作品タイトル不明
王宮の乱(3)(ルートヴィッヒ視点)
書斎を出て図書室の前を通ると、母上と誰かの声がした。
母上が図書室で客に会うのは珍しい。図書室は、母上の一番お気に入りの部屋なので、特別なお客様しか招き入れられる事はないのだ。幼い妹などは、今だに立ち入り禁止である。
「誰が来ているの?」
と僕はコートニー叔母上に聞いた。叔母上は幼いアンゲラが
「お母様、どこー?お母様ー?」
と廊下で騒いでいるのを
「あっちで遊びましょう、アニー様。」
と言って引きずっていた。
「アーレントミュラー公爵夫人です。」
と叔母上は言った。
「王宮に来ていたんだ?」
「駆けつけて来られたのです。公爵は、陛下に謁見を申し込んでおられます。公爵が夫人に芳花宮に行くよう指示されたそうです。罪状がセンシティブな物ですから、まずは男だけで話したいと言われたそうですが、公爵夫人を気遣ってそう言われたのだと思います。陛下はともかく、民部大臣や典礼大臣からひどい言葉が出るかもしれませんから。公爵夫人もひどく動揺しておられます。」
そういえばそうだな。
『エーレンフロイト侯が反乱を起こした』
というフレーズが脳内の95%を占めていたが、女性を『略取、強姦』ってとんでもない犯罪だよな。
自分の息子がそんな犯罪を犯したなんて聞かされるのは、親にとっては最悪の悪夢だろう。
と叔母上に言ったら
「もしもルーイ様がそんな犯罪を犯したら、姉はルーイ様を殺して自決すると言ってました。」
と言われた。
姉妹間でそういう話題が出ている事が何かショックだよ。
僕は図書室のドアをノックし中を覗いてみた。母上とイーリス様は暖炉の側のソファーに向かい合って座っていた。母上の方が真っ青でイーリス様は普段通りに見えた。動揺しているように見えないんだが。
「入ってもよろしいですか?」
「ご無沙汰しています。ルートヴィッヒ殿下。」
とイーリス様は言った。この人は『美しい夜でございます』とか、言わない人なんだよなあ。まあ、こんな大雨で稲光が走る夜に『美しい夜です』と言われても困るけど。
「あの・・フィルの事聞きました。けど、フィルはそういう奴じゃないと思います。何か勘違いか・・その・・。」
余計な事だと思うけれど、言わずにはいられなかった。というかもし万が一エーレンフロイト侯爵の反乱だったとしても、僕は関与していないと主張しておきたい。
「ありがとうございます。」
イーリス様は悲しそうに微笑んだ。
「でも、あの子は、とても同調圧力に弱い子だから。」
「・・・。」
「人と違っているという事をとても恐れているんです。良い事でも。悪い事でも。」
「・・みんな、そうですよ。」
と僕は言った。
「誰だってそうです。無視されたり笑われる事が怖いんです。一人な事が嫌なんじゃなくて、集団の中で一人なのが嫌なんです。」
「そうね。」
とイーリス様は言った。それが本心なのかリップサービスなのかわからない。この人は一人でいる事を恐れるように見えないから。
「・・後悔してるんですか?フィルを生んだ事。」
「いいえ。」
とイーリス様は即答した。
「本当ですか?」
「ルーイ、失礼よ。」
と母が硬い声で言う。
「だったら、いつかそう言ってやってください。フィルは自分のせいでイーリス様が数学研究に集中できないのではと気に病んでいます。自分を妊娠したせいでイーリス様が結婚する事になったから。」
「・・・え?」
とイーリス様は言った。
「フィリックスを妊娠したのは、結婚した後よ。」
「え?・・でも。」
と言って僕は後悔した。人の家の家庭の事情に首を突っ込み過ぎた。どう考えたって、こんな事を言うのは不躾だ。
「もしかしてフィリックスの誕生日が出産予定日より早かったから、そう言ってる?フィリックスは前置胎盤だったの。だからお医者様の勧めで七ヶ月で帝王切開で生んだのよ。」
ゼンチタイバンって何?と思ったけれど、それを聞くべきタイミングは今ではない。そのくらいのデリカシーはある。
それでも
「ルーイ!あなた本当に失礼よ!」
と母にはキレられた。
「怒らないで、ステファニー。はっきり顔を見て言ってくれるのはもし嫌味だとしてもありがたいわ。陰で噂を広められた方が大変。王族のフェルディナンドと婚約した後、研究の為半年ゴールドワルドラントに行ってて結婚式のニ日前にヒンガリーラントに戻って来たのに、結婚式の時点で妊娠三ヶ月だったらしいなんて噂をたてられたら、処刑台に直行させられるわ。」
「すみませんでしたーっ!」
無礼とかどうとかいう問題ではなかった。
というか、あいつ親がデキ婚なのがコンプレックスってグラウハーゼに報告受けてたけど、あいつの勘違いじゃないか!
余計な事を言っていらん恥をかいた。
「いいのよ。フィリックスがあなたにそう言ったのでしょう?」
「い、いえ。・・・違います。その・・。」
「あの子と、もっと話し合えば良かった。」
悲しそうな声でイーリス様は言った。
「ちょっと待ってください。フィルの人生がもう終わったみたいな事を言わないでください。僕は本気であいつは略取とかゴウ・・とかとは無関係だって信じています!」
「・・・。」
「あいつだって人間です。親を侮辱されて反射的に相手を殴ったとか、泥酔して公共の場で裸踊りしたとか、そういう事を絶対しないと言うつもりはありません。でも、略取という犯罪は質が違います。女の子を道で待ち伏せして、攫って、人目につかないように運んで、寄宿舎に入れる為に門番を買収してって、ものすごく準備がいる犯罪なんです。何度でも振り返って引き返すチャンスがあるのに、結局最後まで突っ走って、なんてあいつがするわけありません。絶対、あいつは途中で我にかえります。あいつ両親が大好きなんです。両親が連座される事がわかってて、立ち止まらないわけがありません!衝動的な犯罪ならともかく、入念に計画しなきゃいけない犯罪はあいつはしません!」
「・・・ありがとう。」
という声が聞こえた。声は震えていた。イーリス様の目から涙が伝い落ちていた。
「そうね。そうだわ。あの子があんなひどい事するわけがない。だってあの子はフェルディナンドの子だもの。ありがとう。ルートヴィッヒ様。あの子を信じてくれて。」
「僕、これから父上に会って来ます。父上がどう思っているか知りたいし、もし大臣が側にいたらきっちり話を聞き出してやりたいんです。」
「私も行くわ。目を逸らしていてはいけなかったの。私も話が聞きたいわ。」
イーリス様の目からはまた新しい涙が伝い落ちていた。それでも、イーリス様の表情は晴れやかだった。
「私も行くわ。一緒に話を聞きましょう。」
と母上も言った。
その時だった。
図書室のドアの向こうから、ひょこっとうさぎのぬいぐるみが顔を出し、聞き慣れた声がした。
「ルートヴィッヒ様。司法大臣が到着したそうです。クラウス殿下とフィリックス殿下が一緒らしいですよ。」