作品タイトル不明
畑作り(6)
というわけで、半月ほど時間ができた。
でも私にもその間にするべき事はいろいろある。
まずは、畑作り用の服を作る事だ。「形から入ってどうする」と言われそうだが、実は私はズボンを一着も持っていないのだ。乗馬用の服さえキュロットスカートなのである。畑作りをするなら絶対ズボンが良い。しかも、虫に刺されないようおしゃれなスラックスではなく、手首や足首がきゅっと締まっているデザインの服が着たい。
なので、エーレンフロイト家の侍女長の弟ルーカスのお店で、一から服を作ってもらった。デニム生地とかあったら嬉しいけれど、こちらの世界にはまだデニムはないみたいだ。なので洗濯しても乾きやすい麻で服を作ってもらった。
ニコールの服は、男の人達と同じでシャツと、ベルトで締めるズボンだったけど、私はオーバーオールを自分で提案して作ってもらった。トイレが不便なデザインだが、毎日半日しか農作業はしないのだから、そんなに何度もトイレに行く事はない。
すると、ユリア達も皆同じデザインにすると言い出した。
「私はその・・ずん胴だからこういう服の方が楽でいいかな、と思っただけで、メリハリのあるユリアやドロテーアは、ニコールと一緒で良いと思うよ。なで肩のコルネはむしろこのデザインじゃない方が良いと思うよ。」
だがユリアもコルネもこのデザインが良いと言って聞かない。同じデザインの服を着たら、私のスタイルの悪さがますます目立つというのに・・・。
それから靴も作った。ヒンガリーラントは日本と違って玄関で靴を脱がない文化なので、堆肥まみれになった靴で屋敷の中を歩き回ったらお母様とゾフィーに怒られてしまう。それに、最近手持ちの靴が全部縮んでしまって足が窮屈になっていたのだ。
そう言うとアーベラが
「・・お嬢様、それは靴が縮んだのではなく。」
「靴が縮んだの!」
実は三ヶ月前にも靴を全部作り直したのだ。
その時お母様に
「どうしてあなたの胸囲は全然成長しないのに、そういうところばかり大きくなるの?」
と嘆かれたのである。ちっ!嫌な事を思い出してしまった。
ゴムが無い世界なので、ゴム長靴を買うのは不可能だが、少しでも作業する時土や小石が靴の中に入らないようハイカットの靴にした。
更に、軍手モドキや帽子も買った。子供達が作業中怪我をした時の為に薬を買って救急箱も作った。まるで蚊取り線香のように防虫効果のあるお香も買った。屋外では気休めにしかならないかもしれないが少しでも蚊に刺されないようにだ。
こちらの世界でも蚊はいろいろな病気を持っているし、それにそもそも蚊に刺されたら痒くて不快だ。
そしてもう一つ重要な事がある。
それは『種痘』を受ける事だ。
館を出入りして、いろんな人と触れ合う事になるのだから絶対種痘を受けておいた方が良い。正直、新たに開発されたワクチンに不安を感じないわけではないが、流刑にされるほど妬まれたグラハム博士の才能をここは信じようと思う!
既に種痘は王都に届き、接種は始まっている。しかし、さっぱり接種希望者はいないらしい。今のところ医療省職員と、リエ様とメグ様くらいしか受けていない。
「医療大臣の姉妹である私達が受けなくて誰が受けるのか?」
と言って二人は接種した。だけど、後に続く人はいなかった。
やっぱり、未知のワクチンはみんな怖いみたいだ。
こっちの世界にも『陰謀論者』とかいて
「北大陸が西大陸に侵略戦争を仕掛ける前に毒を撒いている。」
とか言ってたりするらしい。だから尚更、皆怯むのだ。
そのうち新聞に
「本紙記者が種痘を受けてみたところ、今までに出た事のないほどの高熱が出て全身に水ぶくれが出来た。」
という記事が出た。
さすがにこれは、医療省が調査に行ったのだが、全くのフェイクニュースだったそうだ。
新聞の売り上げを上げる為、大嘘記事をのせたのである。
ヒンガリーラントの新聞は基本、七割フェイクニュースだし、記者も軽い気持ちでのせたら過去最高枚数の売り上げを記録して浮かれていたらしいが、その代償は大きかった。
国王陛下が大激怒して、記事を書いた記者はガレー船送り、新聞社の重役達も懲役刑を課せられた。新聞社は当然倒産である。
本当は国王陛下としては処刑したいくらいだったらしいが、ジャーナリストという人種を弾圧し過ぎると、他のジャーナリストや文化人が反発する。
『ペンは剣よりも強し』という諺が地球にもあったが、文化人の集団は軍人の集団と同じくらい敵に回すと厄介なのだ。
それでも、笑って許すわけには到底いかなかったようである。そりゃあまあ、そうだよね。私もそれを聞いた時はかなり腹が立ったよ!
ただ、王都民の間では
『種痘の真実を伝えただけなのに重罪になった』
とか
『種痘を受けると島流しにされる』
などの噂が流れて、ますます種痘を受ける人がいなくなったそうだ。なんだかねー、もう、人の噂ってほんと怖いわ。だからこそ、嘘の噂を広めるのは絶対アカンよ。
だから
「私、種痘を受けます!」
と言ったら、リエ様とメグ様には拍手されたけど、使用人の皆さんには「えー!」と言われた。
「もう少し、他の人が受けるのを待って安全性を確認してからの方が・・・。」
「そしたら、畑作りが始めるのが遅くなっちゃう。土作りをしている今の間に済ませたいの。」
お母様も内心では反対のようだったが、医療大臣を甥に持つ身としてはそれを口に出すわけにはいかなかったようだ。結局渋々だが許可してくれた。
「私も受けます。」
「私も!」
と。ユリアとコルネも言った。私は反対しなかった。というか。専売権を持っていた君達は、本来誰よりも早く受けるべきであったよ。と、私は思う。
そして、私は医療省内で種痘を受けた。カレナやドロテーアも受けると言ったが、お母様が
「副作用で体調を崩した時に看病する人がいないと困るから、三人の様子を見た後にしてちょうだい。」
と言ったので、一週間後に受ける事になった。
私も
「堆肥を撒いた畑はものすごく雑草が生えると思うから、離れに一週間隔離される私達の代わりに雑草をむしりに行って。」
と頼んでおいた。
で。
読者の皆様はきっと予想しておられた事だと思うけど、私は何の副作用も出なかった。そりゃそうだ。モノホンの天然痘に罹っても私は生き残ったのだ。そんな強靭な体を持つ私が弱毒化したウイルスなんかに負けるわけがない。
コルネは少しだるい、と言って二日寝込んだ。ユリアは元気だったが、腕の傷痕が凄く痒いです。と言っていた。
そんな最中、ルートヴィッヒ王子から手紙が来た。
『エーレンフロイト領の状況について、情報交換がしたい』
という内容だった。
『是非おいでください。嬉しいです。』
と私は返事を出した。
『私は、種痘を接種したばかりで一週間自主隔離をしていますのでお会いできませんが、母と弟に会ってやってください。二人が喜びます。』
字が綺麗なユリアに代筆してもらったのだが、ユリアは手紙を書いている最中ずっと「くくく」と笑っていた。この手紙の文面に何処か笑う要素があっただろうか?
そして。
三ヶ月が経った。