作品タイトル不明
五日目の来訪者(3)
私が、国立医大救急救命センター付属病院にやって来たのは、四日ぶりの事である。
というか外出自体が四日ぶりだ。
今王都は、混乱の坩堝にある。至る所で老若男女、貴族に平民、邦人と異邦人、第一王子派と第二王子派と、ただ騒ぎたいだけの人に魑魅魍魎がケンケンガクガク、ピーチクパーチク至る所で騒ぎを起こしているのだ。
あまりにもカオスな状態なので、絶対外出するな!ふらっと抜け出すな!とお母様に厳命されていたのである。
しかし、今現在、私はお母様より上位者のエリーゼ様の命令で外出中。
メンバーは私、エリーゼ、ユリア、カレナ、コルネ、ドロテーア、ユーディット、ミレイ、エリーゼの侍女兼護衛が二人、私の護衛が二人。全員女性だ。
私達はまず、ユーバシャール孤児院に寄った。
「注文していたフラワーボックスはできているかしら?」
「はい。こちらでございます。」
エリーゼに言われてサブリナが二つの箱を持って来た。
「シュテルンベルク様へのお見舞い品は、紫と白のバラと藤でまとめてみました。未成年の女の子の方はピンクやオレンジのバラを中心に作っています。」
「見事な出来だわ。感服致しました。クーニグンテ、代金を払ってちょうだい。」
エリーゼが侍女に言った。が。
「お代は一つ分だけでけっこうです。私達はシュテルンベルク様には本当にお世話になっております。季節毎に寄付をくださり定期的に慰問をしてくださいました。子供達は皆、いつも遊んでもらえてとても喜んでいました。ユリエンがプロのチェスマスターの弟子になれたのは、シュテルンベルク様のおかげです。なので、子供達がシュテルンベルク様へのお見舞いの品に関しては代金はいらないと言っているのです。」
とサブリナは言った。
ユリエンか。
懐かしい名前を聞いた。
ユーバシャール孤児院には、大昔誰かに寄付されたボロボロのチェス盤とリバーシ盤があり子供達は普段からそれで遊んでいた。しかしユリエンは誰とも勝負してもらえなかった。ユリエンは院では無敵の存在で、誰とも勝負にならなかったのである。
やがて私がユーバシャール孤児院に入り浸るようになり、子供達が私の存在に慣れてくると、ユリエンはおずおずと私に勝負を申し込んで来た。子供チェス大会での優勝経験がある私との勝負が夢だったのだそうだ。
そして私は負けた。
敗因は、子供チェス大会の時のフィリックスと同じだ。舐めてかかって、最初手を抜いているとあっという間に挽回不可の局面に追い込まれたのである。
ユリエンの夢はプロのチェス棋士になることだった。それを聞いて私はヨーゼフに手紙を書いた。コンラートと一緒に孤児院に行きユリエンの相手をして欲しい。できたら指導もして欲しいとお願いしたのだ。
私に勝てて、ユリエンはすっかり調子に乗っている。私はこのまま褒めて伸ばすので、その方向性が間違った方向に行かないよう指導して欲しいと頼んだのである。
孤児院を訪れたコンラートは最初からトップスピード、フルスロットルでユリエンを完膚なきまでに敗北させた。初めて敗北をしたユリエンは悔しさで声をあげて泣いたらしいが、これくらい気性の激しい子供の方がプロ競技には向いている。コンラートは何度も孤児院を訪れユリエンの相手をした。そして、ユリエンが11歳になった時自分のチェスの師匠に連絡し引き合わせた。ユリエンには才能がある!と認めたお師匠はユリエンの里親になってくれた。
ユリエンはプロの棋士になる為、院を出て行った。直後、天然痘が西大陸で大流行し、国々がロックダウンしたが、幸運にもその時ユリエンはヴァイスネーヴェルラントにいた。天然痘患者が出なかったヴァイスネーヴェルラントでは、チェス大会が普通に開かれていた。
そして、天然痘が終息した後、ユリエンは一度賞金を届けにユーバシャール孤児院に戻って来た。
ユリエンはコンラートを慕っていた。そして、ボードゲームで遊んでくれたり、櫛やパズルをプレゼントしてくれるコンラートの事を、他の子供達も愛想の無い人と思いつつも慕っていた。このたびの事件は子供達にも大変なショックを与えたそうだ。そして勿論、ジークレヒトの事も。
「コンラート様にお手紙も届けてください。」
と何人かの子供は、手紙も渡してくれた。
四日前にあんな騒ぎを起こしたので、病室の前で護衛をしているシュテルンベルク騎士団の騎士様に嫌な顔をされるのでは?と思ったが騎士達は笑顔で私達を歓迎してくれた。まあ、ユリアにミレイというアカデミーの美少女ツートップが一緒だしな。おかげで、私達を見る騎士達の目の生温かい事。
「どうぞ。今、エリカ様とコリンナ様がお越しになっているのですが。」
確かにドア越しに声が聞こえてくる。
病院のドアは、中で患者の容態が急変した時すぐ気がつけるよう、わざと薄く作ってあるらしい。その上、換気と廊下の採光の為にドアの上が日本建築の欄間のようになっている。なので、耳を澄まさずとも中の声がよく聞こえてくる。
あの無口なコンラートが、女性と何を話しているのだろうか?と思って私は中の声を盗み聞きしてみた。