軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ノルド商会(4)(エフィミア視点)

「・・そうか。本と言えばヴァイスネーヴェルラントと思っていたけれど、アズールブラウラントにだって出版社はあるよね。」

「お嬢様。活版印刷術はアズールブラウラントで発明されたのですよ。」

と侍女殿が微笑んで言われました。

そうです!

エーレンフロイト姫君と言えば、無類の本好きで有名な方ではありませんか。

そして、本ならある!

「エーレンフロイト様に是非お勧めしたい本がございます。少し待っていて頂いてもよろしいですか?」

そう言って私は、私の部屋がある三階に走りました。

アズールブラウラントからヒンガリーラントにやってくる時、長旅の無聊を慰める為、アズールブラウラントで出版された本を二冊買いました。しかし、旅の最中も何やかやと忙しく全く読む事ができませんでした。なので事実上この二冊の本は新品なのです。

私はその二冊の本を手に取り、一階へ戻りました。

「どんな本なのですか?」

レベッカ様は前のめりで聞いて来られました。さっきまでとは目の色が違います。レベッカ様が手に取られた本の題名は『森と海のお話』というものです。

「こちらは、アズールブラウラントで有名な童話作家が書いた絵本です。アズールブラウラントで古くから言われる 諺(ことわざ) を元に書いてあるのです。『太陽があるから月は輝く、根があるから花が咲く、森が豊かだから海は美しい』目に見える美しい物は、目に見えない物の力に支えられている、という意味なのです。」

「素敵な諺です。その通りですよね。真実だと思います!」

レベッカ様は笑顔で言われました。

「とても面白そう。すごく読んでみたいです。こちらは?」

もう一冊の本の題名は『司法省特捜課猫係』という題です。

「ヴァイスネーヴェルラントのアレクサンドラ女男爵のファンの作者が、自分もこんな謎解き物を書いてみたいと思って書いた本だそうです。検挙率100%の司法省特捜課ニ係のメンバー六人が、事件の捜査をしている最中に犯人の協力者の魔女に呪いをかけられて、猫にされてしまいます。でも、猫だからこそ、人間には入り込めない場所に入れたり、盗み聞きをしたり尾行したりと、ますます大活躍をするという話なんです。」

「買います!」

と即決して頂きました。

「猫ちゃんの絵、可愛い。」

「手描きの挿絵なんですね。」

ハイドフェルト令嬢もレーリヒ令嬢も目を輝かせてくださっています。

「二冊とも買います。おいくらですか?」

この二冊は手描き挿絵のついた絵本です。装丁もかなり凝っています。決して安くない本でした。でも、私は自分が買った値段をそのまま言いました。

「金貨一枚と銀貨二十枚です。」

「わかりました。ユディ。」

姫君は背後の侍女を振り返りました。侍女殿が財布を出し、金貨一枚と銀貨二十枚、即金で払ってくださいます。

売れた・・。

私は嬉しくて泣きそうになりました。

姫君はさっそく中を開いて読み始められます。お金を払ってくれた侍女殿が少し恥ずかしそうに言われました。

「手を洗わせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」

トイレを貸してくれ。という意味です。メイドを呼ぼうかと思いましたが、私自身でご案内することにしました。代わりに支配人を呼んで、部屋にいてもらいます。

「ありがとうございました!」

と私はトイレに行く途中で言いました。侍女殿が口添えをしてくれなければ、本を売る事はできませんでした。

「私はアズールブラウラント人なのです。」

と侍女殿は言われました。

「死んだ夫はヴァイオリンを弾くのが趣味でした。子供の頃、夫は一所懸命お金を貯めて自分用のヴァイオリンを買いに言ったそうです。でもヴァイオリンは夫の想像より遥かに高くて、夫の持っているお金ではとても買えませんでした。そしたらご店主が、持っているだけのお金で良いと言って一番廉価なヴァイオリンを売ってくれたそうです。そのお店の名はシュリーマン商会です。」

私の実家の商会です。この方のご主人が子供の頃となると、店主だったのはきっと祖父でしょう。

「夫は死ぬまでそのヴァイオリンを大事にしていました。最近13歳の息子がヴァイオリンに興味を持つようになってそのヴァイオリンを弾くようになりました。私達家族にとってかけがえのないヴァイオリンです。」

そんなに大事にしてもらえているのだと思うと胸が熱くなりました。

「商人は、必要な物を本当に必要な人の所に届ける事のできる、とても尊い仕事なのだよ。」

と死んだ祖父はいつも言っていました。その通りです。

商売はいりもしない高級品を売りつける事ではありません。その人が本当に必要としていて、手に入れれば人生を変える事ができるものを届ける仕事なんです。

本当に大切な事を思い出しました。

「あの、三人の女性が見せてくださった物も良い物だったのですけれど・・。でも、親友のユリアーナ様のお義母様がお茶を専門に扱う商人なのです。なので、お嬢様はお茶はレーリヒ商会から仕入れると決めておられるのです。それと、お菓子ですがお嬢様はバターを使ったお菓子が好きで豚脂や牛脂で作ったお菓子はあまり好まれないんです。それに、何より、お酒が嫌いで一滴も飲まれません。なのでお酒の入ったお菓子はちょっと・・。それに、あの方達のお嬢様を見る目や、若奥様に対する態度が不快だったみたいです。」

「申し訳ありません。あの三人のことは商会を代表して謝罪致します。」

「いえ。これからも大変かもしれませんが、頑張ってくださいね。」

侍女殿は優しい笑顔でそう言ってくださいました。

そうだ。私は結婚してここで生きていくと決めたのだから頑張って生きて行こう。何があっても、ここで前を向いて生きて行こう。

そう思いました。

外に出て、レベッカ様達のお見送りをしているとちょうど義父と夫が戻って来ました。

「今日は素敵な時間をありがとうございました。また、良い物が手に入ったら教えてくださいね。」

「はい。必ずご連絡致します。」

そう言ってお別れした私達を見て、義父がびっくりしています。

「どうして、エーレンフロイト姫君が⁉︎」

「店に投石行為があったと聞いて心配して駆けつけてくださったのですよ。せっかくなので、商品をお勧めすると購入して頂けました。」

「何を買ってくださったの?」

とフォルクが質問します。

「アズールブラウラントで出版された、絵本二冊よ。」

「そんな物がうちにあったの?君が持って来てくれたのかい?」

「幾らで売れたんだ⁉︎」

義父が興奮して聞いて来ました。

「金貨一枚と銀貨二十枚です。」

私は更に言いました。

「他にも面白そうな本があるなら、取り寄せて欲しいと依頼されましたので、実家に連絡してみますね。」

「良くやった!」

義父は満面の笑みで私を褒めてくれました。

「今の状況が落ち着いたら、一緒にヴァールブルクに買い付けに行こう。」

とフォルクも言ってくれました。

あの美しい海や、友達の顔が近いうちに見られるかも。と、そう思うと嬉しくなりました。

ありがとうございました。エーレンフロイト様。

私は心の中でそう言って、エーレンフロイト家の馬車が去って行った方向にもう一度深く深く、お辞儀を致しました。