作品タイトル不明
フェーベ街のボランティア(2)
あるグループは、地方の男爵令嬢とその侍女やメイド達だった。
その男爵令嬢は、アカデミーにはいないタイプの強烈な個性の人だった。
たぶん田舎では一番の美人で。親や周囲の人達に『可愛い可愛い』と甘やかされて生きて来たのだろう。
例えて言うなら彼女は、悪役令嬢が出てくるマンガで、悪役令嬢の婚約者と恋に落ちるうえ逆ハーレムまで作り出す、誰からもちやほやされて何をやっても笑って許されるご都合主義系ヒロインみたいな人だった。
世界は自分を中心に回っていると思っていて、無駄に全能感があり、どんな不躾な真似をしてもにっこり笑えば許されると思い込んでいる人だ。
彼女はユリアに皆がいる前で
「あなたが平民で良かったー。あなたに『だけ』は勝てないもん。」
と言っても、コルネに
「絵を描くのが趣味なの。暗い趣味ー。スゴいウケる。」
と言っても、私に
「王子様と婚約してるの?王子様って面食いじゃないんだ。」
と言っても、にっこり笑えば許されると信じていた。そして許さない人を
「心が狭いのね。ひどいわ。」
と責める人だった。
彼女は男爵令嬢だが、何故か自分が一番で自分より上の人はいないと信じていた。誰に対してもタメ口で話した。自分より年上の人や自分より身分が上の人には
「同じ人間じゃないの。」
と言うが、自分の侍女やメイドの事はアゴでこき使い、明らかに同じ人間と思っていなかった。
そして彼女は
① エリーゼ様にタメ口で話しかけ
② 高熱と痛みで苦しんでいる患者に、一定量以上飲ませたら致死量になる鎮痛剤を医師に無断で勝手に飲ます
という過ちを犯した。
「素人が、薬を自分の判断で飲ませてはいけませんっ!」
と怒った看護婦長に
「だって、痛い痛いと言っていて可哀想だったんだもの。」
と言って謝りも反省もしなかった。
結果、その一党は看護婦長とエリーゼ様に追い出された。
別なグループは、若い男ばかりのグループだった。彼らは下級貴族の集団で、明らかに逆玉狙いの連中だった。
医師(男)の指示はスルーするくせに、すぐにエリーゼ様やアグネスやユリアに近寄って愛想を振り撒いている(婚約者のいる私には近寄って来なかった。)
独身女性患者には献身的だが男性患者には近寄りもしない。
挙句、夜中に酒を浴びるほど飲みながら『どの医療ボランティアの女の子が一番ヤらせてくれそうか?』という話題で盛り上がり、エリーゼ様に深夜に叩き出された。
三番目のグループは、元看護婦達というおばちゃん集団だった。
なまじ知識があるので、若い医者や若いボランティアの話を聞こうとしない。
通常の医療現場は柔軟性が必要とされるのだろう。だけど、法定伝染病の隔離区域には、マニュアルという物が存在するのだ。
それなのに、「別に平気よお。」と言いながら、好き勝手に行動する。
医療ボランティアは濃厚接触者のいる区域に行ってはいけないのに、行こうとしたり、患者が使った木製の食器は焼却しないといけないのに
「もったいないじゃないの。」
と言って洗って再利用しようとしたり、外部に手紙を出してはいけないのに
「ちょっとくらいいいじゃないの。ケチねえ。」
と言って医療省職員に届けさせようとする。
若い医師や、患者に対して何故か威張っていて特に幼い子供達に何故かひどく、消毒薬が染みて泣く子供に
「治療してあげているのにそんなに泣くなら、ご飯を食べさせないわよ!」
と言って本当に食事を与えなかったので、その集団は私が文字通りの意味で蹴り出した。
危険なボランティアに志願するくらいだから、あの人達は根っこの部分では善人だったのかもしれない。だが迷惑な人達だった。
文章で書くと短いけれど、一ヶ月は現実には長い。あーゆー人達と過ごした一ヶ月間ははっきり言って地獄だった。
以前読んだ『聖女エリカ』の伝記に、野戦病院で敵となったのは敵の軍勢でもネズミでもGでもなく、無能で意地の悪い上官だった。
と書いてあったが、ものすごくよくわかった。迷惑な人間達に比べたらGなど何の問題になるというのか!
