作品タイトル不明
新しい家族達(8)(アルベルティーナ視点)
夫に愛人がいた場合、常に妻が愛人を虐げるとは限りません。逆に愛人が男の愛情を傘に着て、妻をいびり抜く場合もあります。
リーシア嬢の家庭が正にそのケースです。
リーシア嬢の父親は、デューリンガー伯爵の従兄弟です。親の決めた結婚でリーシア嬢の母親と結婚しましたが、父親は人妻のベロニカ夫人と深い仲になりました。ベロニカ夫人の夫が亡くなると、ベロニカ夫人は娘のマレーネを連れてデューリンガー家に乗り込んで来て、リーシア嬢の母親を夫と一緒になっていびり抜きました。それで、リーシア嬢の母親は離婚して家を出て行きました。
ヒンガリーラントでは、貴族の夫婦が離婚すると必ず親権は父親のものになります。父親の元に残されたリーシア嬢を邪魔に思った父親とベロニカ夫人は、リーシア嬢をアカデミーの寄宿舎に追い払ってしまいました。
性格も道徳観も合わないので、私はベロニカ夫人と挨拶すらした事すらありません。
しかし、このような女性を好む人、憧れる人というのも、一定数いるのです。
ベロニカ夫人のサロンには、『夫でない男と婚外恋愛を愉しむ方法』というテーマの話を聞いてぜひ参考にしたい、実践したいという女性達が殺到しているそうです。
「そして三人目は・・。」
とゾフィーが言います。私は心の中で、子供を虐待しているのはヴァネッサ・フォン・キューネ夫人ではないかなあ、と思いました。
「ミレジーナ・ノイラート令嬢です。」
・・・やはり、そうですか。
ミレジーナ嬢は、ヴァネッサ夫人の継子でも養女でもなく血の繋がった実の娘です。二人の姓が違うのは、ミレジーナ嬢がヴァネッサ夫人の最初の夫の姓を名乗っているからです。
でも、義姉とメグのように、本当の親子であっても心が通い合わないという事もあるのです。
ヴァネッサ夫人の両親はお金に汚・・いえ、厳しい人だったらしく、娘のヴァネッサ夫人を社交界にデビューさせず、初老の金持ちの平民に嫁がせました。それがヴァネッサ夫人にはとてつもなく屈辱だったみたいです。ヴァネッサ夫人は夫が存命中から隠し財産を作り、夫の死後、美容サロンを経営して更にお金を儲けました。
そして、美貌と無能で有名だった、キューネ卿の借金を肩代わりして結婚したのです。
キューネ卿は、ブランケンシュタイン公爵の再従兄弟にあたる方です。若い頃から顔だけは綺麗だったのですが、怠惰で自堕落で、両親は彼にさっさと見切りをつけて彼の弟に家督を譲りました。そして、長男の彼を莫大な財を持つ新興貴族の娘と結婚させました。
その妻の実家の財産を実家が傾くほど浪費し、妻が病死した後も金持ちの御婦人方から上手くお金を貢いでもらって遊び暮らしていました。
ヴァネッサ夫人は、そんな彼との結婚を金で買い、美貌の夫と貴族の地位を手に入れたのです。
夫人は、夫と夫の二人の連れ子には惜しみなく金を注ぎ込む一方で、実の娘を冷遇しました。
普通、妻側に連れ子がいた場合、夫が養子にするものですが、キューネ夫婦がそうしなかった為、ミレジーナ嬢は実の父親の姓を今も名乗っているのです。
結婚によってヴァネッサ夫人は、ブランケンシュタイン家の親戚になったので、夫人はミレジーナ嬢をアカデミーに入学させました。
なので、ヴァネッサ夫人とはブランケンシュタイン公爵夫人主催のお茶会などでよく顔を合わせます。
ある時、お茶会の席で親戚の夫人の一人がミレジーナ嬢のスタイルの良さを褒めました。ミレジーナ嬢は顔が小さく、首や手足が長く、とても華奢なのに、胸はよく成長したカブのように大きいのです。美しい深緑色の瞳にミルクティーのような色の髪色をしていて、アカデミーでは、リーゼレータ嬢が入学するまでは、ユリアーナとミレジーナ嬢が美少女の双璧と言われていました。
しかし、ヴァネッサ夫人は
「まだ子供なのに、いやらしい体つきをしていて恥ずかしいわ。」
と言いました。謙遜して言っているわけではなく、本気でそう思っているような声でした。
その時の彼女の表情が、義姉とそっくりだと思いました。
義姉はメグが、11歳で初潮がきた時
「まあ、もう初潮がくるなんて何ていやらしいんでしょう。恥ずかしくてたまらないわ。ああ、恥ずかしい!」
と言ったのです。
メグは深く傷つき泣きました。私達周囲の者は、恥ずかしい事ではないと言いましたが、メグの中で深い心の傷になったらしくメグは大人っぽい装いや、女性らしいドレスを徹底的に避けるようになりました。そして、30歳を超えた今でさえ、化粧やおしゃれに関心を持とうとしません。
ヴァネッサ夫人の表情は、あの日の義姉とそっくりでした。私はミレジーナ嬢に同情しました。
その発言を聞いて以来、私はヴァネッサ夫人を避けるようになったのですが、夫人も私の事が嫌いらしく、会う度にネチネチと嫌味を言ってきます。
「私、あの人に嫌われるような事をしたかしら?」
とゾフィーに聞くと、ゾフィーは
「奥様は、ハンサムで身分があってお金持ちで年下な夫との間に可愛い子供が二人いますからね。あの方が欲しくてたまらない物を全て持っているので妬んでいらっしゃるのではないでしょうか?」
と言いました。
なるほど。と思いましたが、あの人の心の平安の為に旦那様と別れる気はないので、あの人と上手くやっていく事は諦めよう。と思いました。
ですので、ミレジーナ嬢をエーレンフロイト家で引き取ったら、あの人が「誘拐だ」「監禁だ」と大騒ぎするだろうな。と思ってげんなりしました。
でも、あの人に文句を言われるよりも、芳花妃ステファニー様を不快にさせる方が百倍恐ろしいです。それぞれの夫が持っている権力の強さがダイヤモンドと泥団子くらい違いますから。
だから、レベッカの出した条件を飲もう。そう思いました。
「三人を受け入れると、レベッカに伝えてちょうだい。でも、一つだけ受け入れるつもりのない事があるわ。レベッカは、その子達の生活費を自分が出す。と言ったみたいだけれど、必要な経費は私が出します。もしもレベッカが出したら、何かの問題が起きた時『その子には出て行ってもらいます』とは言えないでしょう。レベッカは友人達を無条件で信頼し、良い子達だと思っているかもしれないけれど、人の心の中は見えないわ。虐待をする人は100%『悪人』だけど、される側が100%『善人』かどうかはわからないでしょう。虐待されたりいじめられたりする事で心が歪む人も時にいるのだから。」
例えるなら、オットー・フォン・アードラーみたいな人です。
父親は家庭を顧みず、母親の尊厳を踏みにじっています。それに逆らえば暴力が待っています。そんな理不尽な現状に不満を抱き、彼は家庭内で更に弱い者を虐待する事で鬱憤を晴らしているのです。ろくでなしな父親を持った彼は不幸な子供なのだと思います。しかし、彼に同情する事はできません。
「承知致しました。では、お嬢様に伝えて参ります。」
そう言って、ゾフィーは一礼し部屋を出て行きました。
さて。
レベッカの気持ちが変わらないうちに。私もステファニー様に返事を書きましょう。そう思って私は書斎へと向かいました。