軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

林檎の間(5)(ミュリエラ視点)

「泣かないでください。」

とジークルーネ様は微笑んで言われました。

「私は、兄はどこかでちゃっかり生きているのでは、と思っているのですよ。自分が死んだ事になっている方が自分を殺そうとした連中をより重い罪に問えるから、どこかに隠れているだけで、十年くらいしたらひょっこり戻って来るのではないのか。なんてね。」

私は涙を拭って笑いました。本当にそうだったらどんなに良いでしょう。

「だから泣かないで、あなたは笑っていてください。」

とジークルーネ様は言われました。

「はい。」

と言った後私はつい

「・・・綺麗。」

と言ってしまいました。

「ええ、美しい花畑ですね。」

ジークルーネ様がそう言われ、私は赤面してしまいました。ジークルーネ様の事を綺麗だと言ったのです。本当は気づかれているけれど上手に誤魔化してくださったように思いました。

「こんな綺麗な風景が見られて良かったです。裁判が終われば私は叔母と一緒にヴァイスネーヴェルラントに向かいます。たぶんヒンガリーラントに戻る事はもうないでしょう。だから最後にこの光景が見られて良かったです。」

ジークルーネ様は少し寂しそうにそう言われました。

「驚きました。」

と唐突にお医者様が言われました。

「私は天然痘が流行っていた間、国の命令でブルーダーシュタットに行きました。その時、間近でヒルデブラント小侯爵にお会いしたのですが・・・本当にお顔がそっくりでいらっしゃるのですね。」

シュテルンベルク家の女性騎士様も、うんうんとうなずいています。

ジークルーネ様は苦笑いをされました。

私は病院を見上げました。

「あの窓、シュテルンベルク様の病室ですよね。」

と私が言うと、何故かその場に微妙な空気が流れました。

「兄は小伯爵と仲が良かったのですが、家同士の仲は悪いんです。特に私は嫌われてましてね。」

「そうなのですか?」

家同士の事情はわかりませんが、この方が良い方だと言う事はわかります。なのに嫌われているなんてなんだか悲しい気持ちになりました。

窓を見つめるジークルーネ様の目はとても優しく、そして寂しそうでした。

小伯爵様にジークルーネ様は会いたいのではないでしょうか?小伯爵様を慕っておられるのではないでしょうか?

おそらく今日ならば、シュテルンベルク伯爵様がいない、と思って病院に来られたのではないでしょうか?だけど、部屋を訪ねる勇気が無かったのか。それとも騎士様達に中に入る事を拒否されてしまったのか。

さっきジークルーネ様は裁判が終わればこの国を出て行くと言われました。そうなればもう小伯爵様には会えなくなるのでしょう。

事情がわからないのだから余計な事をしたらダメ!

と思います。

でも、それと同時に。ヒルデブラント小侯爵様は、事情がよくわからないのに、部屋に乱入して来て私を助けてくださったのだと思いました。

私が怒られるだけで済むなら、余計な事をしてしまおうか?

と考えた瞬間私は叫んでしまっていました。

「シュテルンベルク様ーー!シュテルンベルク様ーーー‼︎」

騎士様や看護婦さん達がぎょっ!として

「やめてください!」

と言われます。でも、お医者様は面白そうに窓を見ておられました。

小伯爵様が窓を開け、下を覗き込みました。

そして。

バターン!っと、秒で閉めてしまいました。

「・・・あ。」

気まずい空気が流れました。

「なんか・・すみません。」

「いいえ、一目でも顔が見られて良かったです。これで心置きなくヒンガリーラントを出て行けます。」

ジークルーネ様は、どこまでも優しかったです。

お節介を焼くってなんて難しいんだろうと、私は落ち込んでしまいました。

「アズールブラウラントも良い所なのでしょうね。」

とジークルーネ様が言われました。

「はい。ヒンガリーラントと一緒で、良い人と悪い人がいるし、意地悪な人も優しい人もいます。でも、大切な故郷です。」

「そうですね。海もありますしね。」

とジークルーネ様は言われました。

「ブルーダーシュタットの海を昔見た事があります。とても綺麗な海でした。悲しい事があった時には、いつも海を見に行きました。寄せては返す波に何もかも、悲しみも苦しみも喜びも溶けていって。」

「いつか機会があったらヴァールブルクに来てください。私、案内・・・。」

言葉が止まってしまいました。

私とジークルーネ様は向かい合って話しています。そんな私の前方、ジークルーネ様の後方にシュテルンベルク小伯爵様が現れたんです!

パジャマ姿に大きなストールをかけていて、大きく息を切らせています。

私が降りるのにあれだけ苦労した螺旋階段を、一瞬で駆け降りて来たのでしょうか?

同じ日から入院していて、私より遥かに重傷なはずなのにすごいです。

「・・・ルネ!」

と小伯爵様は言われました。

ジークルーネ様が軽く目を見張られました。しかし振り向こうとはされません。

小伯爵様はジークルーネ様に近づいて来て、後ろから優しく抱きしめられました。

「どこにも行くな。」

「・・・。」

「行かないでくれ。」

「・・・はい。」

ジークルーネ様の目から真珠のような涙がこぼれ落ちました。

す、すごいです!

まるでオペラのワンシーンのようです!

看護婦さん達は真っ赤になって見惚れていますし、お医者様もエフィミア姉様もガン見しています。最初からいた女性騎士様と、後から小伯爵様を追いかけて来た騎士様達は、ぽかーんとした顔をしていました。

「姉様!」

私はエフィミア姉様の服の袖を引っ張りました。

「眺めていたら失礼よ。お部屋に戻りましょ。」

「そ・・そうね。」

私達は少しずつフェードアウトをしました。さくらんぼの花が舞い散る中で立っている御二人はまるで一幅の絵画のようです。

私は事件以来男の人が苦手になって、お兄様以外の男の人に近寄られると恐怖心や嫌悪感を持つようになっていました。

でも、お互いを思い合っている御二人の姿を見ていると、自分もいつかこんなふうに恋人に優しく抱きしめられてみたいと思いました。

家同士の仲が悪いという事でしたので、きっと御二人にとってこれからの未来は楽で平坦なものではないでしょう。

だけど御二人には幸せになってもらいたい。心からそう思いました。