軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

王宮の乱(5)(ルートヴィッヒ視点)

「どうして、僕は・・・。あの時、何としてでもイシドールを止めていれば。」

クラウスの目から次から次へと涙がこぼれ落ちる。

クラウスはジークレヒトと比較的仲良くしていた。というよりクラウスは、コンラート以外の他人にほとんど関心を示さなかったジークレヒトが口をきく数少ない相手だった。

ジークレヒトと親しくなく、むしろ心の奥底の方ではウザいと思っていた僕でさえ、彼が死んだかもしれないと聞かされて喪失感を感じているくらいだ。目の前で屋上から飛び降りる姿を見たクラウスのショックは僕の比ではないだろう。

そんなクラウスに、エーレンフロイト侯爵は厳しい声で言った。

「クラウス殿下。殿下が後悔なさる必要はありません。ジークレヒトの事は、イシドールに全責任のある事です。殿下はご自分ができる事を全てなさいました。できなかった事を悔やまれる必要はありません。コンラートの命が助かったのは間違いなく殿下の御力なのです。」

「その通りだ、クラウス。おまえはよくやった。」

と父上もクラウスに声をかけた。

「おまえとフィリックスがすぐに様子を見に行かなかったのは正解なのだ。見に行っていればコンラート同様おまえ達も袋叩きにされていただろう。そうなっていたらコンラートを救う事も、エリーゼに助けを求める事もできなかった。おまえ達は難しい状況の中で最善の行動をとったのだ。だから、自分を責める必要はない。」

僕はうんうん、とうなずいた。

父上の言う通りだ。

言っては何だが、趣味が読書で武術系がからっきし、腕力も権力も発言力もずる賢さも無いクラウスに、どうにかできた状況とは思えない。

先刻フィルが「騒動が起きてる物音を聞いたのに、関わるのを面倒に感じてすぐに様子を見に行かず、部屋でお茶を飲んでいた事が僕の罪だったというのならおとなしく罰を受ける」と言ったが、喧嘩や暴力沙汰は寄宿舎では日常茶飯事だったのだ。その全てに首を突っ込むわけにはいかないし、正直「またか」と思ってしまったのもよくわかる。たぶん、僕だって寄宿舎に居たとしても聞こえなかったふりをすると思う。少し遅れてとはいえ、様子を見に行っただけすごい事だ。

「司法大臣と民部大臣らの言い分はそれぞれ聞いた。後は当事者の言い分が聞いてみたいものだ。捕まえた者達は何と言っているんだ?」

とフェルディナンド叔父上が聞いた。

エーレンフロイト侯爵は首を横に振った。

「会話になりません。アロイジウス・フォン・ヴィンターニッツは司法省の取り調べ官を『下賤』呼ばわりして、自分にこんな態度をとって後々の報復を覚悟しろと言うばかりですし、ティム・フォン・ルイトボルトは泣いてばかりで会話が成り立ちません。イシドール・フォン・エーベルリンはよく喋るのですが、喋り過ぎるのが怪しいと申しますか。奴の言い分を鵜呑みにするなら共犯者の数は三十人以上です。」

そう言って、侯爵は僕の方をちらっと見た。

「イシドールは『共犯者』としてクラウス殿下とフィリックス殿下の名前を挙げています。更にルートヴィッヒ殿下の名前も挙げておられます。」

「ほう・・・。」

と父上が言って笑った。目は全く笑っていなかったが。フェルディナンド叔父上の額にも青スジが浮かんでいる。

室内の異様な雰囲気に、宰相は出てもいない汗をハンカチで拭いていた。

「陛下!どうかこの私に司法大臣の助力をするようお命じください。身分の低い者の取り調べには応じぬと言うのなら、私が取り調べを致しましょう。いかなる言い分があるのか、どのような手を使ってでも聞き出してみせます!」

と叔父上が言った。

「という事だがどうする。エーレンフロイト侯爵?」

と父上が侯爵に聞いた。

「ありがたい事でございます。是非、アーレントミュラー公爵にお力添え頂きたいと思います。公爵が尋問を主導してくださるならば、わたくしは違う事に尽力できます。例えば、ヒルデブラント小侯爵の捜索などを。」

侯爵は顔を上げ力強く言った。

「私はまだ諦めてはおりません。」

「ああ、そうだな。」

と父上は言った。

「小侯爵の手がかりは何もないのですか?」

とずっと黙っていた母上が言った。

「例えば、少女を助け出したという通行人の女性は何か見ていないのでしょうか?」

その言葉を聞いて侯爵は眉間にシワを寄せた。

「・・・それが、寄宿舎内が混乱していた 最中(さなか) に、その女性はいなくなってしまったのです。司法省員が話を聞こうとしてもどこにもいなくて。門番も人の出入りが絶え間無かった為、出て行ったのに気がつかなかったと申しております」

「まあ、どうしていなくなってしまったのかしら?」

「わかりません。何か後ろ暗い所がある人で司法省員が着く前に姿を消したのかもしれませんし、あるいは二人の人間が溺れているのを見て少女の方を助けて、後になって自分が助けたのが異邦人の平民で、見殺しにしてしまった方が邦人の貴族だったと知って恐ろしくなったという可能性もあります。」

