軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

芳花宮のお茶会のその後(3)(ルートヴィッヒ視点)

ベッキーの前では笑顔を絶やさず、天使のように慈愛と善意を振り撒く僕だったが、王宮に一歩入るや否や脳内を邪悪モードに切り替えた。

僕は殴られたら殴られっぱなしになっている人間ではないのだ。

ナディヤの事ではない。あの女は、クレマチスの塔の中で寒さと空腹と絶望に震えているだろうから、もう良いのだ。

あの女に殴られた傷は痛かったが、ある意味これがあの女がレオンを虐待しているという決定的な証拠になった。あの女は指輪を三つはめていたので、僕の頬には三本線の傷がついた。レオンの体には、同じ幅と長さの傷がたくさんついていたのだ。それこそが、同じ指輪をはめた同一人物が殴ったという動かぬ証拠になったのだ。

あの女が、まだ生きているのは父上が優しいからでも、父上があの女を愛しているからでもない。あの女を殺せば、レオンハルトが傷つくからだ。

レオンはまだあの女を恋しがり、会いたいと言って泣いている。そんなにも、あんなろくでもない母親を愛しているのだろうか?と僕は思ったが、従姉妹のエリーゼは鼻で笑って

「単なる洗脳よ。」

と言った。

「でも、まだ子供だもの。洗脳を解く事は十分可能よ。そして、洗脳が解けた時があの女の最期ね。」

それについては僕も同意する。レオンが母親に依存しなくても生きていけるようになったら、あの女は必要ない。食料を絶って餓死させるか、食事に毒を混ぜるか。それとも・・・。

クレマチスの塔は、そういう塔だ。300年の歴史の中で、あの塔内で非業の死を遂げた貴人の数は三桁にのぼる。

僕が殴り返さねばならない奴は、別にいる。

ナディヤが芳花宮に来るよう、そそのかした女官長。そして、その背後にいる王妃派貴族だ。

奴らは、レオンが虐待されている事に気がついていた。そして、それを政治的なカードとしか思っていなかった。

そしてそのカードを、僕とベッキーを陥れる為に使って来た。どうして許す事ができるだろう!

しかし。

一歩遅かった。

既にエリーゼが、王妃派貴族に一撃を喰らわせていた。幼いレオンを悪用しようとした大人達の事がエリーゼも許せなかったようだ。

僕が王宮に戻った時、王宮中が大変な騒ぎだった。

『王妃と王太子が逃げた!』

王妃と兄が、側近を連れて王都を脱出し南部の離宮に行ってしまったのである。

南部の離宮は、標高一千メートルの場所にあり王都よりも寒い。つまり、そこは避暑用の離宮なのだ。秋も深くなって来た今の季節に通常行く場所ではない。

なぜ、そんな事になったのか?僕は知っていそうな人間に尋ねた。エリーゼである。

この時点ではエリーゼが何かしたとは思っていなかった。ただ、エリーゼなら何か知っているだろうと思っただけだ。

「天然痘が怖くて、王都から逃げたのよ。北部と西部には感染が広がっているでしょう。だから、南部に逃げたの。南の離宮はど田舎にあるしね。」

「何で突然?」

「私が、この話は他の人には内緒よ。と言って、王都に既に天然痘が入り込んでいて貴族に感染者が出ていると言ったから。」

「え?」

「それから、国王陛下は王子達全員が感染して全滅という事態を避ける為に、お気に入りの息子と妃だけ王都外に逃すつもりらしいって、嘘ついたの。」

「・・・。」

「勿論、あなた達が選ばれる事はないだろう。と遠回しに言ったら焦っちゃって、慌てて逃げ出して行ったわ。」

「・・おまえ。父上、怒ってんじゃないのか?王妃と兄上に。」

「勿論、大・ゲ・キ・ド。」

「・・・。」

それは当然そうだろう。王族が守るべき民を置き去りにして、責任も仕事も全て放り出して逃げたのだ。

キルフディーツ伯爵が同じ事をやらかして、死刑判決を受けた。

それを知っていて同じ事をやれる神経が信じられない!

自分達は例外だと信じているのだろうか?

「うふふ。ディッセンドルフ公爵も、手下共も大大大パニックよ。公爵、心臓を押さえて失神したって。」

「女官長とかが王妃を止めなかったのかよ?」

「止めて、言う事を聞くわけないじゃない。一度決めた事は他人が何を言ったって変えやしないわよ。二人共ワガママだから。」

『王妃派』が側妃の子供達を虐げ、側妃の子供に味方をしようとする貴族を陥れようとするのは、第一王子を至高の地位につけ、その功労者として自分達が甘い汁を吸う為だ。それなのに、肝心の第一王子がとんまな真似をしているのでは、王妃派の連中も権力闘争のしがいがないだろう。

「女官長も、苦労しただろうな。同情する気は微塵もないけどさ。」

「そうそう、必要ないわよー。ディッセンドルフ公爵が意識を取り戻したら、永遠に苦労を感じない状況にご案内されるに決まっているもの。誰かが責任をとらなくっちゃだからね。」

「・・・」

こいつだけは、敵に回したくないぜ。

と僕はしみじみ思った。

「しかし、天然痘が王都に入り込んでいるという嘘を王妃も兄上もよく信じたな。アホだなあ。どういう言い方を、おまえしたんだ?」

「ふふ。真実には常に最高の信憑性があるの。」

「・・・それって。えっ!本当に入り込んでいるのか⁉︎」

「・・・。」

「父上は知っているのか?」

知っていて、僕にはまだ秘密にしているのだろうか?自分は信頼をされていないのだろうか?と思うと悲しいような悔しいようなそんな思いがした。

「知っておられるかどうかはわからないわ。私の情報網と陛下の情報網は別だもの。」

「どこに感染者が出たんだ?」

「うふふ。秘密。」

「嘘じゃないんだよな?」

「嘘かもしれないわよ。」

そう言って、エリーゼは笑っている。僕の背中には冷や汗が伝っていた。

天然痘が本当に入り込んでいるのなら大変な事だ。

それに対処しつつ、僕はせっせと政敵である兄上とその取り巻き共にとどめをささねばならない。

王都は激震する事になるだろう。

その時が近づいて来ていた。