ただ、ありがたい事にフェーベ街では『上官』は良心的な人達ばかりだった。ちなみに『上官』とは、医師と看護婦長とエリーゼ様である。
そうして当初の半分以下の人数になってしまったボランティアだが、別にそれほど困らなかった。ボランティアでも出来る仕事というのは、そんなには多くは無かったからである。
私はここへ来る前、『聖女エリカ』が野戦病院でしていたような、奉仕活動をする気満々だった。ちなみにエリカ様が野戦病院で一番最初にしたと言われているのは、腐乱死体の焼棄である。
しかし、そんな仕事は存在しなかった。そもそも腐乱死体が存在しないのだ。フェーベ街にある伝染病病院は、軽症患者が多く重症の患者があまりいなかった。不幸な事に、本当に不幸な事に、お亡くなりになる方もいらっしゃったが、そういう人達の運び出しは医療省職員がした。
フェーベ街は河の側にある。死体は小舟に乗せられ下流にある火葬場に運ばれた。ご遺体には布がかけてあり私達の目に触れる事はない。
そもそも、医療行為は医師と看護師が全てする。重症患者の食事の世話も清拭も看護師がした。
私達がする事といえば、食事作りと、患者のパジャマや使用した食器等を燃やすくらいだ。あとは、看護師が使うアルコール綿をハサミでチョキチョキして作ったり、既に回復途上にある患者の話し相手になってあげる事である。
はっきり言って楽〜。と私は思っている。畑で農作業をする方がよっぽど体力が必要だった。
今は特にエリーゼ様と、最側近の方々がいないので尚更気が楽だ。
問題のあるボランティア要員というのは、どこにでもいる。花街と貧民街の医療区域にも困ったボランティア要員がいるらしくて、エリーゼ様は医療省職員に、そいつらを何とかしてくれないだろうか。と依頼されたのである。
花街のボランティアの中には泥棒がいるらしい。患者の私物(高級品)を盗むのだ。犯人の目星は既についているそうだが、困った事にその犯人は大貴族の一員なのだそうだ。医療省の職員では自室の捜索とか逮捕はできないらしい。なので、司法省に依頼したそうだが、危険区域に入りたくないと拒否されたそうだ。医療省職員はカンカンだった。
貧民街のボランティアは、気の強い人達で構成されたグループが二つあり、そのグループが毎日仁義無き戦いを繰り広げているそうだ。
嫌味や罵声が飛び交うだけならまだしも、ピンセットや注射器と言った医療器具、果ては汚染されたシーツや患者の汚物まで投げ合っているらしく、それを常に目や耳にする他のボランティア達が嫌になってボランティアを辞めて行き、自分の意思では辞められない看護師達がバタバタと適応障害になり、怒った医師がホテルに閉じこもってストライキをしているそうだ。
「貧民街の病院の、患者死亡率がどこよりも高いのは、患者の栄養状態の悪さが原因ではありません。」
医療省職員のそのセリフを聞いた時は震えたものだ。
エリーゼ様はそのボランティア達に、『教育的指導』をする為に今フェーベ街を留守にしている。
その分仕事は増えたが、エルヴァイラ先生と娘のファリアちゃんがボランティアに加わってくれたし、そもそもエリーゼ様は料理が作れない人なので、いなくなってもそれほど困らないのだ。
それにしても『教育的指導』って、具体的に何をするんだろうね。想像するだけで震えが止まらんよ。
「よし!」
と言って私は南海芋に木の枝を突き刺した。
「芯まで焼けたよ。さ、ファリアちゃん。一番大きいのをお食べ。」
「いいのですか?私、南海芋大好きなんです。」
とファリアが言う。
「私も」「私も」と他の女の子達も騒ぎ出し、私は次々と焼けた南海芋を焚き火の中から取り出した。