作品タイトル不明
新しい家族達(16)(アルベルティーナ視点)
レベッカがそう言うと、アードラー卿は、はっ!という表情をしたそうです。
「ええ、そうですね。会えるならぜひ会いたいです。ただ、体調が悪いとおっしゃられたので。女性はそういう時、人に会いたがらないものですからね。ヘレーネが私に会う事を希望してくれるなら会いたいです。彼女の意思を尊重します。」
「そうですか。私の父なら私が大怪我したとか、病気になったと聞いたら、周囲にどれだけ引き止められようとも私の枕元に駆けつけて来ますけどね。」
「・・・。」
「ヘレン様に確認して来ます。」
「と言ってお嬢様は一旦退出されました。」
「・・そうなの。」
「なーにが、『彼女の意思を尊重します』ですか!人に配慮できるかのようなフリをしていますが、結局は、決定を他人に丸投げしているだけじゃないですか!ああいう男は女を、誘えるか、誘えないか?だけで判断するんです。そして、誘う事の出来ない『自分の娘』という存在は一番興味が無いんです。お嬢様が、会わないのか?と質問しなかったら、会うなんて考えもしなかったはずですよ!」
「・・そうなの。」
それ以外に言いようがありません。なぜなら、アードラー卿のような人は私の身近に今までいなかったからです。
父も兄も、年上の甥のリヒトも女性に対して潔癖とも言える人でした。
父親のような存在だった兄は、ものすごく妻である義姉と仲が悪かったですが、死ぬまで愛人の一人も持つ事はありませんでした。
そして、私の夫であるフランツ様も女性で問題を起こした事は一度もありません。女性に対して常に誠実に対応をされます。そんな旦那様のお友達は、皆旦那様と同じ価値観の男性ばかりです。私に流し目を送って来るような男性を、絶対に旦那様は私に近づけさせません。
正直アードラー卿のような人は私には理解できません。けれど、ゾフィーははっきりと、その思考回路が理解できるみたいです。
人生の経験値の差というものですね。
「ヘレーネ様が会う事を希望されたので、アードラー卿はヘレーネ様の部屋に入られました。そしたら、ヘレーネ様は開口一番
『お父様、ごめんなさい。迷惑をおかけして』
と言われたんですっ!」
「そう。」
「そしたら、あの父親は
『良いんだよ。ゆっくり体を養生させなさい』
って言いやがったんですよ!違うでしょ!まず、おまえが謝れよ!ですよ。何、上から目線で、良い人ぶってるんですか⁉︎『おまえは何も悪くない。私の責任だ。済まなかった』って何で言わないんですか!ようするに、あの父親は、これっぽっちも自分にも非がある。とか思っていないんですよ!悪いのは全て、妻と息子と弱かった娘。だから、『制裁を加える』なんて言葉が簡単に出てくるんですよ。
勿論ヘレーネ様にも非はあります。謝る必要も無いのに謝って、それが結果的に父親を勘違いさせて増長させているんです!
