軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大陸歴315年春

春になった。

吹く風が暖かくなり、水もぬるんできた。水辺ではカエルが鳴き、空には渡って来たツバメ達が飛んでいる。ヒンガリーラントの春は良い季節だ。

日本と違って、花粉症の原因になる草木が少ないし、トレンチコートを着て子供や女性の前でがばあっ!とやる変質者もいない。ヒンガリーラントでそれをやったら、終身刑にされるのである。

天然痘はまだ収まってはいない。患者の人数が減ったと思ったら、またタケノコのように現れる、を繰り返し、現在第三波まで流行が繰り返されている。それでも最盛期よりかはだいぶ患者の人数が減った。なので、半月前から隔離区域の縮少が行われ、今患者がいるのは国立医大の側の隔離区域だけだ。

というわけで、今フェーベ街の隔離区域にいる私達はする事もなく毎日まったりと暮らしている。

王様から、最後の患者が退院した後も一ヶ月ほど隔離区域にとどまるように。との命令が出ているのだ。

私達が病気をばら撒いた。と言われない為であろうし、数ヶ月間頑張って患者達の世話をして来た私達をゆっくりさせてあげよう。という心遣いなのだろう。私達はともかくお医者様と看護師は、また新たなる感染地域に向かわなくてはならない。ヒンガリーラント全域で、感染者自体は増え続けているのだ。

「王都全体が食料不足にあえいでいるというのに、こんなに豪華な物を毎日食べさせてもらって申し訳ないよ。」

「レベッカ様が作ると、どの料理も美味いけど、食材自体は豪華ではないぞ。」

とデリクが、私の作ったチャーハンを食べながら言う。デリクはチャーハンが大好物なのだ。

「文句を言うなあっ!王家の支援鍋で命をつないでいる人々もたくさんいるというのに、食べられるだけ感謝せい!」

「文句言ってねえだろ!美味いって言ってるじゃねえか。」

「レベッカ様!」

いつの間にやら背後に立っていた、エルヴァイラ先生とアルテミーネ先生が咳払いをする。

「すっかりお言葉が下町風になっておりますわ。そのような言葉遣いでは侯爵夫人がびっくりなさいます。お屋敷に戻る前に話し方を元に戻しませんと。」

「・・・。」

「お時間があるのでしたら、刺繍やダンスの練習をいたしましょう。」

「あ・・いや・・刺繍をするにも、ろくな布が無いし、ダンスの練習をするにもろくな相手がいないし。」

「『ろくな犠牲者』だろ。」

と、デリクがゲラゲラ笑いながら言った。

「そうだ!野菜の状態を確認しないといけないのだった。あったかくなると傷むのが早くなるから。きちんと整理しておかないとGが出るし。」

私は一目散にその場から逃げ出した。

ちなみに先刻の場所には、ユリアとコルネも側にいたし、私の護衛騎士も側にいた。一応侯爵令嬢である私が独身男性のデリクと二人っきりで話をしていたら、私がデリクの働いている新聞社の新聞記事になってしまう。

で、私が走り出すと全員走ってついて来た。なので、今現在皆と広くもないバントリーで傷んでもいない野菜を一つ一つ確認している。

護衛騎士達は交代制なので、今私の側にいるのはティアナとイェルクだ。他の護衛騎士達はたぶん食事中である。

「ティアナとイェルクまで手伝わなくていいよ。ここ狭いし、バントリーの外にいてくれればいいから。」

「いえ、大丈夫ですわ。自分達が食べる物ですもの。」

「そうです。ダンスの相手をつとめろと言われたら全力で拒否させていただきますが、野菜のチェックでしたら。」

「・・・。」

「それにしても、野菜と大麦はけっこう余りそうですね。残った物はどうするのでしょう?」

とユリアが言った。

「王族の支援活動とかで使うんじゃないの?向こうは食材が足りないくらいでしょう。」

隔離区域にいるとよくわからないが、王都では失業者があふれていて食べるのに困っている人がたくさんいるらしい。そんな人達の為、第三王子のクラウス殿下がほぼ毎日、野菜のスープや麦粥を配っているという。

