軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

不帰川(5)(フランツ視点)

被害者の少女が眠っているなら、今私にここでできる事はない。それより男子寄宿舎へ行くべきだ。秘密の通路の存在を聞いたのは、その方が一旦外に出るよりショートカットできると思ったからだ。雨に濡れたくない。というのもあるが。

「こちらです。」

「機動五課長、行こう。ビルギット以外の騎士はついて来てくれ。文書課長と総務課長は検分を頼む。」

『検分』とは、犯罪被害者の傷の様子や服の破れ方を確認する作業だ。

「体に触れて起こしてしまわないよう、目視でわかる範囲でいい。」

レベッカと仲の良いアーベラが、レベッカの方を心配するような表情で見たが、何も言わず着いて来た。

私達が案内されたのは食堂だった。

「厨房の地下室にある食糧庫を、二つの寄宿舎で兼用しているのです。厨房には食堂からしか入れません。」

食堂の中には、数十人の女生徒と侍女達がテーブルについていた。食事は全員終わっており、ただテーブルの側の椅子に一様に不安そうな表情で座っている。無意識のうちに、コルネとリーシア、ヘレンとミレイを探した。皆泣きそうな表情をしていたが、私と目が合うとほっとしたような表情を見せた。

食堂では、メイド達が食後の皿洗いをしていた。

副校長は奥のドアを開け、その中にあった階段を下った。

「生徒達にはわかる限りの事は説明しています。しなければ逆にパニック状態になりますから。」

「大人が少ないですね。」

「使用人や教師達には、王都に家族がいる生徒の家を訪ねてもらい、事情を説明して回ってもらっています。希望する生徒は家に帰すつもりです。」

階段を下った先にある食糧庫は広かった。私達はもう一つのドアを開け階段を上った。

「カーラー君。」

私は機動五課長に語りかけた。

「最優先事項は、クラウス殿下の保護だ。犯罪者の確保がしたいだろうが、そちらをまず優先してくれ。」

「承知しました。」

階段を上った先は当然厨房だ。突然、知らない人間が大量に現れて料理人達は仰天していた。副校長が一緒にいてくれなければ、間違いなく不審者扱いされ、肉切り包丁を構えられただろう。

説明をする時間が惜しいので、私はそのまま厨房を突っ切った。その先の食堂に人はいない。食堂を出た先は廊下ではなく広いホールだ。

女子寄宿舎は長方形だが、男子寄宿舎は正方形だ。中央が巨大な吹き抜けのホールで、四方向に部屋がある。その為、ホールに立てば、全部の部屋のドアが見渡せる。ホールには一人の生徒もいなかった。いたのは、数人の教師や従僕だった。

彼らは難しい顔をして何かを話し合っていた。こんな難しそうな顔、13議会の会議中の議会員でさえした事はない。

「い・・いったい、どこから入って来た⁉︎」

裏返った声で叫んだのは、ヘルフリート・フォン・ヴァーグナーだ。アカデミーの校長であるヴァーグナー伯爵の甥である。

ヴァーグナー伯爵には娘がいるだけで息子がいない。なので、ヘルフリートは、伯爵位とアカデミーの校長職の最有力後継者だ。その輝かしい地位が吹っ飛ぶような大事件が起きてしまい、難しい顔をして話し合いをしていたのだと思われる。

「門にはカンヌキをかけているのに!」

それで、課長達はまだ中に入れていないのか。と理解した。アカデミーの鉄製の門はカンヌキを内側からかけられたら、投石器でもない限り開かないだろう。秘密の通路を通って来たのは正解だった。

「ティアナ、アーベラ。門を開けに行け。」

「はい。」

「待て!勝手な真似を・・・。」

私はヘルフリートを無視して、懲罰室に向かった。二十年前は私もここで寝起きしていた。懲罰室に入れられた事は無いが、場所はわかる。

懲罰室に続く階段を下ると廊下があり、左右に四つずつ部屋がある。八つある懲罰室のどこにクラウス殿下とコンラートがいるかはすぐにわかった。階段にぽたぽたと血痕が落ちていて、一番手前の左の部屋のドアの前に続いていたのだ。そのドアの前に監視役の教師が立っていた。私を見るとその教師は、ホラー系オペラの賑やかしのように絶叫した。

「どけ。」

と言う必要はなかった。教師はよろよろと十歩ほど後ずさりし腰をぬかした。

ナターリエがドアにかけられていたカンヌキを外す。ドアを開くと中にいたクラウス王子が振り返った。

懲罰室の中にある家具は、簡素な木のベッドだけだった。そのベッドの上にコンラートは寝かされていた。部屋の中は極寒なのに、ブランケット一枚無い。

クラウス王子は、自分の上着をコンラートの体にかけ、シャツを脱いでそのシャツでコンラートの頭の傷を押さえて傷を圧迫し、少しでも出血を抑えようとしていた。寒い部屋の中でタンクトップだけになっていたクラウス王子の唇は、寒さの為に真紫になっている。

「侯爵・・・。」

クラウス王子の青い瞳から涙が溢れた。

「コンラートを助けて。それと、ジークレヒトを!」

「はい。承知致しました。」

私は手に持っていた自分の外套をクラウス王子の体にかけた。王子のシャツは勿論、上着も血まみれになっていて、もはや着る事は不可能だった。

背後から足音がした。男性騎士達や課長達が駆けつけて来たのだ。

「コンラートを運び出して、病院に連れて行ってくれ。」

と私は騎士達に言った。四人の騎士がコンラートの体に負担をかけないよう、木の寝台の四隅を持ってそのまま持ち上げた。

騎士達が怪力なのではない。木のベッドが安っぽくて軽いのだ。

「クラウス殿下はお怪我はありませんか?」

「僕は平気だ。でも、ジークレヒトが・・イシドールに。」

「イシドールというのは、エーベルリン家のイシドールですか?」

クラウス殿下は泣きながらうなずいた。

「イシドール・フォン・エーベルリンを拘束しろ!」

と私は部下達に指示を出した。