ヘレーネ様は、泣き叫んで父親を責めるべきだったのですよ!」
なるほど。アードラー家の『闇』がわかって来たような気がしました。
セレウキア夫人と子供達は「おまえが悪い」と言って、ヘレーネを虐げます。ヘレーネは自分が悪いと信じて、ひたすら謝ります。誰も父親が悪いとは言いません。だから父親は次々と愛人を作ります。どんどんとストレスが溜まるセレウキア夫人は、ヘレーネをいじめて溜飲を下げます。ヘレーネは自分が悪いと信じてただ耐えます。それをわかっていないから、アードラー卿は更に女遊びをします。セレウキア夫人のストレスがますますひどくなります・・・。
レベッカが介入する事で、ヘレーネは救われ、セレウキア夫人と息子のオットーは罰を受けるでしょう。でも、ゾフィーはアードラー卿にバチが当たらない事が納得いかないのです。
「お嬢様もヘレーネ様に『謝らなくていい。ヘレン様は何も悪くない』って言われたんです。あの男は、お嬢様の言葉の真意を理解しようとせず、鷹揚に振る舞う自分に酔ってましたけどね!『あの父親から引き離せて本当に良かった』って、お嬢様もあの男が帰った後、言っておられましたわ。」
『アードラー卿』から『あの父親』になって、遂に『あの男』に三人称がなってしまいました。
それだけゾフィーは、ヘレーネに同情し共感しているのでしょう。ゾフィーはとても世話好きで、母性が強い人です。母性本能をものすごく刺激されていると思われます。
「とにかく、アードラー卿はヘレーネがここで暮らす事を許可してくれたのよね?」
それが一番大切な事です。
「ええ、絶対、その方が自分に面倒がないって思っていたんですよ。『連れて帰ってくれ』と言われた方が困ったでしょうね!」
とゾフィーは怒っています。
でも、私は問題が一つ片付いてほっとしました。
おそらく今頃、アードラー家では地獄絵図が展開している事でしょう。でも、それはもうどうでも良いです。
これからはヘレーネに、この館で安心して幸せに暮らしていって欲しいです。
過去は変えられません。でも現在と未来は変えられます。ヘレーネの現在と未来が明るいものになって欲しい。と私は心から思いました。
数日後。アードラー家の話を聞きました。
アードラー卿は、あの後直ぐに家へ戻り、ご子息のオットーを殴り飛ばしたそうです。
「廃嫡されて修道院へ行くか、私に腕を折られるか、どちらかを選べ⁉︎」
セレウキア夫人は、ガタガタと震える息子を抱きしめ猛抗議したそうです。
「よくこのような酷い真似ができますね!」
「その酷い真似を、ヘレーネにしたのは誰だ⁉︎同じ目に遭いそうになったら、自分の時は被害者面するつもりか⁉︎」
「あの娘には、単にしつけをしただけです!理由も無くオットーが、無体を働くわけがありません。普段家の事も子供達の事も、まるで関心が無いのに、このような時だけ騒ぐのはやめてください!あなたにオットーの何がわかりますの!」
「しつけだと?だったら私もしつけをしているだけだ!文句があるなら、この家から出て行くがいい。おまえの事も、おまえの家の管理の仕方も信頼ができない。オットーと二人、ヘレーネが暮らしていた離れで謹慎しろ!この家の管理は、私の従姉妹であるシーノアに任せる。
おまえは二度と口を出すな!」
「そんな事が許されると思っているのですか⁉︎」
「文句があるならば出て行け、と言っている。そして誰にでも訴えるといい。司法省でも、ブランケンシュタイン公爵夫人でも、国王陛下でも!『私は、養女を虐待し、腕の骨を折り、殺そうとしました。そしたら夫が怒って私に家から出て行けと言うんです』とな。」
「・・私達だけが悪いわけじゃない。」
セレウキア夫人は泣いて怒りましたが、息子と娘と共に離れに幽閉されたそうです。
息子は結局、腕の骨は折られなかったようですが、父親に相当殴られたみたいです。
ヘレーネへの虐待を見て見ぬふりをしていた使用人は全員解雇されました。王都全体で失業者が増えている中で、次の仕事を見つけるのは至難の業でしょう。
アードラー卿自身も、全く影響を受けなかったわけではありません。
近衞騎士団長に
「国王陛下の耳に入る前に、自省の態度を見せておけ。何もしないでいると、ハイドフェルト男爵のようになるぞ。」
と言われたそうです。
アードラー卿は副団長の地位を辞し、一介の騎士になりました。それも、王族の警護や王宮の警備をする第一隊ではなく、王城特区の特区門の門番をしたり、街中の巡回をする第六隊の所属です。出世コースから転落してしまったので、彼が騎士団の団長になる日はもはや来ないでしょう。
近衛騎士団と無縁の私には、それがどれほどの罰になるのかよくわかりませんが、その世界の中でのみ生きていた立場の人にとっては、大変な屈辱であるのかもしれません。
その話を伝えるとヘレーネは、喜んだりはせず、むしろとても辛そうな顔をしました。自分を傷つけた人の事も思いやれる、優しい子なのです。
この優しい子があの家族のせいで、もう辛い思いをしないですみますように。私は心の中で祈りを捧げました。