作品タイトル不明
林檎の間(7)(ミュリエラ視点)
翌日の事です。
私が林檎の間で本を読んでいると、コンコンとドアをノックする音がしました。
お母様がドアの側に立ち
「どなた様でしょう?」
と声をかけると
「ジークルーネ・フォン・ヒルデブラントと申します。」
と返事がありました。
「入ってください!」
と私は言って、ベッドから飛び降りました。
「昨日はどーもー。」
と言いつつジークルーネ様は中に入って来られました。
手に、造花のチューリップを持ったウサギのぬいぐるみを持っておられました。
「はい、お見舞い。」
と言ってウサギのぬいぐるみを私にくださいました。
「わあ、ありがとうございます。でも、私の所に来られるよりも、桜桃の間に顔を出された方がいいのではないのですか?」
「桜桃の間は当然のように出禁です。今も警備中の騎士にすごい睨まれました。」
「・・・・。」
よくわかりませんが御二人の恋路は茨の道のようです。
商売人の家も仲の良い悪いがあって、仲の悪い家の子とは友達にも恋人にもなってはいけません。貴族の家の場合、もっと厳格なのでしょう。
でもお兄様とシュテルンベルク小伯爵がお友達であったというのなら、全く見込みが無いというわけではなさそうなのですけれど。
お母様には昨日あった事を話していないので、お母様はジークルーネ様の訪問にびっくりしておられます。
昨日、お散歩中に知り合ったの。とだけ伝えておきました。
「ミュリエラさんに渡しておきたい物があってね。」
「このウサギさん以外にですか?」
「それは私からのお見舞い。こっちは兄上から。」
と言ってジークルーネ様は一枚の紙を差し出されました。
「・・お兄様・・からですか?」
「裁判も終わって一区切りついたからね。父と一緒に兄上の遺言証を開封してみたの。いろいろ個人資産を持っていた人だったから。」
侯爵家の跡取りなら、若くてもそういう書類を用意しているのは当然の事なのかもしれません。
「で、その中の項目の一つに、もしも自分が誰かを守って殺された場合、その『誰か』に渡して欲しいという物があったの。」
「自分が殺された場合・・ですか?」
「貴族の遺言証には多い項目なのよ。貴族は常に暗殺の危険があるし、財産目当てで親戚に殺される事もあるから。自分が殺されて、殺した相手の懐に財産が転がり込むってのは悔しいでしょ。」
「それは、そうですね・・・。」
「うちは特に親戚同士の仲が悪いから。」
そういえば、小侯爵様の母親は継母だという事でした。そして、その継母は裁判にも現れなかったそうです。
「で、兄上が『守った』相手といえば貴女でしょう。」
「でも!」
「それがお兄様の願いだから。」
「でも、でも、まだ亡くなったと決まったわけでは!」
「でも、どこかで区切りをつけないと、私もお父様も前に進めないからね。」
「・・・・。」
「そんな顔をしないで。財産の一部ったって、たいした物じゃないのだから。正直ビミョーな品だから。」
と言ってジークルーネ様は苦笑いされました。
私は紙を受け取りました。
「・・アズールブラウラント国立海洋水産大学の貝の養殖の権利証。」
本当に微妙な品でした。
実は私。海の側の街育ちですが、貝が苦手なんです。唯一食べられる貝は、帆立のしかも貝柱だけ。牡蠣もムール貝もハマグリもアサリも北寄貝も食べられないのです。
「兄上の覚書によると、十数年前から海洋水産大学で貝の養殖研究をやっていたらしい。ところが、三年前に現在の王太女様の兄弟の王子様が、大学の最高責任者になると、研究資金を打ち切ってしまったそうだよ。それで、大学は出資者を探したみたいだけど、天然痘のせいで経済が混乱していた時期だからね。国内では出資者が見つからなかったらしい。で、外国人に出資を頼んで結局、その頃ブルーダーシュタットにいた兄とコンラートが出資したみたいね。養殖に成功した貝の五割が兄、四割がコンラート、残りの一割が大学の物らしいよ。」
私は、書類を見つめました。
「アコヤ貝ですか?聞いた事のない貝ですね。おいしいのでしょうか?」
「はて?私も食べた事がないからね。しかも十何年も研究していて、資金が尽きたら外国人に頭を下げるほど必死で育てている貝ならおいしいんじゃないのかな?あるいは、螺鈿や白い碁石みたいに、貝殻に何かの価値があるとか。」
「そうか。そういう可能性もありますね。あの・・本当に頂いてもよろしいんですか?」
「どうぞ、どうぞ。ただ、どれだけ価値があるかはわからないよ。研究がまだ完成しないと言って、追加資金を無心されるかもしれないしね。」
正直価値なんかどうでも良いです。私とヒルデブラント卿を繋ぐものと思うと、それに何よりの価値がありました。この証書を見るたび、私は彼の事を思い出すでしょう。
しかし、私はヴァールブルクに帰った後。海洋水産大学に問い合わせをして驚く事になります。
この貝の存在は、西大陸の、いえ全世界の経済の根幹を揺り動かすものだったのです。