軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大陸歴314年という年(3)(エルヴァイラ視点)

そんなある日の事です。

食事のマナーの勉強の為、いつも私は生徒達と一緒に昼食を食べているのですが、レベッカ様が相変わらず食べにくそうにウズラのローストを食べながら

「ウズラ肉飽きたなー。違うお肉が食べたいなあ。カエルとか。」

と言い出されました。

この時代に何を贅沢な。と思いましたが、王都の外に住んでいる友達が食べ飽きるほどカエル肉を食べているという話をお父様から聞いて、羨ましくなったみたいです。(我が家へと続く道・4での話です。)

何となく聞き流していましたが、数日後の昼食の席に鹿肉の赤ワイン煮込みが出てきてびっくりしました。

侯爵様と騎士団が別邸の庭で狩ったシカなのだそうです。別邸で畑を作っているというのは知っていましたが、庭でシカ狩りが出来るくらい広い庭だったの⁉︎という事に驚いてしまいました。

「たくさん獲れたので、お肉を持って帰って子供達に食べさせてあげてください。」

とレベッカ様が言ってくださり、私は喜んで頂いて帰りました。その日の我が家の食卓は賑やかなものになりました。

私の家族は夫と、私の母。11歳、9歳、8歳、6歳、5歳そして2歳の双子の7人の子供達。そして住み込みで家事をしてくれるメイドが一人です。皆久しぶりの肉料理に大喜びでしたが、11歳の長女だけが少し暗い顔をしていました。

そして、自分の皿の上のお肉を友達のお母さんにあげたい。と言いました。

娘は、隣の家のお嬢さんと仲が良いのですが、その家のお母さんは今年出産して以来体調を悪くしており、薬も食べ物も手に入りにくいので母乳がほとんど出ないそうです。

「このお肉を食べたら、母乳が出るようになるかも。」

と言って、娘はお肉を食べずに残しておいたのです。

隣の奥様には二年前に双子が生まれた時とても良くして頂きました。子供達同士も仲が良く学校が休校になってからはまだお互いの家を行き来して一緒に遊んだり勉強をしています。

隣の家のご主人は教育省で働いていますので、堅い職業だと言えるでしょう。でも、給料が上がらないのに物価が上がり続けていけば生活は苦しくなっていくはずです。

我が家もステファニー様やエーレンフロイト家の方々にとても良くして頂いているのです。ですから私達も困っている相手がいるなら力になるべきでしょう。私は

「お肉はまだ調理していない物があるから、それはあなたが食べなさい。」

と言いました。

そして、その夜娘と二人でお隣にお肉を持って行きました。

隣の奥様には涙を流して感謝されました。

「いつまでこんな世の中が続くのかしら。」

と私達は暗い空を眺めながら呟きました。

伝染病がどんどんと、たくさんの領地に広がっているという話が聞こえてます。そのうえ、二週間の待機期間をショートカットする不正も行われているという話を聞きました。

それでもどこか、伝染病は遠い世界の話のような気がしていました。

自分や自分の半径百メートル以内にいる人間には無縁の話のように思っていました。

それが急転直下、地の底に叩き落とされたような気持ちになったのは秋も半ばになった頃の事でした。

始まりは、隣の家のご主人の高熱でした。解熱剤があったら分けて欲しい。それと5歳と3歳の子供を預けさせて欲しい。と頼まれました。

急な高熱だなんて、天然痘だったらどうしよう?と隣の奥様は不安を口にしました。

でも、心の中ではお互いそんなわけない。と思っていました。まだ、王都内では天然痘の患者は出ていなかったからです。

しかし、その翌日新聞に、遂に天然痘患者が王都内で発見されたという記事がのりました。

ハーゼンクレファー家の仮面舞踏会が原因で感染が広まったという事です。

その直後、隣の家の奥様が泣きながら我が家へやって来ました。

「夫と同じ部署の貴族が、仮面舞踏会へ行ったの!」

と。

上司である男爵令息の、付き人として同行したそうです。

その日の夜、預かっていた3歳の子供が高熱を出しました。

翌日、隣の家のご主人の全身に発疹が出ました。ご主人と同じ部署の人達複数人に同じ症状が出たそうです。

天然痘に感染したのは間違いありませんでした。

隣の家の方々が白い服を着た医療省の人達に連れて行かれる時、近所中の人々が遠巻きに見物をしていました。

心配し同情している表情の人達もいましたが、大多数の人達が石でも投げて来そうなほど殺気だった表情で見ていました。医療省の方達がいなければ、実際に石を投げつけて来たかもしれません。まるで、何か悪い事をして刑場に引いて行かれる罪人を見るような視線です。

何も悪い事などしていないのに。

友人家族の身に起こった事を思うと、とても悲しかったですし、我が家にも発症者が出たら同じような目で見られるのだと思うと恐ろしくなりました。

夫は

「君と僕とお義母さんは種痘を受けているけれど子供達には受けさせていない。大丈夫だと信じたいけれど、最悪な事が起こった時の為に用意はしておこう。」

と言いました。

私達家族は十数日分の着替えや、保存食を用意しました。

そしてその日の夕方。隣の家の3歳の子供が天然痘を発症した事を訪ねて来た医療省職員に告げられました。私達家族は全員が濃厚接触者となり、隔離区域に連れて行かれる事になりました。

当初は、てっきり大学病院がある地域に連れて行かれるのだと思っていましたが、医療省職員にはフェーベ街を勧められました。

大学病院近くの隔離区域は建物が古く、設備も整っておらず、率直に言えば牢獄のような場所なのだそうです。それよりも貴族の方は民間の高級ホテルに泊まった方が良い。と勧められました。

そうして連れて来られた『まだら牛亭』は、さほど大きくはないけれど、上品で暖かみのあるホテルでした。

家族全員が一緒に過ごせるようにとリビングにダイニング、寝室が三つもある部屋でした。室内に浴室や洗面所もあるので一切部屋から出ないようにと言われました。食事は一日三回医療省職員が届けてくれるそうです。

隣の部屋は、隣の家族の部屋でバルコニーに出れば、顔を見て話もできます。娘達はその事に一番喜んでいました。

窓の外では、赤く紅葉した木の葉が風に飛ばされていました。それを見ながら私は、子供達に気づかれぬよう一筋の涙を流しました。

そうして私達家族の16日に及ぶ隔離生活が始まりました。