作品タイトル不明
新しい家族達(14)(アルベルティーナ視点)
その後。
私が、ステファニー様宛の手紙の続きを書いていると、書斎にレベッカがやって来ました。
へレーネ嬢とリーシア嬢の様子について、報告に来たのです。
「ヘレン様は、命の危機は脱しました。吐き気自体は朝にはおさまっていたそうですが、脱水がひどくて衰弱していたみたいです。水分をとったら症状はだいぶ良くなりました。数日は、胃腸に優しいものだけを摂取して安静にしていたら大丈夫だそうです。ただ、腕の方は折れてはいなかったけれどヒビが入っていたみたいで、添え木をして動かさないようにしても、治るまで一ヶ月はかかるそうです。」
「どうして、ヒビが入ったりなんかしたの?」
「さあ?私が悪いんです。私がトロいから。としか言われなかったので。」
何を指示されたのだとしても『トロいから』という理由で、他人の腕の骨にヒビを入れて良いわけがありません。腕がその状態でも、へレーネ嬢を働かせようとしていたメイド頭とセレウキア夫人は、どうかと思います。
「リーシア様は、お腹が空いてふらついていたみたいで食べたら元気になられました。干貝柱と卵のお粥を三杯おかわりして食べていたので、もう大丈夫と思います。ただ、鞭で打たれた腕は血が滲んで腫れ上がっています。膿んで感染症を引き起こさないよう、傷口を清潔に保ち、傷が塞がるまで極力手を使わないように、とエデラー医師が言っていました。リーシア様は『私も畑仕事を手伝いたい』と言ってくださったんですけど、力仕事は勿論、土や堆肥に触るのも当分の間厳禁との事です。」
「当然よ。別邸に連れて行ったりしたら駄目よ。」
「はい。二人共、痛み止めを処方されて今は眠っています。昨日の夜は二人共よく眠れなかったみたいです。やっと安心できたのだと思います。」
「そう良かった。一安心ね。でも、これからが大変よ。」
子供を手元に引きとって、一人前になるまで育てるのは大変よ。特に心に深い傷を負っている子は。という意味で言ったのですが、レベッカは違う意味にとらえたみたいです。
「わかってます。本当の戦いはこれからですから。」
「・・・。」
「児童虐待は、アルコールや麻薬と同じで中毒です。お酒を奪われたアルコール中毒患者が大暴れするように、子供を奪われた虐待加害者は子供を取り戻そうと大暴れをするはずです。こちらを犯罪者に仕立てあげてでも子供を取り返そうとするでしょう。加害者達は、子供か自分が死なない限り虐待がやめられないはずですから。」
「それで、あなたはどうする気なの?」
「三人は絶対に返しません。そうすれば『誘拐された』と騒ぎ立てるでしょうから、そう言えないよう加害者の上位者に、三人がこの家で暮らす事の許可をもらいます。」
「加害者の上位者?」
「ヘレン様の場合はお父様です。虐待をしているのは、義母と異母弟、使用人ですから、家長であるお父様に事情を話してこの家で暮らす許可をもらうつもりです。元々ヘレン様のお父様は体面を気にする方で、ヘレン様への虐待には否定的な方です。それに、大変な女性好きという話ですので、女性使用人や女性騎士、女子医学生のフローラと並んで『お願いします』と下手に出て頼めばどうにかなるのでは、と思っています。あ、勿論いかがわしい要求はされたとしても、引き受ける気はないので。」
「当たり前です!」
ただ、効果はありそう。とは私も思いました。
父親が、こちらの館に住む事を許可してくれれば、取り返される事も誘拐で訴えられる事もないでしょう。
「リーシア様は、本家のデューリンガー伯爵にお話してみようと思ってます。」
「そう。ただ、デューリンガー伯爵はあまり評判の良い方ではないのよ。」
「その方が交渉が容易です。正義感の強い方は、たとえ殺されても信念を曲げません。小悪党タイプの方が、お金や権力で容易に考えを変えますから。」
それはそうかもしれないけれど、あなたいったい具体的に何をする気なの?
「ミレイ様のお母様はお金に困っているという話だったので、ミレイ様を侍女として雇い給金をお母様に渡すと言って交渉してみます。もしもそれでも納得してくれなかった時は気が進みませんが、本当に気が進みませんがエリーゼ様に相談してみます。」
「何でそんなに気が進まないの?一番効果的だと思うけど。というか、エリーゼ様には一応報告しておきなさい。後から人づてに話を聞いたとなると不快に思われるかもしれないから。」
「・・はあ。」
だから何で、気が進まないの?あなた達一緒に旅行に行くくらい仲良しじゃない?
「『誘拐』や『監禁』の罪で訴えられて負ける可能性もある事をわかっている?それでも戦い抜く覚悟があるの?それでもあの子達を守る覚悟があるの?中途半端に同情して、途中で放り出したらもっとあの子達を傷つける事になるのよ。」
私はレベッカに覚悟を問いました。
「あります。私は何があっても子供を見捨てる事はありません。」
レベッカの返事はむしろ淡々としたものでした。
「加害者にも事情や言い分があるのでしょう。それでも私は虐待される子供の側の味方です。どれほど加害者に子供を憎む正当な理由があったとしても、関係ありません。なぜなら、どれだけ子供を鞭で打っても、たとえその子を世界で最も残酷な方法で殺したとしても加害者の憎しみは終わらないからです。加害者の子供への憎しみが終わるのは、加害者が子供を許した時だけです。それは口で言うほど簡単な事でない事は理解しています。ある哲学者の言葉によれば『人を許すという事は人の行いの中で最も高潔で最も困難なもの』なのだそうです。
だとしても、その憎しみを終わらせる戦いは加害者の戦いであって子供には関係がありません。大人自身で解決をして欲しいと思っています。だって大人なのですから。」
正直、ガツンと頭を殴られたような気がしました。ベロニカ夫人やヴァネッサ夫人はともかくとして、ヘレーネ嬢の義母のセレウキア夫人には私は少し同情していたからです。
でも、私は間違っていました。レベッカが正しいのです。セレウキア夫人が憎しみをぶつけるべきなのは、ヘレーネ嬢ではなく夫なのです。そしてセレウキア夫人は、夫を許せないなら別れて縁を切るべきだし、許せるなら全てを水に流すべきなのです。
許せない。でも夫とは別れられない。誰かに怒りをぶつけたい。ぶつけた相手に報復されたくない。というのはあまりにも身勝手です。
セレウキア夫人はまごう事なく『邪悪』です。ベロニカ夫人やヴァネッサ夫人が『邪悪』であるように。
「訴えたければ訴えろ!と私は思っています。そもそもコルネの家族に何があったか知っていて、これだけの事を既にしているという事は其れ相応の覚悟が向こうにもあるはずだ、と思います。その覚悟も無く一方的な暴力を振るう卑劣な者に私が妥協する事などあり得ません。」
いつもヘラヘラしながら軽口ばかり叩くレベッカが、にこりともせず、まるで上司に報告をする騎士のような口調でずっと喋っています。
それだけでも、この子がどれほど怒っているのか伝わってきます。
貴族らしさが足りない。といつも頭を悩ませていましたが、やはりこの子も紛れもなく貴族なのです。誇り高く、剣のような心を持っているのです。
それならば私は全面的にこの子を支えるだけです。なぜなら私は大人なのですから。
私は少し誇らしい気持ちになって、レベッカに告げました。
「あなたの覚悟はよく分かりました。私もあの子達の保護者として、母として、あなたと共に戦いましょう。」
と。