「スープに粥って、お皿やスプーンを盗まれたりしないのかな?」

と私は疑問を口にした。

「机と椅子の置いてあるブースがあって、そこでもらった物は食べないといけないそうです。そのブースはロープで囲ってあって、食器を返さないと出られないそうですわ。だいたい王宮の近衞騎士達が目を光らせているので、盗んで逃げる 剛(ごう) の者はいないそうです。」

とユリアが答えた。

「それってアーレントミュラー公子情報?」

「・・ええ・・まあ。」

そう。なぜか。アーレントミュラー公子フィリックスから時々ユリア宛に手紙が届くのである。そしてユリアもそれを喜んでいるっぽい。

おかしい。一周目ではユリアはルートヴィッヒ王子の愛人と噂されていたはずだ。なぜ、それなのにフィリックスから手紙が届くのか?そしてルートヴィッヒ王子から届かないのか?

「公子殿下も可能な限り、クラウス殿下を手伝っておいでのようですから。」

「公子様だけ?第二王子様は?」

とコルネが私に聞く。いや、私に聞かれても困る。

「第二王子殿下は種痘の普及に励んでおられるのだそうですわ。国王陛下の御命令で。」

とユリアが言った。

「種痘の普及って、王子様は医者じゃないのだから種痘は打てないでしょう。なのにいったい何してるんですか?」

とコルネが首を傾げる。

「種痘を打ちに来た人の腕をアルコール綿で拭いてあげたり、『痛い、種痘って痛い?』と蒼くなって怯える接種希望者に『痛くなんかないよー』とホラを吹いて回っているそうです。」

「ちょっとユリア。本当にアーレントミュラー公子がそんな風に手紙に書いてるの?」

ユリアが内容を盛って言っているのなら立派な不敬罪である。

「支店の者からの手紙に書いてありました。そんな感じの事が。」

ユリアがルートヴィッヒ王子にやたら厳しいのは、親愛の裏返しなのだろうか?恋愛経験のまるで無い私にはよくわからない。

「接種希望者って多いのかな?」

と私は聞いた。

「貧民層は多いみたいです。接種をした人にライ麦を1キロプレゼントしているそうなので。富裕層は、まだまだ少ないそうですね。種痘に偏見があるのか、正常性バイアスが働いているのか。」

オーベルシュタット領の成功を受けて、『全領民に種痘を強制する!』という領地も増えた。だが、さすがに王都はそうはいかないらしい。

人口が多すぎるからだ。

市民権を持っている人達だけでも30万人近くいるのである。旅行や留学で短期的に来ている人、職を求めて上京して来た人を含めると40万人近くいるだろう。その全ての人に啓蒙活動を行うのは短期間では不可能だ。人は人の数ほどいろいろな人がいるのだから。

オーベルシュタット領だって成功したのは、発生したのが領都ではなく、地方の人口の少ない都市だったからだ。

食料は誰だって欲しいが、種痘は誰だって本音では受けたくない。

たぶん、ルートヴィッヒ王子の方がクラウス王子よりも苦労している事だろう。

たぶん。だろう。としか言えないのは、私には全然ルートヴィッヒ王子の情報が入って来ないからだ。家族や使用人さん達、孤児院の子供達やアカデミーの先生方。司法省のトルデリーゼ令嬢とかからも手紙が来るのに、婚約者であるルートヴィッヒ王子からの手紙が一通も来ないのである。誰かにまた盗まれているのだろうか?というレベルで来ないのだ。

まあ、ただ単に怒っているだけかもしれないけれど。ここへ来る直前、彼を相当傷つけたはずだから。

間もなくこの隔離区域は開放される。私が家に帰る日が近づいているのだ。必死になって働いている間は忘れている事ができたが、家へ帰ったら王子の問題と向き合う事になる。もしかしたら、今回こそ婚約破棄されるかもしれない。

そうなったら家庭教師の先生方に申し訳ない、という気持ちになり、それで今先生方から逃げ回っているのである。

それでも、婚約破棄で済めばラッキーなのだ。それで済まないくらい王子がもし怒っているとしたら・・・。

私は後少しで15歳になる。私が殺されるまで、後もう三年しか残っていないのだった。