作品タイトル不明
鶯歌燕舞
『 鶯歌燕舞(おうかえんぶ) 』という言葉がある。
ウグイスが歌いツバメが舞うような麗らかな春。という意味だ。情勢が大変良い。みたいな意味もあったと思う。
今年の春は、まさにそんな春だ。私、レベッカ・フォン・エーレンフロイトの心の中では。
何せ、11歳の秋から不安に怯え続けた破滅フラグが一本パッキリ折れたのだ。もうそこら辺にいるウグイスやツバメと一緒に歌って踊りたいくらいの気持ちなのである。人目があるから、やらないけれど。
その破滅フラグが何なのかを語る為には、私の人生を四十年くらい遡らなければならない。
ちなみに私は今17歳だ。計算がおかしい!と思われる方もいるだろう。
そのおかしさこそが、私が歌って踊りたくなる理由なのである。
実は私、侯爵令嬢レベッカは、二周目の人生を生きているのだ。
一周目の人生は14歳までは平和だった。普通の侯爵令嬢らしく、家に閉じこもり、刺繍だ、ピアノだ、昼寝だ、と苦労知らずのお嬢様らしい日常を送っていた。
ところが、14歳の春国内で天然痘が大流行。秋には王都でも流行しふらふらと音楽会に出かけた私は天然痘に感染してしまった。
命だけは助かったのだが、顔には無惨な痕が残り、私はとても人前には出られない顔になってしまった。私が家の中に持ち込んだ天然痘は弟や私の乳母、乳兄弟達にも移り、弟達は高熱に悶え苦しみながら死んでしまった。
その地獄のような状況に母は心を病み、弟の後を追うように死んでしまった。
天然痘は国内の経済を打ち砕き、そこそこに小金持ちだった我が家も破産寸前くらい貧乏になった。
そんなふうに次々と不幸が襲ってくるなか、私は18歳で死んでしまったのである。
その後、私は地球の日本で『文子』という名の少女としておぎゃあと生を受けた。
文子は貴族ではなくバリバリの平民だった。
だが、平民には平民の自由や楽しみがあるものだ。
とあるアメリカ人の社会学者はこう言ったという。
『1850年の時点で住む所を選ばなければならないとしたら、裕福ならイギリスが、労働者階級なら江戸が良い』
それくらい、江戸の昔から日本は平民にとって暮らしやすい国だった。それは令和の現在でも同じ事。
平民でしかも女でも学校に行けるし、救急車にタダで乗せてくれるし、図書館には自由に出入りできるし、フライドチキンや出汁取った後のワタリガニを手づかみで食べても怒られないし。
平民でもおいしい物は食べられるし、修学旅行にも行けるし、上級国民にいきなり「無礼者!」と言われて斬り殺される事もないし、日本での平民ライフはけっこう楽しかった。そんな楽しい平民ライフは、逆走して来やがった普通自動車のせいで18歳で終了した。
しかし、何故かその後レベッカの人生に回帰。戻って来たのは、まだレベッカが幸福だった11歳の秋だった。
そして私は決意した。
絶対、今度こそ天然痘には感染しない。そして18歳より長生きしてみせると。
そして私は一つ目の目標を無事クリアしたのだ。
今世では私は天然痘に罹らなかった。だから弟も乳母のユーディットもユーディットの子供達も天然痘に罹らなかった。弟が無事だったので、お母様も元気に生きている。どのくらい元気かというと三人目の子供を妊娠して無事出産したくらいにだ。
領地での大流行も起こらなかったし、日本にいた頃の知識を流用して小金を稼いでいたので領地も破産しなかった。
良かった。本当に良かった!本当にミュージカル女優のように、いきなり歌って踊りたくらいハッピーな気分だ。
でも、残念ながらウグイスとツバメと私が並んで歌って踊っているのは私の脳内だけで、社会自体は小暗い状態だった。
経済が停滞したせいで、失業者が溢れ、銀行が倒産したせいで数え切れないほどの人達が破産した。その状況で貴族には『復興貴族税』なる物が課せられたので、特に貴族の生活は困窮していた。そんな世の中で道を歌いながら踊っていたら、18歳を待たずして後ろから刺されるだろう。
私が通っているアカデミーも5分の1くらいの人達が退学した。実家が破産したからだ。おかげでアカデミーも寄宿舎も人が減って寒々しい。
エリザベート様の妹さん達や弟のように新たにアカデミーに入って来た人達もいるけど、全体的には微々たるものだ。
ちなみに。
エリーゼに「弟妹がいたんっすねー」みたいな事を言った時、空気が凍りついたわけがわかった。エリーゼの家は、とんでもなく家庭の事情が複雑で、妹も弟も腹違いだった。
しかも、養子縁組しているのは妹達だけ。弟の方はしていない。つまり厳密に言うと弟は『弟』ではないのだ。
なのに、侯爵令嬢である私や伯爵令嬢であるアグネスに向かって「『弟』がアカデミーに入学する」と、嫡女のエリーゼが言った事は大きな意味があったのである。
つまり、ぶっちゃけ、自分の両親が何と言おうとも私は弟を弟と思っているし、あなた達も私の味方をして弟の存在を認めて欲しい。って意味だったのだ。
なのに私は「弟〜。んなモノいるの?」みたいな事を言い、あまつさえトイレに逃走したのである。
よく、迎えに来たエリーゼに刺されずに済んだよ、私!
そんな状況でも、何か私はエリーゼの弟妹に懐かれている。ちなみに、弟の名前はダミアンといって地球のクラシックホラーの主人公と同じというちょっと怖いネーミング。妹達の名前は、エーファとリーファだ。もしも更に妹が生まれたらザーファにベーファになるのだろうか?と思うがエリザベートに聞く勇気は無い。
そんな私は今外出中。久しぶりに寄宿舎の外にお出かけしているのである。