「それは仕方のない事だろう。」

と叔父上が言った。

「顔に『貴族』とか『異邦人』とか書いてあるわけではないし、男と少女が川を流れていたら千人中999人が少女の方を助けるはずだ。助けた者が責任を問われる事じゃない。」

「そうですね。司法省でも周囲に人をやって捜索しています。頑張って見つけ出せたらと思います。」

と侯爵は言った。

「ジークレヒト君といいその女性といい、捜索の人手は多い方が良いだろう。宰相府からも人を出そうか?」

と宰相が言うと

「僕も探します!」

「自分も!」

と、クラウスとフィルが言った。だが、エーレンフロイト侯爵は首を横に振った。

「いえ、既に情報大臣が情報省からかなりの人手を出してくださっています。雨もひどくなって来ましたし、人数が増え過ぎると二次被害の可能性が高くなりますので、これ以上は結構です。それよりも、殿下方には違う事をお願いしたいのですが。」

「いったい何だ?侯爵。」

とフィルが聞いた。

「エリザベート様から詳しく話を聞いてくださいませんでしょうか?おそらく大人の私や宰相閣下が聞くよりも、気心の知れた殿下方の方がより多くの情報をお話しくださるかと思います。それと私の息子のヨーゼフにも。ジークレヒトの事で少し奇妙な事を言っていたのです。聞き返すと、口をつぐんでしまったのですが。」

「了解です。よし、それじゃあ。」

と言ってフィルは回れ右をした。クラウスも頭を動かしたが、それと同時に立ちくらみを起こして体をよろめかせた。

「殿下!」

「クラウス!」

エーレンフロイト侯爵とフィルが慌てて体を支える。玉座に座していた父上も腰を浮かした。

「クラウス。おまえ夕食まだなんだろう?温かい物を食べて少し休め。僕は、おまえとジークレヒトとコンラートが図書館の整理整頓をしていた間に昼寝してたし、司法省で優しいお姉さんからビスケットをもらって食べたから大丈夫だが、おまえは休んだ方がいい。」

とフィルが言う。すると父上が

「クラウス。今日は大人達に任せて蛍野宮で休め。どちらにしても、エリーゼを訪ねるには非常識な時間だ。会いに行くのは明日で良い。命令だ。テオドーラ。」

「はい、陛下。」

「クラウスに食事をとらせて、ゆっくり休ませてやってくれ。」

「承知致しました。陛下。」

テオドーラ妃はクラウスの腕をとって歩き出した。二人共足元がおぼつかない感じなので心配になったが、父上が背後に控えていた近衞騎士に蛍野宮まで送るようにと指示を出していたので、たぶん大丈夫だろう。

「では、僕はエーレンフロイト邸へ・・。」

「僕も行く!」

と、僕は自分の声をフィルの声に被せた。途端にフィルが嫌な顔をする。

「遊びに行くんじゃないんだぞ。」

「わかってるよ!そんな浮かれた気持ちで言ってるんじゃない。僕だって何かしたいと思ってるんだ。」

「そうなのか。でも頼むから、エリーゼやレベッカ姫の前でジークレヒトがいなくなって清々した、みたいな事を言ってくれるなよ。例えレベッカ姫が泣き崩れていたとしても、絶対に余計な事を・・・。」

「わかった、と言っているだろうが!」

「フィリックス。」

と父上が言った。

「夕食にビスケットだけ、というのは少な過ぎだ。それでは気力も湧いて来ないだろう。おまえも芳花宮で夕食をとりなさい。それからエーレンフロイト邸へ行くんだ。これは命令だ。」

「・・わかりました。」

とフィルは言った。実は僕も夕食がまだである。なので、この命令はちょっと嬉しかった。

「では、一足先に御前を失礼致します。」

と言ってフェルディナンド叔父上が出て行った。

「自分も、もうよろしいでしょうか?」

とエーレンフロイト侯爵が聞いた。

「ああ、また明日午前中の内に報告に来てくれ。追加でわかった事を聞きたい。」

「かしこまりました。」

「侯爵。」

父上は真面目な顔をして言った。

「クラウスを助けてくれてありがとう。其方は王家の恩人だ。この件については後に褒賞を用意する。一人の父親として心から感謝する。」

「私一人の力ではありません。フィリックス殿下、エリザベート姫君、手紙を仲介した使用人、それに私の娘のレベッカ、皆の力があったからでございます。むしろ私が、両殿下を司法省に同行させてしまった事で不快な噂が流れ、陛下の御心を煩わせてしまった事を心より陳謝します。」

「噂には慣れている。腹が立たないかどうかは、また別の事だがな。」

父上は殺気をダダ流しながら微笑んだ。

「わたくし達も下がりましょう。」

と母上が僕にささやいた。

僕とフィル、母上とイーリス様も父上の前を辞した。

芳花宮へ向かう途中、廊下でひそひそと何か話している侍女の姿を見た。フィルの方をじーっと見ていたが、フィルが振り返った途端目を逸らす。もはや王宮中が誤った噂の 坩堝(るつぼ) なのだろう。民部大臣に典礼大臣に元司法大臣。そしてその背後にいる財政大臣ディッセンドルフ公爵の事を僕は絶対に許さない!

空に稲光が走り、ドドーン!という音がした。雨がひどくなって来ていた。