミリヤムが言った。

確かに卵だけで50個くらいあるし、バターも果物もすごい量だ。

「いろんな牧場や地域の物を揃えてみたんだ。こっちのバターはね、豆やら米やら食べている牛さんの牛乳で作ったバターなの。こっちは、グラスフェッドバターと言って、牧草しか食べていない牛さんの牛乳で作ってるんだって。ま、正直言って私には味の違いがわかんないけどね。こっちのニワトリの卵はエサにパプリカをあげているから黄身がオレンジ色なんだ。こっちの卵は米やハーブをあげているから黄身が白っぽいの。で、こっちはアヒルの卵でー。」

と侯爵令嬢であられるレベッカ様自ら説明をしてくださる。

更にオーブンや調理用ストーブの説明までしてくださった。

「で、パイ型にタルト型にボウルに泡立て器に・・・。他に何か足りないものある?必要な物は何でも言って。本館の食堂にある物なら取りに行くから。」

実は一つ全く無いものがある。

それを言っても良いものかな?と僕は少し悩んだ。

「作り方に興味あるから見てていい?」

とレベッカ様が聞かれた。いいかも何も、こちらに拒否権は無い。

「構いませんけど、あの・・・。」

ミリヤムがおずおずと言った。

「私・・慣れないオーブンで失敗してはいけないと思って、自宅で作って持ってきたんです。」

そう言って、持っていた箱を差し出した。

「そうだったんだ。見ていい?」

「どうぞ。」

と言ってミリヤムが蓋を開けた。僕も側から覗き込んでみた。・・・何だ、これ?という形の菓子が入っていた。

「わー、すごい!綺麗な形。」

とレベッカ様が言う。いや、お世辞にも綺麗な形の菓子とは言い難いが!

「クリームと果物はこれから入れさせて頂きます。」

とミリヤムが言った。菓子は上に切り込みが入っていた。それを取ると菓子は中が中空になっていた。何だ、この菓子!初めて見る形だ。

「このお菓子は何ていう名前のお菓子なの?」

と僕は聞いた。

「名前はまだありません。今年になって私と父が作ったお菓子ですから。」

とミリヤムが言った。え?私と父で作った・・・。

「あの、お嬢様。」

ミリヤムがおずおずと言った。

「お嬢様が一番好きな果物は何ですか?それを入れさせて頂きます。」

「私?私が一番好きなのはこれ。」

レベッカ様は迷う事なく瓶に詰められたシロップ漬けの白い果物を手に取った。大きなプラムのような見た目の果物だった。

「桃っていうの。東大陸の果物でね。柔らかくて日持ちしないから、シロップ漬けのものしか輸入されていないのだけどこれが一番好き。すごく甘いの。とても栄養があるから東大陸では『不老長寿の実』って言われているんだって。木で完熟させたものがほんとはすごく食べたくてさ。木を輸入して庭に植えてみたのだけど、三年経たないと実がならないらしいんだよね。」

そう言いつつレベッカ様は瓶の蓋を開け、中身を取り出した。そしてその実を自ら包丁で六等分に切り分けられた。

そのうちの一切れをパクッと自分で食べられた後

「みんなも食べてみて。」

と言って私達に差し出してくださった。リーシア様が私達家族四人とミリヤムにフォークを渡してくれた。私達五人はそれを食べてみた。

確かにとても甘い実だった。とてつもなく甘かった。シロップ漬けだからというのを差し引いても甘い。完熟の梨よりも更に甘かった。それにとても柔らかかった。こんな果物がこの世にあるのかと驚いた。

「甘い。」

「おいしい!」

と娘達も悶絶している。

「私、酸っぱい果物苦手なんだよね。でも、べつにミリヤムさんが好きな果物を自由に入れてくれていいんだよ。」

「いえ、この果物を入れさせて頂きます!」

とミリヤムは言った。

しかし、レベッカお嬢様は酸っぱい果物が嫌いなのか。危なかった。実は僕はベリーのタルトを作ろうとしていたのだ。

ラズベリーやブルーベリーはまだ良いが、カシスやグロゼイユはかなり酸味が強い。

そんな果物でタルトを作ったら、食べてもらえないところだった。

桃の瓶詰めは複数ある。僕は桃のタルトに作る物を変える事にした。

「お嬢様は、他に苦手な食材が何かありますか?」

と僕は聞いてみた。

「苦い物が苦手だからお酒が無理。コーヒーくらいの苦味なら大丈夫なんだけど。」

・・やっぱりそうだったんだ。そうでないかと思っていた。何故なら、この場には『お酒』が全く無かったから。

香り付けや匂い消しに助かる材料なのだが、お嬢様がお嫌いなら絶対使わない方が良い。

何の菓子を作るか、僕は頭の中で修正を加えていった。

ミリヤムがしゃかしゃかと生クリームを泡立てている横で、僕はタルト生地とフィリングを作った。焼き上がった生地の上には櫛形に切った桃を花びらのように並べた。タルトの上に大輪の花が咲いたようなそんなタルトができあがった。更に僕は飴細工で小鳥を作りタルトの上に飾った。

僕達が菓子を作る様子を、興味津々という感じでレベッカお嬢様が見ている。お嬢様は作る工程に関心があるから見ておられるのだろう。だが、後ろの護衛騎士達は僕達が妙な物を入れないか見張っているのだと思う。

そして、僕とミリヤムそれぞれの菓子ができあがった。

自分で言うのも何だが美しいタルトができた。

だが、ミリヤムの菓子も可愛かった。最初見た時はゴツゴツした芋を連想していたが、クリームや果物を飾ると洒落た一品になっていた。

「じゃあ、お母様の所に持って行こう。」

レベッカ様自らが皿を持つと

「私が持ちます!」

と周囲の侍女達が慌てて言った。

先刻の応接室にお菓子とカトラリーを並べている間に侯爵夫人が到着した。今度は御長男であるヨーゼフ様という方も一緒だった。

侯爵家の方々とゾフィー様、10代の侍女達がソファーに腰掛けた。全員分のお茶を淹れたのはリーシア様だった。

「では頂いてみましょうか。」

そう言って皆様が手に取ったのは、全員揃ってミリヤムの菓子だった。